なぜシーファー氏にペルソナノングラタを突きつけられないか

 慰安婦プロパガンダに反対する新聞広告の主旨に真っ向から反対する声明を駐日大使が出した以上、安倍内閣は直ちにシーファー大使に真意を公式に問い詰め、公式の撤回がなければ、すぐに続いて「好ましからざる人物」を宣告すべきであった。この小者級の大使が東京から消えたところで、日米関係が破壊されることなどなかったのは言うまでもないことであろう。
 そして次の駐日大使候補者に日本国政府としてアグレマンを出すかどうかは、このたびの慰安婦プロパガンダに反対するわれわれの新聞広告の主旨をその候補者が事前に公式に受け入れるのかどうかで判定する――とすべきであった。
 米国連邦議会の議員がカネまみれであることや、特にその下院が日本に関してイカレた決議を出す癖があるのは大正時代からのことで、こんなことに驚いていたら外交はできないはずだ。不愉快な決議が遂に出されてしまったのは、シナの工作に夙にドライブがかかっていることを1年前からさんざん警告されておきながら、なにゆえか安倍内閣が、内外の民間人にそのカウンタープロパガンダ工作を依頼せず、さいしょから対外宣伝は絶対にできない公務員組織であることが知れている、脛に大きな傷を持った外務省などに、全対応を丸投げし続けたせいである。こんどの選挙の負けっぷりを見ても、安倍氏は小沢民主党に対するネガティヴキャンペーンすら打てていない。安倍氏の戦闘的宣伝指揮官としての無能はいよいよ証明されてしまったのであり、彼の賞味期限はもう終わった。
 米国の行政府と議会は憲法上、完全に独立である。だから、日本政府から、対連邦議会工作を表立って大統領府に要求するのは、筋が違う。相手国の憲法を軽視しているとすらとられかねない。
 米下院の決議に真っ先に対抗する責任のあるのは、日本の内閣ではなく、日本の国会の下院たる衆議院なのだ。然るをわが衆院は、日本にとって不名誉な米下院の決議を聞きながら、何の対抗決議も、抗議行動もしなかった。その役に立たない衆議院議員たちは、民主的な選挙で選ばれているのだ。つまり今回の不祥事は、日本の有権者のヘタレが引き起こしている自業自得と言って過言ではない。
 日本国民の直接抗議の手紙攻勢やデモ攻勢が、アメリカ大使館に対してあるべきであった。しかしこれはあきれるほどに僅かなものであった。ヘタレ衆議院議員に仕事をさせている日本のヘタレ有権者が、米大使館に対する直接抗議など、するわけもない。
 米国の「五ヵ年計画」は、陸上自衛隊をシナ周辺地域に派兵して、シナ軍にバックアップされた敵勢力と戦闘させることが一つの目標である。この「五ヵ年計画」を呑んだ自民党リーダーは、米国政権から有形無形の長期のサポートがうけられ、参院選で大敗しても辞任しなくて済むのだが、そのかわり、今回のシーファー氏のような非理非道の干渉をこれからも受け続けると覚悟しなければならない。
 ユーラシア大陸での陸戦は、「歩兵の数×居座り時間」が勝負である。昭和十年代、100万の日本軍が永久にシナ大陸に居座るだろうと見られ、シナ大陸から一人の日本兵もいなくなるとは夢想すらもできなかった頃には、あの蒋介石すら、何度も屈服しかけた。しかし戦後の日本軍に、永久居座り戦争は戦えない。米軍が苦しんでいるイラクの軍政の肩代わりのようなマネは、したくともできないのだ。
 したがって、いくら装備や訓練がシナ軍よりも優れていようが、最後の敗北は日本軍の側にあるだろう。哀れな武器オタクと空自がこだわるF-22など、あってもなくてもこの結果を左右しない。
 海上紛争はどうか? シナの海軍兵器はいかにも天下のボロである。しかしシナ側には核兵器がある。飛行機や船で負けても、核の発射までエスカレートして行けるのだ。どうじに民衆暴動をいくらでも煽動できるのだ。日本軍には北京の天井なしのエスカレーションを日本のイニシアチブで抑止すべき、自前の核兵備がない。したがって、エスカレーションの最初の段階で、敗北の結果を予測して、投了するしかない。
 アメリカは、日本に核武装をさせずに、日本の陸海軍にシナ軍と戦闘させようと考えているのだが、これに応ずることは、日本の必敗であって、国益に反する。
 シナに関しては、日米同盟はどうやっても機能しない。「五ヵ年計画」で日本の憲法をどう変えても、ユーラシアでの陸戦および核エスカレーションのリアリティ、日本とアメリカのシナからの距離の不均等を、変更させることはできない。
 シナに関して日米同盟が機能するとしたら、それは日本が核武装したときだけである。これを米国の「五ヵ年計画」に書き込ませることのできる政治家が、兵頭の支持できる政治家である。