ハインラインと橋爪氏の新書でアメリカ軍を見直せ

ポール・バーホーベン監督は1997年の映画版『スターシップ・トゥルーパーズ』を、ロバート・A・ハインラインの原作((c)1959、邦訳『宇宙の戦士』1966/矢野徹)の前半を読んだだけで創った──との与太話をなぜかウェブ上で時に目にするのですが、原作の最後まで承知せずしてあの映画の構成があり得ないことは、どなたも容易に判断できるであろうと思います。ただし後半1/2をナナメ読みした可能性はあるでしょう。
 米国で3大SF作家の一人に数えられていますハインラインは1907年生まれ(7人兄弟)でミズーリ州に生まれ育ち、ミズーリ大のあとアナポリス海軍士官学校を1929年に卒業して駆逐艦と空母『レキシントン』に乗務したのですが、肺結核のため1934年に中尉で除隊を余儀なくされます(5年いて中尉とはいくら大不況時の平時でも昇進が遅いような気がしますが事情は詳しく分かりません)。そのごUCLAで物理と銀鉱山と不動産を学びながら39年に作家デビュー。また同年にはカリフォルニア州議会議員に立候補して落選もしています。第二次大戦中は海軍航空研究所で高高度用特殊飛行服の研究に参与。大失敗の最初の結婚のあと、生物学者で七ヶ国語を解する海軍中尉の妻と再婚しました。
 ハインラインは、艦隊と海兵隊についてつぶさに見聞していたはずですが、あえて『スターシップ・トゥルーパーズ』は未来の海兵隊員とはせずに、未来の陸軍空挺隊員ということにして物語を綴っています。海兵隊と空挺部隊は立体戦時代となる将来には別組織にしている意味はなくなるだろうという洞察が働いていたのでしょう。このくらいの想像力の無い人にはおそらくRMAも推進できますまい。日本のSF小説の弱さは、自衛隊の未来の弱さでもあるのです。
 さてげんざい日本で自衛隊に志願するには年齢制限があり、たぶん25歳を過ぎますとよほどの特殊技能がなければ「国軍とはこういう世界なのか」との納得体験をするチャンスは去ります。しかしこの小説は、主人公を一兵卒から下士官、下士官から下級士官(少尉)へ徐々に昇進させることで、軍隊の擬似見学をさせてくれるのです。入隊の時期を逃した民間人どもは必読です。
 戦時中の昭和16年、つまり支那事変の最終年に『将軍と参謀と兵』という陸軍の宣伝映画が制作されてるんですが、その目的は、大衆の観客に「エリート参謀は威張って楽をしているようですが、こんなに大変なんですよ。将軍といっしょに兵隊のことを考えていますよ」と弁疏することにありました。
 インテリ熱血愛国者のハインラインの企図は全く違います。「キミ自身が良き兵隊になれ。できたら分隊長になれ。できたら小隊長になれ。できたらもっと大きな軍隊を指揮してみろ」と言ってるんです。そしてそのために必要になる心掛けを小説の形で懇切丁寧に教えている。もちろん参謀(幕僚)についてもとても分かり易い説明があります。
 「新兵はこんなショックを受けるものだが、乗り越えろ」と教える小説や映画は、他にもいっぱいありましょう。しかし「最優秀下士官と最優秀下級将校では気苦労がこれだけ違ってくるんだぞ」と具体的に教えてくれるこの小説の後半1/2は、他のフィクションでは得られない情報です。ハヤカワ文庫『宇宙の戦士』を読んだことがなく、最近のif戦記などをフットロッカーに入れている現役自衛官の貴男は、情報環境を再検討しましょう。
 娯楽小説としてはごくつまらぬストーリーです。
 しかし次のような描写が1959年になされているのには感心するでしょう。
 「やつらの惑星の表面を吹き飛ばすと、兵隊や労働者をぶち殺すことはできるだろう。だが知識カーストや女王たちを殺すことはできないはずだ──地中推進式の水爆を使って直撃弾をくわえても、女王いっぴき殺せるかどうか疑わしいものだ。おれたちは、やつらがどの程度の深さまでもぐりこんでいるものやら、見当がつかないんだ。」
 そこで、気化すると空気より重く「どこまでも沈下してゆく」油性の神経ガス弾を穴に投げ込むというのです。これは近未来の北朝鮮でも使われるかもしれませんね。じつはこの小説は朝鮮戦争(1950〜1953)で多くの米兵捕虜が洗脳されてしまったという、近過去の生々しい事件が下敷きになっています。
 「たとえ捕虜になったところで、自分の知らないことを敵にしゃべれるわけはない。どんなに薬を注射され、拷問され、洗脳され、果てしない不眠状態に苦しめられたところで、もともと持っていない秘密をしぼり出すことは不可能だ。だからこそおれたちは、作戦の目的について知っておかなければいけないことだけを教えられるだけだった。」
 このノウハウは、佐藤優氏ご推薦の『スパイのためのハンドブック』(英語版1980、邦訳82年)にも載っていますが、あのマンハッタン計画の大秘密が漏れなかったのも、技師たちをとことん情報的に細分化したからに他なりませんでした。なにしろ副大統領のトルーマンですら、原爆の開発そのものを、大統領に昇格するまで知らなかったほどなのです。
 10万人単位で戦死者を出してしまった第二次大戦が終わったと思ったら、今度は朝鮮戦争でまた1万人単位の若者を死なせることになった。こうした面倒はいつまで続くのか、という1950年代後半の全米的な疑問に、50歳になったハインラインは、自分ならうまく答えられると思ったのです。
 話は変わりますが、第二次大戦における米国の総動員体制はなぜ非常にうまくいったのかという疑問に明快に答えてくれているのが、橋爪大三郎氏の最新刊・『アメリカの行動原理』です。
 橋爪先生に「彼らは『アソシエーション』を作るのが得意だから」と説明されてから再び『スターシップ・トゥルーパーズ』を書いたハインラインについて想像をめぐらしてみてください。いったいどうしたら日本国の現在および将来に何のプラスにもならない幼稚な青年向けロボット・アニメを根絶できるのだろうかとわたくしが日々心配していることについて、あるいは共感してくださるかもしれません。
 『アメリカの行動原理』は新書ですけれども、他にも読みどころは満載で、おそらく橋爪先生にも内容(仮説)にかなりの自信があるのではないかとお見受けしました。なお、195頁の「トーマス」は、もし「ウッドロー」の間違いであるとしたら、増刷の際に直っているでしょう。