The Case of Mr. K

 日本国内では、銃砲刀剣類所持取締法第22条によって、正当な理由なく刃体の長さが6センチメートル(折りたたみ式の場合8センチメートル)を超える刃物を携帯してはならぬことになっている。
 北関東の某市に住むK氏は元自衛官で、現在は軍事/銃砲/狩猟に関する研究や著述をしている。
 過日、K氏は、2親等の身内家族が交通事故で中部日本の某県の病院の集中治療室に担ぎ込まれたとの電話連絡を受けた。
 自衛隊暮らしが長かったK氏はいつも、リュックザックに救急品袋を付けておく習慣であった。
 その救急品袋の入り組み品として、十徳ナイフのようなものも用意をしていた。
 そして、出かけるときには、リュックザックとも救急品袋とも別なバッグに、ビクトリノックスのツールナイフ(赤い柄で、はさみ、缶切り、ねじ回しなどがついている折りたたみ式ナイフで、刃体は約6センチメートル)を入れて携行するようにしていた。
 これを救急品袋とは別なバッグに収納することにしている理由は、航空機に乗る用事があるときには、刃物類は邪魔になるためである。
 さて、K氏は某県まで急いで列車で移動しようと、自宅を出るにあたり、例によってこのバッグに十徳ナイフを入れた。
 ところが、慌てていたK氏は、外見の酷似した、いつもと異なったナイフを、そのバッグに入れてしまった。そのツール・ナイフは、同じメーカーの製品なのであるが、刃体がひとまわり大きい(8.6センチメートル)のである。
 「つくばエキスプレス」で秋葉原駅に到着したK氏は、JRに乗り換えようと発券機前に立ったところで、警察官から、「ナイフを持っていますか」との質問を受けた。
 K氏は、自分が適法な寸法のナイフを持っているという認識でいたので「持っています、これです」と取り出したところ、そこで、ひと回り大きなナイフを持ってきてしまったことに気が付いた。
 これにより、K氏は、銃刀法違反ということになった。
 行政は、銃砲刀剣類所持等取締法に違反した者が、猟銃の保有者である場合には、その猟銃の「所持許可の取り消し」をすることができる。
 K氏は猟用ライフル銃の所持許可を有するベテランでかつ現役のハンターである。もちろん散弾銃も所持している。(散弾銃暦が10年以上ないと、ライフル銃の所持許可を得られない。)
 K氏は、聴聞において、「ナイフ携帯は錯誤によるものであり、全く犯意のないものである」ことを釈明したものの、許可の取り消しは有罪無罪とは無関係の行政処分である、とされて、「所持許可の取り消し」を申し渡された。
 行政は、所持許可の取り消しを行った場合、あるいは取り消し以前であっても違反行為のあった場合、必要に応じて当該銃砲を仮領置することが、同法第11条の5および6に規定されている。
 が、K氏の所持銃は、仮領置はされなかった。自ら銃砲店等に譲渡する等の処分を行うように、との指示であった。
 K氏は、「災害等の非常の事態において人を救助する目的で適法な寸法のナイフを携帯携行していたつもりが、肉親が死ぬかもしれないという状況において出発準備をしたために誤って数ミリ長いナイフを携行した」ことが、必ずしも「所持許可を取り消さなければ銃砲による危害を発生させる危険性がある」との判断には結びつかないのではないかと思料している。
 すなわち、今回の場合、行政はK氏の猟銃の所持許可の取り消しを行う必要は全くなく、これは法の濫用であるとK氏は思料する。
 この行政処分を不服とする訴えをする道は、ある。
 とはいうものの、K氏も、このような問題に、まともにとりあってくれる弁護士さんがいるとは思ってはいないようだ。
 さて、みなさんはK氏の事件をどう考えますか。
 昨年の佐世保事件をうけて、「取締りを強化して不適切な所持者を摘発し、これだけの処分を行った」という数字を出したいがための行政だ――と推察しますか? これはリアルタイムで進行中のケースである。
 兵頭は、こう考える。いくら気が動転したとはいえ、違法サイズのナイフを自宅外に持ち出した時点で、K氏は、〈銃砲刀剣に関する啓蒙家〉の看板は、日本国内において降ろさなければならなくなった、と。
 プロだからこそ「数ミリ」の違いにも、気が動転したときにこそ、敏感であって欲しかったと思います。
 かのよしのり先生。このたびのご心労、お察し申し上げます。わたくしは先生の御著作やお話により、これまで大いに啓蒙されております。またこれからも愚生の先生に対する尊敬の念にはいささかも変更はありません。
 今回のケースにもしご興味をもたれた法曹家の方がいらっしゃいましたなら、ご連絡ください。