レスリングで相手の両手がこっちの右手を掴んだら、柔術の「入り身投げ」で外せないのだろうか?

 CLYDE PRESTOWITZAUG記者による2016-8-23記事「Why the TPP Deal Won’t Improve Our Security」。
  記者を含むシンクタンク研究員たちがオバマ政権から直接にTPPについて説明を受ける機会が2009秋にあり、そこで記者は質問した。その時点で米国は7ヵ国と交渉していたが、その中には、ブルネイ、NZ、マレーシア、ベトナムという、すでに米国と自由貿易協定をむすんでいる相手が含まれている。何の意味があるんだ、と訊いた。
 答えは「地政学」だった。
 中共の威圧の前にこれら周辺国が「アメリカから放置されている」と思わないようにすることがTPPの大目的なのだ、と。アメリカから見捨てられると想像すれば、これら小国は皆、中共にとりこまれてしまうから。そう思わせてはならないのだ。アメリカの影響力の真空を作ってはいけない、と。
 そこで記者は反駁した。米軍が西太平洋域から去ったことはなかったじゃないか。第七艦隊が常駐しているし、東アジアと東南アジアには10万人以上の米兵が展開している。
 それにアジア諸国との貿易では米国は慢性的に赤字なんだから、自由貿易協定があろうとなかろうとこれら諸国が米国とはこの先何十年も関係を断つことができるわけがなかろうじゃないか、と。
 アジアに米軍がこれだけ展開していて、しかも、彼らの側に貿易黒字がありながら、それでもアジア諸国の指導者の気持ちが米国から離れるというのならば、そこにFTだのTPPだのをいまさらにつけくわえても、何の変化もありそうにはないじゃないか。
 オバマ大統領は一貫して、TPPは中共が未来の貿易のルールを決めることを阻止する道具なのだ、と語っている。
 中共は米国のTPPとは関係なしに、RCEP=地域包括経済パートナーシップ の協議を、韓国、比島、カンボジア、ラオス、タイ、インドネシア、ミャンマー、インドと進めている。
 ※インドネシアはTPP交渉に加わっていない。これはでかい。これから最も人口が爆発する有望国だから。水資源もガス資源も足りているし。
 そして中共が立ち上げたアジアインフラ投資銀行に、これらアジア諸国は皆、あらそって参加してしまったじゃないか。
 つまりTPPには中共が未来の貿易ルールを決定することを阻止する効力なんてぜんぜんないことが証明されてるんだよ。
 もうアメリカにはアジアに新たにオファーできるものは無いということなんだ。往年の「パックスアメリカーナ」時代には、アメリカはアジア諸国に恩恵的に米国市場へのアクセスをゆるしてやることで、みかえりにいろいろなものを引き出せた。米軍の駐留権だとか、米国企業による投資商売の自由だとか、外交的な対米協調などをだ。
 しかしそうした良き日々は終わったのだ。米国市場には関税はほとんどなくなっていて、残っているのは小さなハードルだけだ。米国のテクノロジーや知財も、世界を独占的に牛耳れるほど特段なものではなくなっている。つまり、いまや、米国そのものが、グローバルなサプライチェーンのひとつの環でしかなくなっている。
 いまやアメリカは、世界経済の中で、最大の消費市場、最大の借金市場としてのみ、その存在感が圧倒的なのである。結果としてアメリカ経済はカネの貸し手としての中共に依存すらしている。これが現実なのだ。
 そしてもしも米ドルが世界の基軸通貨でなかったならば、アメリカの国家財政はとっくに破綻しているのである。
 中共は、ラテンアメリカのほとんどの国、およびオーストラリアにとって、最大の投資国となっている。いまさらそれを引き剥がせるか?
 この中共の経済活動の勢いに再びアメリカが迫ることなしには、いかな歴史的経済合意(TPP)も、中共の勢力拡大にカウンターを当てることなどできはしないのだ。
 ※『NYT』にこんなオプエドが載るようでは、もはやTPPは完全消滅だね。それにつけてもなぜこういう論文が日本人の手によって2009年に書かれないのか? 日本の大学の経済学教育ぐらい無益、否むしろ人々を不幸に叩き落したものはないんじゃないか。いったい何十万人の「経済専門家」を無駄に育成してきたんだよ?
 次。
 ストラテジーペイジの2016-8-23記事。
   ロシア政府は、シリアやドンバスで戦士した将兵の遺家族には3万ドルの見舞い金を支払うと事前に約束していたのに、実際にはその支払いをしていないことがバレつつある。
 遺家族は、国家の秘密をバラせば訴追されたり、ありとあらゆるイヤガラセをされると脅されている。そこでインターネットで反撃に出た。モスクワの検閲をかいくぐって、真実が国外に伝えられた。
 むかしディスインフォメーションといっていたものは、いまはトロールという。
 ドンバス=ドネツである。しかし混同するな。ドネツクは、ドンバスの部分集合。だから「ドネツ ∋ ドネツク」である。
 ドンバスのロシア人比率は38%也。
 ※さらに余談。「ドン」とか「ドナ」とか「ドネ」「ドニ」はすべて「大河」に関係がある。ユーラシア地政学を学んだ人なら、これは基礎教養。
 ロシア政府は、外国人労働者を制限することで、国内失業率の増大をかろうじて防いでいるところ。
 殊にシベリアや極東では企業が外国人を雇用することはほぼ全面禁止されている。それだけ失業率が酷い。
 ※てことは北朝鮮人の出稼ぎもできなくなるわけか。
 8-22にイラン政府は露軍機はもうハマダン基地を使わないとマスコミリークさせたが、これはイランがロシアに高額の基地使用料を支払わせる作戦だともいう。
 ハマダン基地には「ツポレフ22M3」が10機ばかりやってきた。そこへの補給は、カスピ海をまず船で。そこから鉄道で。
 シリア内の基地のようにISから襲撃される恐れがないので、維持するのがチープで済む。
 ※バイデンがトルコを訪れる8-24の直前のタイミングで、トルコがインシルリク飛行場をロシア空軍にも貸したいとロシアに話していることを公表した。
 8-8にイスラエル政府公表。7-17にロシア製の無人機がイスラエル領空に迷い込み、これに対してパトリオットSAMが2発発射されたが、外してしまったと。
 ついで1機のF-16が邀撃し、1発のAAMを発射したが、これまた外れたと。
 そしてすぐにUAVはシリア領空に戻って行ってしまったと。
 UAVの所有者と運用者は当座は不明だったが、外交チャンネルで問い合わせて、露軍のものだったと後日判明した。
 ※これは無人機というより、超小型機や巡航ミサイルのおそろしいポテンシャルをまたしても証明したものだ。すなわち、〈ステルスは形状によって実現できるもので、サイズは関係ない〉というのは嘘で、やはり、サイズがものすごく関係する。サイズが無人機レベルに小さくなると、ただそれだけでも強度のステルスを実現してしまうのだ(熱の輻射量も小さいしね)。ファイアビーのサイズになれば戦闘機パイロットが目視で発見することはまずできないという話は『兵頭二十八の防衛白書2016』で紹介しておいた。え、まだ書店に出てない? もう私は知りません。
 次。
 「Germany mulls bringing back compulsory national service」という記事。
   ドイツ連邦の内務省が、徴兵の再開を検討中だとDPA通信社が報道している。
 郷土防衛隊のようなものらしい。つまり、対国内テロだ。
 ドイツ政府は2011年に新規の徴兵事務を停止している。しかし「兵役の義務」はドイツ憲法(基本法)に明記されたまま、変更されてはいないのだ。すなわちドイツの「徴兵制」は憲法上、今も一貫して存続しているので、国家が必要を感ずればすぐ復活できる。
 6月後半の国内連続テロを承けてバイエルンの内相も、ドイツ連邦軍を治安維持用に国内展開すべきではないかと提議した。