イランの核武装が確定したので、これからサウジも核開発を推進します。

 誰がペルシャ湾に機雷を撒くことで得をするのか?
 日本のマスコミでこの説明をちゃんとしているところは一つもないだろう。というか、そもそも日本人は誰も理解してないだろう。
 イランがアラビア半島に攻め込むとき、海(ペルシャ湾)を渡る必要がある。また、海岸に上陸後、そこからリヤド、さらにはメッカとメディナまで占領してしまう間、スンニ派諸国や米国からは介入されたくない。そのため、ホルムズ海峡に機雷を撒いて、インド洋の米艦隊がペルシャ湾内に入れなくするように時間稼ぎをすることには、意味があるのである。
 開戦前からすでにペルシャ湾内に居座っている米艦隊に対しては、ペルシャ湾内各所へのコンスタントな機雷撒きによって、やはりイランはその動きを封じてやることができる。
 イランはスーダンにも工作員を送り込んでいて、サウジの陸軍をできるだけアラビア半島の南部に吸引しようとしている。いうまでもなくスーダンからだと紅海を渡ればすぐにメッカを急襲できるのだ。
 イエメンのシーア派ゲリラも、メッカを近くからおびやかし、かつ、紅海入口に機雷を撒けるという点で、重宝なイランの手先なのである。
 ペルシャ湾側の守備が手薄になれば、イラン軍は、渡洋攻撃を仕掛けやすい。
 次の問題。そうした事態(シーアvs.スンニの全面戦争)は、わが日本国にとって存立(プリザヴェイション)の危機か?
 ぜんぜん、そんなことはない。放っておいても日本の国体は亡びない。石油もどこからか入ってくる。
 外務省内でいまだに「資源外交」とか語っている連中は、1945年に地下壕に引き籠り、そこで70年過ごしていたに違いない。ゲオポリティカルに、1945以前と以後とでは、「海」が同じではないことが理解できないのだから。先の大戦以前の海は、列強がそれぞれ自前の海軍力で航路を維持し、陸兵も出して海外油田を物理的に支配しておかなくてはならなかった。しかし先の大戦以後の海は、米国が単独で世界の海を支配している。石油は世界市場に自由に流れ込む国際商品となった。買い手は採掘者が誰であるかに無関係に、ハードカレンシーをもっていさえすれば、それを市場から自由に買える。米国と敵対もしくは戦争する者はその海を使えないので不自由するだろうが、米国と敵対しない者はその不自由から無条件で解放されているのである。
 つまり、戦後は、海外油田を消費国のカネで開発する必要も、産油国に媚を売る必要も、どちらもまるでゼロなのだ。それがわかっていなかったのが、「戦前頭」の田中角栄であり、山下太郎であり、「アラビア石油」であり、アザデガン油田なのだ。これらはいずれも皆、「愚者・愚行列伝」のネタでしかない。
 Robert A. Manning記者による2015-7-13記事「How the ‘Japan Model’ Could Strengthen the Iran Nuclear Deal」によると、イランがこのたび合意した条件には、たとえば、ウラン濃縮用の遠心分離機の数を19000基から6100基に減らすこと、低濃縮ウランの総量を10トンから300kgに減らすこと、ナタンツ以外の場所ではこんご15年間、濃縮を試みないこと、フォードウにあるとバレた秘密核開発施設は、平和的研究機関へ用途変更すること、等だという。
 だが広いイランのそこかしこで、核開発と核武装の試みは継続されるであろう。
 2017年に大統領になるかもしれないジェブ・ブッシュには、その辺はよくわかっている。
 パキスタンには時に大都市が軒並み停電するという事故が起きる。イランには広域停電など起きない。社会システムの「優秀さ」が段違いなのだ。そんなきわめつき後進国のパキスタンにすらできてしまった核武装が、北鮮よりも早く自力で衛星まで打ち上げているイラン人に、できないと考える方が不自然なのだ。
 国連の経済制裁はまるで無効であった。ロシア、インド、トルコは、堂々とイランを経済的に支えた。それぞれの思惑については、『兵頭二十八の防衛白書2015』に書いておいた。
 ISはシーア派の物理的絶滅を心に決めている。ISの背後には全スンニ勢力がある。だからもうイラン=シーアとスンニ世界の「手打ち」はあり得ない。戦争か準戦争しかないのだ。
 イラクとシリアでは、イランの力添えなくして、シーア派住民が大虐殺から免れる道はない。
 アメリカが、または西欧が、中東での「大虐殺」を傍観できるというのなら、放置すればいい。しかし彼らにはそれはできない。
 となると米国政権の選択幅はごく狭い。シーア派住民虐殺の阻止のために頼れるのは、有能なイラン陸軍だけなので。
 遂に、アメリカは、長年の敵のイランと結託して中東を経営する道を選んだのだ。
 アメリカは、イランの10年以内の核武装を許認する。そして、核武装するイランにコミットしていくことでイランを味方として利用するという政策を選んだ。
 ひょっとして15年後にはイスラエルは消滅しているかもしれない。
 イスラエルとサウジはいまや、「崖っぷち同盟国」である。この2ヵ国にはもう時間がない。イランは今でもヒズボラとハマスに大型ロケット弾数万発を供給し続けている。イランが核武装すれば、狭いイスラエルからはたちまち頭脳が逃げ出す。そう、昔、シリアからスティーヴ・ジョブズの親父が逃げ出したように。そして、今のシリアには才能ある者など一人も残っていないように。イスラエルは、この意味で「シリア化」する。自業自得のブーメランだ。
 サウジはもっと深刻だ。これから数年以内にイランを打倒できないと、先に自国が崩壊する危険がある。サウジ政府には「自国民を有能にする」ことだけはできないのだ。それをやるとサウド家の独裁が維持できなくなるためだ。だから「有能な陸軍司令官」というものもサウジには絶対に育たない。育てばすぐにクーデターだから。
 というわけで、簡単に数十万人も動員できる有能なイラン陸軍が渡洋攻撃してきた暁には、サウジ陸軍には万に一つの勝ち目もない。だから、空軍だけでイランを痛めつけ得る今のうちに、イランを挑発して戦争に持ち込みたいはずだ。ペルシャ湾での戦争は、サウジが起こす。
 ISが打倒されても、似たような組織運動はスンニ圏内で必ず立ち上がる。だからイランは、生き残るためには、じぶんたちでメッカを占領してしまうしかない。
 イスラムの正統はシーアであると、メッカの宰領者になることで、イスラム圏内に誇示するしかないのだ。そして、イランにとってその軍事作戦は、案外に簡単にできそうだ。
 サウジは長期抗争の構想も持っている。自力核武装だ。
 ストラテジーペイジの2016-7-14記事「Procurement: The Price Of Freedom」によれば、7月にフランスにサウジの代表がやってきて $12 billion 以上の取引で合意した。サウジはフランスから原発×2基のほか、ヘリコプター数十機、軍用機数機、沿岸警備艇数隻、そしてエアバスを50機を買う。
 兵頭いわく。このディールのキモは、サウジの核開発決断にある。エアバスはサウジには必要のないものだが、それを大人買いしてやることで、フランスから「核開発支援」を引き出すつもりなのだろう。ちなみに軍用ヘリや警備艇は、イラン軍地上部隊が小型舟艇のスウォームでアラビア半島に一夜機動して上陸するのを阻止するために必要なものである。サウジにとって防衛海岸正面があまり広く、且つ、小舟艇は機雷にかかりにくいので、ランディングクラフトのスウォームに対しては、低空&低速航空機から小型ミサイルを発射することで阻止するしか手はない。ただし夜間なので、複座ぐらいの小型機では相当の難事となってしまうが(単座ではまず無理)。
 石油は、値下がりするだろう。サウジはこれまでにもまして、「生か死か」の意気込みで、原油を増産し続け、イランの国庫が潤わないように仕向けるだろうからだ。