日本がイージスアショアを導入することは世界への貢献になるが、THAADを買っても 中共に対するイヤガラセ程度にしかならない。

  Sam LaGrone 記者による2017-2-21記事「PACOM Commander Harris Wants the Army to Sink Ships, Expand Battle Networks」。
    太平洋コマンド司令官のハリス提督は、米陸軍が対艦能力をもつことを勧奨した。某カンファレンスのスピーチで。
 いわく。米海軍と連繋して、実戦的な情況を模した演習で、「敵艦撃沈」をやってもらいたい。私が転任する前に。
 太平洋艦隊司令官のスコット大将と、太平洋陸軍司令官のブラウン大将。二人ともハリスの部下。ハリスは、両者が協働して、陸軍のPAC-3とTHAADを海軍のNIFC-CA(E-2Dやイージス)に連接し、統合ABMを機能させることを求めた。
 陸軍と海軍には、「ここまでがウチの担当する仕事だ」といった蛸壺意識をすっかり捨ててもらわなくてはならない。これからは、伝統的な縄張りは消えるのだ。
 ハリスは会場で、「日本海軍・空軍や韓国海軍・空軍と、米海軍とが、NIFC-CAで直結することを望むか」という質問に、答えなかった。彼の話は、あくまで、米軍内の四軍間の連接に限定された。
 ※基礎整理。米軍は地対空ミサイルを陸軍がすべて管掌する。PAC-3もTHAADも、したがって、米陸軍利権である。ところが日本では、空自の「対爆撃機インターセプター」がそのまま「ナイキ」になり「ペトリオット」になったという経緯があるために、PAC-3が空自利権なのである。旧ホーク以下の短射程SAMだけ、陸自利権である。THAADの能力はPAC-3を上回るから、もし日本がTHAADを導入するとすればそれは空自の予算でとる流れになるだろう。しかるに空自の予算はF-35だけでパンクするはずである。だから人員を充てる余地がない。もうひとつ。E-2C/Dは米空母を守るための海軍の艦上機である。ところが日本では、広域レーダーサイトを担任する空自が、広域レーダーサイトの穴を埋めるための装備として導入した来歴から、日本ではE-2C/Dも、海自ではなくて空自に所属するアイテムとなっている。新型で高額のE-2Dをこれから導入していかなければならぬ空自にとり、新ABMのための予算枠の余裕など、いよいよあるわけがないのである。例外的な幸運は、米軍と違って、わが自衛隊では、陸自に最初から対艦能力がある。また、中距離SAMの性能が近年向上し、「中SAM」と「ペトリオット」のエンヴェロープは重なって行く趨勢にある。おかげで、陸自がイージスアショア(とうぜんSM-6も含む)を導入するなら、ハリス大将の理想は日本においてモデル的に実現してしまうのである。
 次。
 PETER ROPER 記者による2017-2-21記事「New national security adviser McMaster battle-tested in Iraq」。
    マクマスターは2005に、シリアに近いイラクのタル・アファー市内で対ゲリラ戦を指揮した。そのときは中佐で、第三装甲騎兵連隊長だった。
 そこでは、敵ゲリラは、対米協力者のイラク市民を見境いなく斬首しては見せしめとしていた。
 タルアファー市は人口25万人。警察は、住民の中に混じっているゲリラによって殺されないかとビクビクしていた。学校も商店も閉じていた。
 進駐直後からその年のおわりまでに、マクマスターとその連隊は、ゲリラ1500人を射殺もしくは捕虜にした。
 この作戦のために第三騎兵連隊は戦死者39人、戦傷者126人を出した。
 ゲリラはほとんどがイラク人ではなかった。サウジアラビア、リビア、シリアからやってきた外人兵だったのだ。
 住民はすぐゲリラを殺してくれる米軍をとても頼もしく思い、ゲリラの居場所について積極的に垂れ込んでくれるようになった。そしてついにタルアファー市からゲリラは一掃された。
 この稀な成功はマクマスターを米メディアのヒーローにした。CBSの『シックスティミニッツ』でも彼がフィーチャーされている。
 マクマスターは2006に米本土のフォートカーソンに凱旋。
 彼のトレードマークはツルツル頭。
 彼はその後、アフガニスタンでの米陸軍の対ゲリラ戦を組み立てる仕事をしている。2014-7には中将に栄進。現職は、陸軍の、「訓練およびドクトリン」コマンドの副司令官だ。
 次。
 そのマクマスターが『NYT』紙に少将時代の2013-7-20に寄稿している意見論文「The Pipe Dream of Easy War」。
 ※あるいはこの論文で中将昇進が確定したのかもしれない。彼の考え方を知るのに重要。
  2001-9-11テロ直後、遠く離れたところから精密打撃ができる能力を持った少数精鋭の米軍が、反米国家やイスラムテロ集団に対しても電撃的な戦勝を挙げることができる――という幻想が一時、風靡してしまった。
 ※2001年末の米特殊部隊+現地部族連合によるアフガン戡定作戦、および2003年のイラク占領作戦の「成功」を念頭している。「ラムズフェルド・ドクトリン」とも言ひ得る。マクマスターは、それは成功ではなかったと本稿で主張する。オバマ政権の政策を批判しているわけではなく、前政権への批判だ。
 アフガンとイラクでの二度の成功は、われわれ米人が中東地域のリアルな構造を観る眼を曇らせ、適切な戦略を考える作業が後手にまわった。
 アフガンとイラクにおいて今日米軍が直面させられている苦境を、軍事専門家は「異例事態」なのだと観たがっている。
 1991湾岸戦争の一方的な勝利が、RMA=「軍事における革命」などという妄譚・謬論・虚説を生み、将来戦を過度に楽観せしめた。
 ギリシャ悲劇で、傲慢さゆえに神から罰せられてしまう登場人物。それが今日の米国なのである。
 2001のアフガンでは、反タリバンの諸部族が助力してくれた。が、タリバンがパキスタンに逃亡するや、彼らは米国による国家再建努力への抵抗勢力と化した。それぞれの部族の権益だけが彼らの関心事だからである。
 2003~2007のイラクでは、われわれは、マイノリティに転落したスンニ派住民の苦情を放置した。
 アフガンでもイラクでも、反米ゲリラ勢力の手口は同じである。不満や恨みを抱いている住民から後援を得、抗米戦士がそこからリクルートされている。
 教訓。その地域の政治基盤からして論じていないような戦争理論はまず疑え。殊に、迅速安易に戦争に勝てますよと請合うような理論は。
 第二。戦争は人間的である。トゥーキュディデースが2500年前に分析したように、恐怖心、名誉心、欲心から人々は戦闘する。
 だから、アフガニスタンやイラクの住民の近過去の歴史を、進駐軍はよく学んでおかねばならなかったのに、米軍はそれをしなかった。
 アフガニスタンやイラクに宥和社会を実現しようと思ったら、彼らの恐怖と利益が何かを知り、彼らの名誉観も解しなくてはならない。さもないと彼らは、過激主義ゲリラを支援し始める。
 マイノリティの恐怖を鎮めてやれ。各集団の名誉心を尊重せよ。暴力によってではなく政治によって最も彼らはよく守られるのだということ、また各人の利益追求もできるのだと、各コミュニティを説得できなくてはならない。
 戦争は政治的であり、且つまた人々の欲望に基礎がある。であるがゆえに、戦争には確実な予見などあり得ない。
 RMAなるものが実現するためには、完璧に近い情報が我々に得られるということが前提となる。そんなの、あり得るか?
 ※ここでプラトンの「無知の知」を持ち出してくれぬことが、兵頭には不満である。クラウゼヴィッツやツキジデスよりももっと大事な教養だと思うのだが……。そこがわかってないと、ゲリラ戦とはダーウィン進化論そのものであることもわからない。そこがわからないから、なぜ孫子の「一撃離脱」(拙速離脱)だけが上手な戦争指導となるのかもわからない。そのゆえに米軍は一勝のあとに漫然と外地に「居座り」を続けてしまって、コンスタントにすこし悧巧に進化し続ける敵ゲリラからしてやられるというパターンを繰り返すのである。
 アフガニスタンとイラクでは、イニシアティアヴは敵にある。イラクとアフガンで、他のすべての戦争と同じく、人々の意思が自由に解放されぶつかり合って新情況を次々に生み出している。さるがゆえに、将来のイベントの予測はできない。完全情報というものはありえない。
 さいわい、アフガニスタンとイラクでは、米軍は、適応しつつある。
 たとえば2005年、ニネヴェーの西郊。そこではセクト化したゲリラ集団が互いに攻撃し合っていた。
 タル・アファー市では、わが騎兵連隊は、地元のイラク政府軍を育成しつつ、四面楚歌の住民を守らねばならなかった。
 われわれは、ただ敵ゲリラと戦うことだけを優先しなかった。住民の安全を確立すること。対立武装グループ間の紛争解決を助けてやることも熱心に推進した。
 われわれは、市の癌であるザルカウィ・グループだけを排除した。住民には側杖被害を及ぼさずに。
 これは、市長らの協力、そして特殊部隊の協力があったからできたのである。このような丁寧な作戦を、遠隔地から高性能兵器だけで遂行できるわけがあろうか。
 われわれに同盟してくれる味方をどんどん増やせるような米軍の活動。それこそが求められている。そのためにはわれわれは、敵の脅威にさらされている海外各地の住民を防護してやれなくてはならないのだ。
 近年の米国国防予算にはたしかに制限がある。しかし物事をクリアに考えるのに「予算」なんて必要ないはずだ。