御礼

 畑さま。このたびは『いたこニーチェ』をご恵送くださり、有り難う存じました。
感想:ニーチェはあと一歩でソシュールの記号学や構造主義にまで到達するところだったのだなぁ。それから、今回の摘菜氏の口調は、どうして15年も歳の違う福田和也氏と似ている印象を受けるのだろう。前著や前々著では、ここまで似せていなかったような気がするのだが……。もうひとつ。ニーチェのキリスト教批判の骨子は、そっくりイスラム教批判に転用できますよね?
 たしか記号学は1940年代、終戦直後くらいから、フランス/スイスあたりから出てきたはずだが、I・アシモフはその後、たしか1950年代になって「ロボット三原則」なんていうしょうもないものを提唱した。もしアシモフが当時最新の記号学をかじっていたら、決して売れっ子のSF作家にはならなかったかもしれない。
 ぜんぜん余談だがレムの“MICROWORLDS”という本の中のタイムトラベル論を読んでみたら、1942年にBoucherという作家が『The Barrier』というSFを発表していると紹介してある。外敵がまったく入って来られないというイメージの「バリアー」は、なんと戦時中から一般読者向けに使われていたのだ。実はこれこそわたしがレーガン政権のSDIの頃からずっと気にしていたことだった。(さらに余談のついでだ。レムの同書によると、アシモフは1955年に“The End of Eternity”というタイトルで、未来を予見して悪を予防してしまう話を書いているという。きっとこれがディックの「プレコグ」の元案なのだろうし、たぶんフランシス・フクヤマの書名にだって影響を与えている。)
 話を戻すと、ロボットが「人間」などという勝手な「記号」を了解するわけはまずないのだ。
 生まれかけの人間、活動している人間、静止している人間、死にかけの人間、仮死状態の人間、死んでまだ暖かい人間、植物状態の人間、意識のない人間、手足もなくてほとんど頭だけで生きている人間、腐りかけの人間、ほとんど骨だけになった人間、ホルマリン漬けされた人間の細胞の一部、ゲノム情報……いろいろあるはずだからね。
 ヒューマンの間でしか了解され得ぬような記号体系を人工知能にインプットするなんてことはやめようぜ、とりあえず手当たり次第に必要最低限な単純な脊椎反射をさせりゃいいじゃん、と気づいたのがMITの(だよね?)R.A.ブルックスだろう。ミクロ経済学理論なんか知らなくても客の嗜好に敏感に反応できて誰でも了解可能なベタな商品名を即座に考え付ける大阪商人みたいなもんだ。もちろんブルックス氏が構造主義に興味があったようには思えない。無意識裡の構造主義把握だろう。
 勝手に宇宙(世界)の事物を記号で区切ったって、それはヒューマンの間でしか通じない。
 そもそもヒューマンに目的など無し。が、ロボットには目的がある。なぜなら人間が造ったのだから。だったら、その造り手が抱く目的とからめて、センサースイッチを工夫するしかない。
 ロボットはヒューマンを injure してはならぬ、とアシモフは言った。「ガトリング銃の銃口が、摂氏36度の赤外線輻射源に指向されたときには、弾丸を発射してはならぬ」というコマンド条件ならば、ロボットにも分かっただろうが、〈 injureしてはならぬ 〉では、あいまいすぎて、そのロボットはほとんど何もできまい。
 戦前の対艦魚雷は直進式だが、何百~何千メートルもの水中での直進を三次元的に保持できたのは、非常に精密なサイバネティクスが組み込まれていたからだ。
 魚雷は、複雑高度なサイバネティクスを用い、「身体」を有して自律移動した最初の量産自爆ロボット兵器だったと言えるかもしれない。では魚雷は、「世界」を認知していたか? 爆発尖(砲弾でいうところの信管に相当)に一定以上の加速度がかかったら起爆する。それだけだ。ヒットした対象がフネだろうが浅瀬の岩だろうが航跡の波動だろうが、魚雷という名のロボットは、人間世界の記号など、何も考えなかった。考えない方が、機能するのだ。
 トンボは3億年も絶滅をまぬがれて生き残ってきた食虫昆虫だ。しかし、こどもの他愛の無いトリックによって捕獲されてしまう。そのぐらいで、ちょうどいいのだ。
 前掲のレムの評論の中にファインマンの名前が出てくる。マンハッタン計画にも参与し、朝永振一郎と同年にノーベル物理学賞をとった天才だ。レムはリアルタイムで構造主義を読んでいたし、他方では宇宙物理を気にかけていたのだ。しかし、好奇心の塊まりと称されたファインマンの方には、タイムマシンへの関心はゼロだったのではないか。ここがインテリSF作家の苦しくなるところだ。(むろん数学者/物理学者にも苦手があったはずだ。ファインマンがシカゴ大に行かずにカルテックに落ち着いていたのは、東部の理論経済学の一流どころに対する敬遠心の作用だったのではないか?)
 身体が時間をホップするということは、己れの身体ぜんたいが瞬時にコピーされて2つ、3つになるのが非現実的であるのと同じくらいにありえないだろう。
 もしタイムマシンがあったら、想像力のある男は何をやるか。古代王朝は、地面に露出している天然金塊を集め、その財宝を誇ったものだ。タイムマシンでその露出金塊を先取りし、現世に持ち出し、それを何度も繰り返してストックすれば、大金持ちではないか。
 世界でさいしょのウラニウム型原爆を、過去から奪取してくることもできよう。何度も反復すれば、男の家の庭には、たちまちリトルボーイ数百発が溜まって行くだろう。同じ原爆のコピーが溜まるのだ。叩けばビスケットが増えるポケットだ。それを1944年以前の世界で行使するのも自由だし、現世で行使するのも自由だ。
 ここまで考えて、理屈の整合性にこだわる作家なら、タイムマシンの話なんて書くのには怖気を揮うだろう。
 レムはSF出版業界の編集者の絶対権力についても報告している。英米のSF界では、編集者は、オリジナル原稿のタイトルや長さや内容を勝手に変えられるのだという。レムの小説の中に、どう考えても英米人でしかないような名前の登場人物が多いのは、レム本人の自主的な判断ではなく、編集者の命令によるものだったのではないかと察することができた。つらい商売だ。
 レムは、異星人の侵略、星間戦争などといったSF作家たちのワンパターンを「パラノイア」だと早くから斬って捨てていたが、キリスト教は捨てなかった。太陽は冷えるか膨張するかして、いずれにしても地球の運命は永遠不変ではない。いつかは物理的に亡びる。では、今われわれがしている学問や事業や諸努力は、一切が空しいのか? そのとき地上の知的生物は、アウグスティヌスが到達した「イターナル・ナウ」を覚るしかないだろう。
 というところで、またも宣伝だ。3月7日(土)の横浜での講演会。
 場所等のご案内。
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/hyoudou-poster.pdf
 お申し込みフォーム。まだ決済していない人は急ぎましょう。
http://www.formpro.jp/form.php?fid=38906
 もう日本海の地下資源がどうのなんて話は小さいんだ。燃やしたら消えるだけの石油やガスとは縁を切っちまえ。先の大戦の教訓を、いつになったら日本人は学ぶのだ? 高速増殖炉を、ナトリウム循環ではなしに軽水循環で運転すりゃいいんだよ。熱効率より安全第一。その炉は筏に載せて無人島の海岸に浮かべとけばいいんだ。海岸県に住んでいる人たちなら、日本にはけっこう本土のすぐ近くに、何にも使えない無人島が、いくつもあるってことを知っているだろう。
 政府は「浮かぶ原発島」を一挙に何十基も発注しなさい。景気回復に必要なのは、政府の不況対策支出が、ダイレクトに将来の人民の安全保障を強化してくれるはずだというイメージなんだよ。その巨額の公金を決してドブに捨てることにはならず、得難いモノが形ある遺産として残って、未来を今よりは確実によくしてくれるんだという確信を人民に与えなくちゃダメなんだ。「浮かぶ原発島」なら、競争力ゼロの最下流の土建屋等には鐚一文、税が垂れ流されることにはならない。経済の最上流に「ハイテク一点かけながし」することになるんだ。
 ……とまあ、こんな話もします。
 会場では並木書房さんが『予言・日支宗教戦争』を実売する予定です。わたしはお買い上げの現物にはサインを致す所存です。