そうだったんですよ、川崎さん。

 Vidya Sagar Reddy記者による2015-11-25 記事「Russian Navy Reads the Art of War」。
  ※記者はニューデリーのシンクタンク勤務。
   いまのロシアの大きな狙いは、NATOの東方拡大を、押し返す。
 米海軍による海洋支配を、拡大させない。逆に海洋の不自由化を進めたい。  ※「FON」対「海洋の不自由化」の角逐する時代なのか。
 WWI前、カイザーのヴィルヘルム2世は、『孫子』を読みたがったという。
 マッカーサーは、孫子についての言及がある。
  ※どっちも初耳です。ちなみにマッカーサーが台湾を「不沈空母」と表現したことがあるのは本当です。1950年8月17日に、東京から米本土の「海外戦争復員兵協会」に宛てて、その総会で読み上げてもらうつもりで打電した「メッセージ」の中で。そこにはマックなりの地政学が披瀝されています。
  ――第二次大戦で、アメリカの戦略的な前線は、米本土の海岸線や飛び地の島嶼から、いっきょにフィリピン群島へ変わった。そして太平洋全体が、アメリカという城を守る濠になったんである。
 アリューシャンからマリアナまでの列島線を軍事的にしっかり確保していれば、アジアで自由主義国の領土を占領してやろうという〔ソ連・中共陣営の〕奇襲攻撃はありえない。しかしこの列島線をうしなわんか、戦争はもう避けられない。
 もし台湾が敵手におちいれば、そこは敵の突出陣地になる。そうなると、沖縄に対する空襲力は、シナ本土からするものよりも2倍の威力になってしまう。また、台湾からならば、大型爆撃機ではない、ただの戦闘機によっても、フィリピンを空襲できるようになってしまう。
 台湾が敵の手にあるということは、不沈空母および不沈「潜水母艦」が敵の手にあるのと等しい。沖縄とフィリピンに対して理想的な攻撃拠点になるし、われわれが沖縄やフィリピンからシナ大陸を攻撃するときにも一大抵抗拠点になってしまう。
 われわれが台湾を守れば、われわれは大陸のシナ人からは嫌われてしまうなどとと説く者がいるが、この者たちの太平洋における宥和主義・退却主義ほど、甚だしい謬論はないのだ。
 アジア人というものは、攻撃的で断乎たる動的な指導者を尊敬する。臆病で遅疑逡巡する指導者を、アジア人は、あざわらうのだ――《すべて兵頭私訳》。
 なお、トルーマンは、大統領命令をマックに与えて、このメッセージを公式に撤回させましたが、マックはその前にプレスにコピーをばらまいていました。トルーマン図書館博物館の、アチソン長官の関係のファイルに、この原文らしいものの電報受信タイプ紙が残っています。以上、長い余談。
  クリミアの切り取りでは、「ゲラシモフ・ドクトリン」が実行された。
 敵の弱点を狙え。なおかつ、直接の激突はしてはならない。
 孫子はすべての戦争はごまかしを基本とするという。
  「兵は奇道なり」。
 孫子いわく。敵が弱く見えるときは実は強い。敵が強く見えるときは実は弱い。
 孫子いわく。敵の予期せぬところへ自軍を展開せよ。そして敵の弱点を衝け。
 ロシアは欧州と中東に侵略の狙い(NATOの東方拡張を押し返すということは、西側から見れば侵略に他ならぬ)を絞っている。だからこそ、その方面には米海軍を集中させないために、バルト海や黒海や太平洋や米本土周辺などの遥か離れたアサッテの方角にて、米海軍に対して挑発行動をわざと仕掛けているところなのである。
 予算を削減され続けてきたロシア海軍には、とっくに西側海軍と正面衝突して勝てる実力は無くなっている。
 そのため今ではロシア海軍も、シナ人のマネをして、非対称戦術に賭けるしかないのである。
 さらには、シナ軍が南シナ海に構築しようとしている「A2AD」を、北極海から地中海にかけてつくりたいのである。
 米海軍のリチャードソン作戦部長は、ロシア海軍の活動は地中海の海上交通を不自由化させることを指向しているとすでに指摘した。
 ロシア海軍は、「戦わずして人の兵を屈する」を実践中である。
 米国は、「ユーラシア島」の東方における対支の「A2AD」打破と、「ユーラシア島」の西方における対露の「A2AD」打破を、両立させられるほど、国力にも海軍力にも余裕はない。今後もない。
 ※アウタルキーを既に得ているハートランド勢力(ロシア)が、リムランド勢力(EU&NATO)の海上交易を不自由化してやることで相対的に国権を高めることができるとは、まさにスパイクマンすら予測できなかった新事態だろう。これは相対的に弱い(ロシアの)海軍力によっても実行できるのだ(マハンが生きていたら驚くはずだ)。ただし日本にとって幸いにも、中共はこのロシアのマネはできない。中共はアウタルキーを捨ててしまって、輸出入にヴァイタルに依存しているから。中共海軍が今後いくら相対的に強くなっても、海上交易の不自由化で致命的なダメージを受けるのは、シナ人自身なのである。したがってアジアの反支連合が採るべき安全・安価・有利な戦術は、「機雷戦」である。その結果、シナと交易できなくなる米国の経済成長は鈍る。日本の地位は相対的に急浮上し、太平洋は静かで落ち着いた海になるだろう。
 ※さらに余談。さきごろロシアから公表された動画で最もショッキングだったのは、ISの大規模な石油精製工場と、数百両の石油運搬トラックが、誰にも爆撃されずに今まで稼動し続けていたことが明らかになったこと。ロシアの言う通り。トルコは、ISとズブズブなのだ。
 トルコは、自前の石油資源を確保したいのだろう。一方ではISを通じてシリア・イラク領内の油田を実質確保してやろうと動いているのだろう(それはもともとトルコ帝国のものだったし)。もちろん、もし隙あらば、コーカサス方面の反露諸国も支援して、ロシアからは石油・ガスを買わずにすむようにしたいとも思っているだろう。旧トルコ帝国が崩壊してすべての油田を剥奪された恨みはつのる一方なのだ。
 いま、アゼルバイジャンの石油は、ジョージアとトルコ領を串刺しにして、シリアのすぐ北の港までパイプラインで搬出して欧州へ売られている。これに将来、カスピ対岸のトルクメニスタンも、「カスピ海底横断パイプライン」を敷設して相乗りしたい。すなわちアゼルバイジャンとトルクメニスタンは、陸封国なので、トルコの擁護と協力なしには石油商売ができない。となれば半分はトルコの油田みたいなもの。トルコは、こういう支配関係を強化し拡大して行きたいのだろう。それはロシアにとっては「営業の邪魔」と映る。
 ロシアが弱れば、トルコが出てくる。プーチンは自分が老人だと意識しているはずだ。だからこそ、無理をしてでも、トルコに対しては強く出なくちゃならない。これはロシア人の宿業だ。プーチンの個人的体力が尽きかけているのだ。さもなきゃ、若さを強調するヘンな宣伝ビデオをこれほどに垂れ流しはしない。「強く見せているときは実は弱い」のである。もうじき、とりまきの戦争屋たちを抑制できなくなるかもしれない。