謎は謎を呼ぶ

 ある雑誌からミニ記事を頼まれ、WWIの地中海の第二特務艦隊に関する英文サイトを漁ってみた。どうも話がスッキリできあがらない。よく分からない。
 1917-5に『トランシルバニア』が雷撃された。この船と、墺潜の『U27』を関連づけている英文サイトがない。もちろん、わたしの根気が足りないせいだろう。
 また、この徴用客船について詳しい英文サイトには、〈2本目の魚雷は、横付けしていた『松』を狙ってきた。『松』が全速後進をかけたので、それは『トランシルバニア』に当たり、同船はそれからすぐに沈んだ〉という、じつに左翼ヨロコビ目にちがいのない記載があるのだけれども、かつて日本語サイトへ参照/引用された気配がない。
 ちなみに『松』は『トランシルバニア』の半分の全長だし、駆逐艦が身を挺して、すでに傷つける兵員輸送船を守らねばならぬいわれもないのだから、この英文サイトには「いいがかり」臭がある。しかも雷撃は『U63』(これはWWIIの独潜だろ?)がした、などともある。これで信憑性が崩れてしまうのだが、スペックは細かく紹介してあって、エクスクルーシフだ。
 墺潜『U27』はたしかに1917-6に『榊』を大破させた。これは事実らしい。しかし、英文サイトの『U27』の戦歴(大物獲物リスト)の中に、『トランシルバニア』が見当たらぬ。これはわたしがもはや老眼だからなのか?
 ちなみに『榊』が lost したと書いてあるいいかげんな英文サイトがいまだにある。大破しただけだと書いてある、ちゃんとした英文サイトもある。
 1916-8より前は、独潜はたてまえとして墺潜となっていた。イタリアがまだ対独宣戦していなかったからだ。
 イタリア海軍は、墺潜だけでも5隻も撃沈した(仏海軍と共同で+1隻)。第二特務艦隊は、やっつけたサブは墺潜、独潜ともにゼロだ。しかるに英海軍は、〈イタリア海軍はどうしようもない、しかし日本海軍は最高だ〉と褒めちぎった。
 これをそのまんま紹介すればバカ右翼史観にしかならない。
 この行間を読める想像力が、右にも左にもない。
 英国の最大関心はスエズであった。しかしそれはフランスの関心でもなく、ましてイタリアの関心でもなかった。スエズ防衛のためにマルタの英海軍司令の言うことを即座にきいてくれた助っ人は、第二特務艦隊の8隻の駆逐艦だけだったのだ。第二特務艦隊は、ほとんど休みなく、休戦の日まで、地中海で英国の犬になり切った。マルタの犬マルチーズになれという命令は霞ヶ関の海軍省から来ている。南洋ドイツ領を日本のものだと戦後の平和会議で英国をして主張せしめるための、高度な2国間取引なのだ。この困った命令を、佐藤艦隊は完全に遂行した上で、1隻も喪失しないで1919に日本に凱旋した。ここが、まさしく奇跡なのである。文字通りの神がかりの、超人的な努力! 犠牲はもちろんある。病死人が18名も出た。当然だ。居住性無視の日本製の700トン前後の石炭混焼艦に水兵がギッシリだ。この小ささ、その乾舷では、艦内は、どこもかしこもびっしょびしょのススだらけだ。そこらのニートひきこもりを放り込んだなら2日で発狂する環境だ。59人の爆死者よりも、この18人の方が悲惨なのだ。そこが想像できないのか。
 独潜は鉄道でアドリア沿岸のオーストリーの軍港まで運ばれていた。デカすぎる新型潜は、いったんバラバラにして貨車に載せ、軍港で組立てたという。
 アドリア海の入り口は幅100キロもあったので、水上艦はとじこめたが、サブは漁網(一部機雷付き)を張った英国ドリフター船の列をくぐりぬけて、地中海へ自由に出られた。
 墺がドイツから設計図を高値で買って建造したシリーズがある。ドイツらしいね。
 墺が独から新型を、金塊で決済して購入したケースもある。ドイツらしいよ。
 1917年1月から独墺は無制限潜水艦作戦を開始した。しかし英から日本外務省への駆逐艦派遣リクエストは1916-12だから、無制限作戦に困る前に、英国はもうじゅうぶん手を焼いていたのだ。
 1918-5に雷撃された『パンクラス』は、インド兵を満載していた。曳航したのはタグボートである。『樫』と『桃』は、インド兵を自艦へ移乗させた上で、ゆっくりマルタまで護衛を続けたのだ。
 イタい英文リポートもあった。彼はどうやら日本の大学に留学し、古い『遠征記』を日本語で苦労して読んだらしいのだが、「被雷」を「かみなりにうたれること」と解釈しているようにしかみえない。
 しかし果たして、戦前式日本文の読解力に関し、研究者水準に達しているといえるような英語ネイティヴスピーカーなど、いるのだろうか?
 特段に文学的でもないプレーンな英文サイトすら、こんなにも見逃されているではないか。
 有名な史実に関するおそろしい誤解や隠蔽が、もっともっと放置されているだろうこと、それが今後かなり長く続くであろうことは、もうわたしには、疑いがなくなったのである。