亀の流刑地たる北海道でミシシッピアカミミガメを規制することに何の税金支出効能があるのか、環境省に問うてみたい。

 諸役人が、外地の吸血コウモリやら病原蜘蛛やらがわが日本国内に蔓延してしまわぬように、水際でがんばっている努力は、住民によって当然に称賛されるべきである。そこに税金を使うことに、日本人は誰も反対をしない。
 ところが、役人は、放っておくと、じぶんたちの再就職先を増やすために、どんどん余計な仕事をつくりはじめる。特定外来生物以上に、特定有閑役人が、自然な社会の中に強健にはびころうとするのだ。そのためにムダな新規の税金の支出費目が固定化される。よりいっそう緊急に必要なところにつけるべき公共の予算が、絶対的に足らなくなってしまうのだ。
 読売新聞のウェブ版(2014年1月9日)に、「人気のミドリガメ、輸入禁止へ…生態系を破壊」との記事が配信されていた。官庁御用初めが6日。民間はまだ正月モードのうちだ。この公表タイミングは、このネタが環境省による、おそるおそるの観測気球であることを示す。世論がこれに猛反発をしなければ、やっちまえというわけだ。わたしはペットショップという商売じたいが絶対悪だと確信する者なので、愛玩用の動物輸入が禁止されることには反対をする気がない。しかしこのような全国一律の規制をイージーに考え出す役人たちを調子に乗らせることは、将来の大厄につながるので、反対する。
 「ミドリガメ」とは、今日では「ミシシッピ赤耳亀」の子亀のことを意味する。米国の業者が大量に孵化させたのを、日本の業者が安く仕入れて売っているのだ。消費者がペットショップや祭の夜店で買う時のサイズは小判以下(よって銭亀とも呼ぶ)。ところが、2、3年にして甲長二十数センチにまで巨大化する。こうなると、週に1回以上は水槽の水替えをしないと、部屋ぜんたいが亀臭くなってしまう。水は重いものだ。世話が億劫になった飼い主が、池や川へ放ち、関東以西では大増殖した。そういう次第らしい。
 ところで北海道でもとうぜん、このカメは大量に売られているのだ。が、北海道の野外では、たいがいの亀は自然増殖ができない。2歳以下の幼体が冬に凍死するからだ。それゆえ、仮にエスケープした成体が産卵をして孵化させたとしても(それを見た人はおそらくいないと思うが)、無駄に終わるわけ。
 十分に大きくなったミシシッピアカミミガメの成体は、北海道南部であれば、11月から翌年5月まで、なんと水底の泥中で、半年強もの冬眠を続けることで、越冬ができるそうである。水面は氷結して浮上も不可能になるが、酸素は何とか足りるらしい。五稜郭公園の正門脇の内堀の一角に、そのような越冬成体(もちろん誰かが捨てたもの)がいると私は聞いている(見たことはない)。この驚異的な冬眠能力は、カメ類が、恐竜を絶滅させた天変地異をも凌いで今日まで1億年も同じような姿で種を存続させ得た理由を教示しているのだろう。ミシシッピ河のような広大な水系は、上流はかなり寒くなるから、そこに棲む亀類は、長い間、こうした適応力を失わずに、気候変動も生き抜いてきたのだろう。だが、それでも北海道級の寒さになれば、幼体の越冬は不可能なのだ。
 適用力抜群といわれるミシシッピーアカミミガメすら生存できない北の大地。だとすれば、人間にとっても厳しいのが当然だ。将来のわずかな気候変動で、人間の生存(農業)そのものも危うくなるリスクと、住民は隣り合わせなのだ。では、そのような非常事態がじっさいに切迫したときに、さいごに頼りになるのは何か。「勝手に越冬して繁殖している動植物」ではないのか。
 このような動植物は、外来生物であっても、食糧緊急事態時の住民の生存にとっての、何かプラスのポテンシャルを有しているかもしれないのだ。殊に寒冷地では。だから、そのようなタフな生物の種類が寒地で多様化することは、明治以前の生態系の変改という、ある向きには不人気な事象を凌ぐ福利があるやもしれない。このことに、関係諸官庁が鈍感であってもらっては困る。ハクビシンのように、住民に何一つメリットがないとすでに明々白々である外来害獣(またはハブのような在来害獣)がいるだろう。そういうのをこそ絶滅させる努力を払え。
 『兵頭二十八の農業安保論』(草思社から発売中)で警告したような、国民的非常事態が現実となった暁に、原野や山林で、勝手に増殖してくれている、エディブル(食べられる)な植物や動物が、ひとつでも余計にあることは、寒冷地住民の飢餓線をいくぶんかは変更する命綱となるはずだ。
 もちろんミシシッピ赤耳亀は、食用にされない。誰も釣ろうとも思わない。人畜も襲わない。自然増殖できない。どう考えても北海道では、どうでもいい動物なのだ。
 ところが環境省の役人は、どうやら亀類の日本の北限がどこであるのかも正確に把握しておらないくせに、「原野山林に何ひとつ付け加えるな」という方向でハッスルしたがるようである。その余計な仕事増殖活動が、将来のわが北国住民のサバイバルにとっては、危険で有害なことになりかねないのだ。
 非食用の外来亀の規制をしたいなら、自然増殖できる北限よりも南側に限ったがよい。