大戦機のガソリンタンクは分散するほど危険だったのか

 数年前に苫小牧の石油タンクが地震の揺れだけで火災を発したことがあり、防災工学の専門家は「なぜだ!?」と首をひねったものです。
 といいますのは、これらのタンクには「落とし蓋」が載っていた。ライナーにはゴムシールが貼られており、設計上は、空気や酸素がタンク内に入らないようになっていたからです。
 ナフサ(原油成分のなかで最も揮発しやすい)の雰囲気だけでは、火災は起きません。酸素か助燃剤が供給されなければ、石油類といえども、発火も引火もあり得ないはずでした。
 インターネットをながめていましたら、このような密閉容器から発火する原因の一つに「キャビテーション」も考えられるようです。
 それを読んで、大戦中の米軍機のガソリンタンクがどうして機銃弾によって火災を起こすのだろうかというメカニズムの謎の見当がついたような気がしました。
 キャビテーションといいますのは、液体と接している板状の個体が急に剥離をしようとするように動きましたときに、液体との接触面に擬似真空が生じ、その真空が瞬時に気泡を作り出す現象です。
 たとえば冷えた缶ビールを未開栓のまま床に落としますと、震動によって缶内にこのキャビテーションが生じ、その気泡ガス(この場合は主に炭酸ガス)は、いくら冷えた缶ビールであって、また静止をさせていましても、長時間、消えません。
 このキャビテーションは、板状の個体でなくとも、たとえば高速で液体中を貫通する弾丸の航跡の直後にも生じます。
 キャビテーションによって生じた気泡の中には、その液体の中に溶けていたガス成分が気体になって満ちています。
 落下させた直後の缶ビールのように、自機の激しいマニューバや、1発の敵の弾丸の貫入、あるいは高射砲の至近弾爆発の衝撃波等によって、すっかりキャビテーションの気泡で満たされてしまったガソリンタンク内は、もしも次のステップとして、外部から空気と火種が供給されますれば、爆発的な火災を起こしてしまうと想像ができます。
 大戦中の米軍機のガソリンタンクは、ラバー・シールの内貼りによって漏れを阻止し、燃料消費にともなう空隙部分には不燃ガスを満たして外部大気からの酸素流入も阻止する構造になっていました。もしも敵の機関銃の徹甲弾が1発撃ち込まれても、火災は起こりません。
 しかし、キャビテーションの気泡がタンク内の液体中に満ちてしまった状態のところに、敵の弾丸が飛び込めば、事情は一変したでしょう。その弾丸は、曳火弾や焼夷弾や爆裂榴弾ではなくとも、赤熱した金属粉を伴っている可能性があり、それが火種となり得ます。また、飛び込んだ瞬間に、わずかながら、空気の塊もインジェクトするはずです。すると、タンク内では酸素と気泡が反応した小規模な爆燃が起き、その爆燃が密閉タンクの内圧と温度を急に高め、タンクの射入孔または射出孔を一瞬押し拡げ、そこからまたさらに追加の外部大気がタンク内に混入して、爆燃を瞬時にタンク全体の爆発に連鎖せしめることとなったのではありますまいか。
 つまり、「タンクに2発続けて当たる」かどうかが、米軍機が火災を起こすか起こさないかの分かれ目だったのではないでしょうか?
 弾丸の衝突による金属の赤熱は、アルミのような軽金属では容易に起こったでしょう。これは、アルミ鍋や銅鍋では、鍋底が赤熱して調理油が発火する火災が、鉄鍋よりもはるかに起き易いとされていますことから想像ができるように思います。
 弾丸の衝突エネルギーが熱エネルギーに転換され、タンク周りのアルミ部材が部分的に赤熱し、あるいは赤熱した金属粉として命中弾丸とともにタンク内に貫入することが、あり得たのではないかと想像します。
 弾丸素材にも銅が使われていましたので、アルミとの衝突で赤熱したかもしれません。
 弾丸のタンク衝突震動と、その弾丸の貫入航跡によるタンク内のガソリン液体のキャビテーションは、7.7ミリ弾よりも、12.7ミリ弾によって、より激しく励起されたでしょう。
 また、12.7ミリ弾は、20ミリ弾よりも、2発続けてタンクに貫入する率が大だったでしょう。
 敵機のタンクに火災を起こさせたければ、「キャリバー .50」がどうも最適だったのでしょう。
 日本海軍機がパールハーバーやダッチハーバーの重油タンクを7.7ミリ機銃や20ミリ機銃で銃撃したことがありますが、それらは銃撃では燃上はしませんでした。タンクが巨大ですと、貯蔵液中にキャビテーションを引き起こすためのエネルギーも、地震なみの膨大なものが必要なのでしょう。7.7ミリ弾ごときではキャビテーションの気泡はすぐ拡散してしまったことでしょう。
 としますと、やはり日本軍機は、ガソリンタンクを胴体内のひとつに集約すべきであったのです。小型のタンクを主翼内に分散していますと、銃撃を受けたときのキャビテーション反応もそれだけ過敏になり、防漏措置や防火措置の有無とも無関係に、ますます簡単に発火・爆発してしまうことになったのでしょう。