その名は ひひみ。

  Al Mauroni 記者による2015-10-16 記事「Don’t Fear the Dirty Bomb」。
   さいきんの民主党のディベイトでヒラリー・クリントン候補は、核物質がテロリストの手に渡るのが一番やばい、と発言した。
 前後してAPが、モルドヴァの犯罪組織が核物質をISに売ろうとしたと報じた。
 大衆は、わけもわからず放射能を恐れるものだ。※この記者は、米空軍の非通常兵器研究室の室長。
 だが、スリーマイル島や福島第一からの放射性物質漏れによって、急性放射能症で死んだ人間は誰もいない。
 チェルノブイリですら、数ヶ月内の放射能症による死者は30人未満だった。
 チェルノブイリで被曝して寝込んだ130人のうち多くは、何年もかかったが、復活している。
 オバマ大統領は2010年に「米国の安全にとって最大の単独脅威は、テロ組織が1個の核兵器を入手してしまう可能性であろう」と発言している。
 記者はこの見解に賛成できない。米国にとっての最大の脅威といったら、ホンモノの水爆ミサイルで米国をいつでも核攻撃できるロシアとシナにきまっているではないか。……が、この話は今回のテーマから外れる。
 放射能について一般人よりも正確な知識を持つくせに意図的に無知な大衆の恐怖をいたずらに煽り立てるようにして特定政治機関の目的に好都合ならしめんとする連中。この嘆かわしいやつらに読者は気をつけて欲しい。こやつらは米国の本当の課題から目を逸らさせる。
 この煽動屋たちは、「放射能」と「核分裂物質」の区別をわざとあいまいにして話を進める。
 そして、ひとつの論説の中で、放射性素材を通常火薬で環境中に飛散させる仕掛けにすぎない「ダーティ・ボム」と、ホンモノの小型核爆弾とを、並列併記して、読者に印象上の混同を誘う。
 あたかも連続TVサスペンスアクションドラマの『24』のように、幾つものテログループが、NYCやLA市内で小型核爆弾を炸裂させるプロットがリアルに進行中であるかのように思わせるのだ。
 たとえば前の上院議員のサム・ナンらは、「ニュークリア脅威イニシアチブ」というNPOを結成していて、いまから2ヶ月前、『ワシントン・ポスト』紙の社説対向ページ(オピニオン欄)で読者を脅した。いわく、市中で商業利用されているアイソトープなどの放射性物質をすぐにも全面禁止(代替品を開発させて)しないと、米国は危険な放射性物質によって数十億ドルの損害を受けることになるだろう、と。
 サム・ナンらに言わせると、いままで米国でダーティボムによるテロが起きていないのは「奇蹟に他ならない」のだそうである。
 たしかに、放射性のセシウム、コバルト、イリジウム、アメリシウム、トリウム、バリウム、トリチウム、その他いろいろなアイソトープは、市中で大量に使われているので、放射能被曝を気にしない泥棒がどうしてもそれを欲したら、盗むのは簡単であろう。
 じっさい、なんらかの核物質が盗まれたという報告は、毎年、数百件もある。
 しかし、人類史上、ダーティボムはまだ一度も爆発してないのだ。
 ※「ダーティ・ボム」はすでに二度、人口密集地の真上で炸裂していると思う。リトルボーイもファットマンも、設計未熟のために、数キログラム単位の核分裂物質が、連鎖反応を起こすことなく、ナマで飛散してしまった。しかしウラン235やプルトニウム239やそれらの同位体の微粒粉末の吸引が原因で死んだ者は1人も確認されていないようである。半減期がやたら長いということは、放置状態で単位時間あたりに崩壊する原子もやたら微少であるということだから、それだけでは即死者は出ないのが尤もなのだ。もちろん風評被害を狙った「印象テロ兵器」としては適しているけれども、そのことがテレビや映画で正確に説明されることはない。
 別な論者のジョー・チリンチオネは言う。――ISが放射性物質を入手するのは時間の問題だ。アメリカからの攻撃を抑止するために、彼らは核武装を指向する。核爆弾がつくれないならば、ダーティボムがその代用になるだろう――と。
 それはおかしくないか? 米国はテロ組織とは数十年来戦争している。なぜアルカイダが先にそれをやっていないのだ?
 ISは旧イラク軍の残党である。旧イラク政府が数十年間国力を傾けて努力しながら造り得なかった原爆の研究に、新生イラク政府軍と一進一退の攻防を続けつつゲリラ組織のISが成功してしまうってかい?
 チリンチオネは原爆とダーティボムの違いをちゃんと知っている。ダーティボムに人を殺す力がほとんど無いことも知っているのだ。しかし、数グラムのセシウムかアメリシウムをダーティボムに挿入すれば、市街の数十ブロックは数週間、人が住めなくなる、などと唱える。
 放射性の重金属の粉末を火薬の力で数マイルの範囲に拡散させた場合、拡散モデルを使えばわかるが、それによる住民各人の増加脅威は「数ミリキュリー」である。
 これは健康上無視できる量であることをチリンチオネは知っている。にもかかわらず、パニックを起こした住民をエバキュエーションさせないと行政が集中砲火を浴びるので行政もパニックにつきあってとりあえずエバキュエーションを命じておけ、と言いたいようだ。
 米政府は福島第一原発事故のとき、そこから50マイル以内に住んでいる米国人に対してエバキュエートを命じた。それには「恐れ」以上の合理的な理由などは無かったのである。
 この命令が為したことといえば、日本政府が該当区域の住民数百万人と事後復旧の段取りについて相談する仕事を、いやがうえにも困難化したことであった。
 核テロについてまじめな参考書を欲している人は、Michael Levi か Brian Jenkins が書いたものを購求するとよいだろう。オススメである。
 真の確率を公平に考えるなら、世界に数千発ある既存の核弾頭が、非国家集団の手に渡る恐れの方が、ずっと高いはずだ。その殺傷力こそ、ホンモノであろう。
 しからばなぜ米国のメディアは、脅威のぜんぜん低いダーティボムの話ばかりをするのか? それを敢えて売り込むライターがおり、それによって恐怖を感ずる大衆がおり、それによって儲かる雑誌・新聞・テレビ会社があるからである。
 CNNも、数グラムのセシウムを自動車爆弾に仕込んで炸裂させればニューヨーク市は何ヶ月も閉鎖される、などと煽っていた。とうてい信拠に値しない「専門家」が、メディアには出てくるのだ。
※有能な劇画の『いちえふ』に豆知識が書いてある。いわく。甲状腺癌は潜在的に多くの人が持っている。症状の無いまま一生を終える人もいる。福島ではすべての子供を精査したので、ふつうなら見つけられずにいるものがすべてカウントされた。環境省は比較対照のため、青森、長崎、山梨の3県でも調査している。その結果は、福島の子供たちの甲状腺異常と有意差がなかった。また福島で見つかった子供の癌細胞の遺伝子異変を解析した検査結果も、チェルノブイリ事故での遺伝子異変とは違うものであった――と。要するに沃素131が原因の癌じゃないということだろう。