「読書余論」 2017年4月25日配信号 の 内容予告

▼トニー・シュウォーツed.、相原真理子tr.『トランプ自伝』1988、原1987
 ※家賃の取立てや、ビル建築発注のノウハウを、若き日のトランプ自身が語ってくれるという奇特な本。日本の不動産事業関係者は必読だと思う。
 トランプの昼食はトマトジュース1缶。とにかく時間がもったいないので外食は基本的にしない。それどころか昼食そのものを省略してしまうことがよくある。
 私はデイヴィッド・レターマンのTVショーを見るほど遅くまで起きていることはまずない。
 50戸を管理するのも、1200戸を管理するのも、労力はほとんど変わらない。 トランプは酒を飲まない。そして何もせずにただ坐っているのは苦手だ。
 望む入居者は、収入が少なくとも家賃の四倍あり、清潔で、隣人と問題を起こさない者。黒人でもいい。生活保護受給者だけは、白人だろうと断る。
 誠実さのかけらもないくせに、自分がいかに高潔な人間であるかを宣伝してキャリアを築き上げる「尊敬すべき」人物たち――をトランプは大嫌いである。
 他の人がみな去ってしまったあともひとり病床にとどまり、文字通り死ぬまで付き添ってくれるような人物こそが真の味方である。
 悧巧な契約。私は1千万ドルでホテルを買い取る「オプション」を所有する。ただし、税の軽減が認められ、銀行融資を受けることができ、パートナーとして適当なホテルが見つかれば、という条件付きで。したがって、すべての要件が整うまで、購入は見合わせられる。
 機械のような人間とのビジネスをトランプは嫌う。たとえ殺人狂でも、真の情熱をもった相手と交渉するほうがまだましだ
 日本人との商売はやりにくい。1ダースものグループでやってくる。2~3人を納得させることはできるが、12人全員を納得させることなど誰にもできない。
 日本は何十年もの間、主として利己的な貿易政策でアメリカを圧迫することによって、富を蓄えてきた。「アメリカの政治指導者は日本のこのやり方を十分に理解することも、それにうまく対処することもできずにいる。」
 トランプにいわせれば、世界最大のカジノはニューヨーク株式取引所。
 土地買収交渉のコツ。敷地全体を取得できる場合にのみ、個々の区画を買い取る、という条件を認めさせること。これによって、最後の区画の所有者に居座られて構想が破綻する転帰は防がれる。
 大規模なプロジェクトの予算が大幅に超過する理由は、工事の途中で手直しするから。工事を始めてしまったあとから委員会などに細部についての文句をつけさせないようにしなければならない。
 冷却塔は、ビルの一番高いところではなく、七階くらいに設置すると、全体の工費を大幅に節約できる。なぜならタワー全体の完成よりもずっと早く、エアコンのための配管や電気工事を始めることができるので。
 事前にできるかぎり完全な設計プランを作成する。そして請負業者に詳細な見積もりを出させる。最初の図面が不完全だと、業者は最初は低く見積もっておき、あとからプランの変更点ひとつひとつについて加算請求をするという作戦に出るから。
 難民の話を聞いて同情し、空いているアパートに入れてやろうといった慈善心に衝動的に身を委ねてはいけない。というのは、たとえ一時的にでも誰かをアパートに入居させたら、後で立ち退かせるのは法的に至難なのだ。
 1984頃、トランプは、建築におけるポストモダンの波に気がついた。トランプはそれが嫌いである。
 難しい判断を一時のばしするための「ナントカ委員会」以上にトランプが嫌いなのが、マッキンゼーなどの外部コンサルタント会社。
 競争入札を失敗させないためには、入札者全員に対して過去の実績を提示させるべきである。過去にちゃんと期日や予算を守ったかどうかが肝心だ。NY市の事業ならば、過去に同市の事業で優秀な仕事をした業者は、将来のプロジェクトでも優先されるべきだろう。
 トランプは、豪州に、世界第二(タージマハルの次)のカジノを経営しようかとも考えた。しかしNYから飛行機で24時間もかかる場所で事業はできないと悟って、やめた。ニューサウスウェールズ政府が落札者を発表する直前に、入札中止を通知した。
 1987-1、ユーリ・ドゥビーニン駐米ソ連大使から、書簡によってモスクワに招待される。7-4に、イヴァナ、彼女のアシスタントであるリーザ・カサンドラ、そしてノーマとともに、モスクワへ。国営ホテルのレーニン・スイートに泊まり、ホテルの候補地を数箇所、見学した。いくつかは赤の広場の近くにあった。「この商談に対するソ連政府の意欲には感銘を受けた」。
 訳者あとがき。1987時点でイヴァナは、あと10年たって51歳になったら大統領選挙に出馬しないとは言えぬ、と語った。
▼ノーマン・モス著、上田・田中tr.『神を演ずる人びと――水爆の開発と核戦略家』原1968“Men Who Play God”、S44-7pub.
 ※「もっと早い時点で読むべきだった」と悔やまれるような古い文献は多々みつかる。これもそのひとつだが、現実には、手当たり次第にとことん多読をしない限り、どの資料を後回しにするべきかなんてこともわかるわけがない。というわけで、若い人たちはせいぜい「読書余論」を活用して欲しいのだ。
 米第六艦隊を数年前に取材したとき、空母上には、いつでも核爆弾を抱いて発進できる準備のできている待機機が2機ある、と説明された。それは銃を持った水兵が警固しており、機体下には、長さ4mほどの細長い魚雷形の爆弾が、だぶだぶした茶色の袋に包まれた状態で取り付けられていた。
 これが、ホンモノの水爆との出会いだった。
 米国の原子力委員会は1955-2、死の灰の影響についてリポート。煉瓦もしくは石造りの家の中にいれば、受ける放射能は50%減る。地下室なら90%減る。
 SACのB-52からは、射程700マイルの「ハウンド・ドッグ」を放つ。
 フェイル・セーフ線。爆撃機はその線までは進むが、その線を越えるためには、ヴォイスの暗号を受信しなければならない。映画の『フェイル・セーフ』はこの点でリアルではない。
 どれほど、全面戦争を確信できるような状況であっても、この暗号が受信できない限り、爆撃機は引き返せ。というのは、ミッションを担当している爆撃機は多数あるので、1機の「無線故障」による引き返しは、大したことではないのである。
 1メガトン水爆は、高度1600mで爆発させると、火球が地面に届かない。これが典型的な都市攻撃。
 1960年代前半、NATOはMLFを構想した。弾道ミサイルを搭載した水上艦を共同運用するというもの。多角的核戦力。しかしシミュレーションの結果、この水上艦がソ連潜水艦から肉薄された場合、先制的に核爆雷を使用する誘惑に艦長は勝てないとわかった。
 ストロンチウム90は、老人の骨には集らない。骨が生成されにくい年齢なので。よって、放射能汚染された食品は老人用にまわすべし、というのがカーンの説教。
 汚染放射能で老人が発ガンする前に、その老人は寿命を迎えるはずである。
 最も安全な食品は妊婦と子供用とせよ。
 フォールアウトのうち、ストロンチウム90が注視されるわけは、カルシウム、すなわち人の骨に吸収されるから。骨の中からベータ線を出されてはたまらない。白血病や骨癌になってしまうのだ。
 ストロンチウム90は牛乳の中にも入る。そこから子供が生成する骨の中に定着してしまう。これが最も懸念される事態。
 家畜の肉は、ストロンチウム90で汚染されることはない。骨と乳だけがあぶない。
 ハーマン・カーンの理論。ブラックモスレムは白人を憎めと教えている。ところが、麻薬の濫用をやめられる率は、ブラックモスレムの場合90%で、白人医師と同格。ブラックモスレムでない黒人は、5%しか麻薬から立ち直れない。ゆえに米国社会はブラックモスレムを肯定すべきであると。
 カーンいわく。すべての情況を数学的に解析することはできない。その好例は、183人の手兵でインカ帝国を征服してしまったフランシスコ・ピサロ。今のどんな分析式をつかっても、たとえインカ側が間違いの限りをつくしても、なおピサロには勝つ可能性がないと答申されるだろう。
 カーンいわく。ヒッピー現象はどう説明されるか。アメリカ人の潜在意識の中に、働かずにぶらぶらすることへの罪悪感が強い。これにうちかつためには、体制に反対しているとかのもっともらしい理屈をつけるしかなく、しかも、それでもまだ足りないので、マリワナやLSDに頼るのであると。
 チャールズ・ヒッチは、資源配分の問題にコスト分析の新しい手法を適用した。超音速のB-70爆撃機はソ連の比較的安価なSAMで無力化されてしまう。だからそんなものを開発するよりも、低速爆撃機の数をもっと増やし、航空機用のコンピュータに資金を投ずることの方が合理的である、と。
 これに空軍インサイダーはまったく意表を衝かれた。彼らの伝統価値観では、飛行機がどこまでもより速く進化し続けるのはあまりにも当然だったのだ。
 キューバ危機時代、ソ連には75発のICBMがあり、米国には200発あった。
 ソ連から亡命してきたオレグ・ペンコフスキーによれば、ソ連のミサイルの命中精度には疑問があった。
 ソ連の強みは、800基以上あったIRBM。そのうち70発をキューバに展開しようとしたのだ。ICBMで甚だしく劣勢だったから、いっきょにそれで追いつこうとしたのである。
 ソ連は、東欧の衛星国にはいちども核ミサイルを配備せず。おそらく核兵器が奪われることを心配しているのである。
 だからこそ、キューバ危機の初め、国務省の者たちは、キューバに核ミサイルが持ち込まれたとは信じられなかった。
 ソ連はキューバに2万人の将兵も送り込んだ。これは核兵器をキューバ人に奪われないためのガードマンだった。
 ソ連のニコライ・タレンスキー大将。ソ連の雑誌『国際問題』に寄稿していわく。「侵略目的のために攻撃手段を使おうと意図する側だけが、対ミサイル防禦システムの創設と改善を遅らせようと望む。」(p.255)。
 ABM論争当時、ABMに投じられる1ドルの努力は、ICBMに投じられる10セントによって帳消しにされる、と言われた(p.281)。
 ※「3F構造の水爆」は、きょうびは全く流行らないのだが、宇宙空間で炸裂させるABM用とするならばフォールアウトを無視できるので、安価で大威力のABM弾頭として、むしろうってつけだろう。また、敵の核兵器を狙って最初から地表爆発させるつもりの核弾頭にも、天然ウランのタンパーを使うことには合理性があるだろう。というわけで、「汚い水爆」はまた復活するのではないか?
▼宮田新平『「科学者の楽園」をつくった男 大河内正敏と理化学研究所』2001-5
 1983刊の『科学者たちの自由な楽園』を文庫化したもの。大喜多藩主の息子が日本の民間の造兵学をリードした。武見太郎や田中角栄など、かかわった人物のひとりひとりがすべて面白い。仁科研人脈について理解するためには、次の保阪本よりも先にこちらを読んでおくのがよい。
 大河内が戦後に書いたもののなかに、久我山高射砲の嘘話がある。B-29を十数機おとしたのでついにその上空は避けられるようになったとか。
▼保阪正康『日本の原爆 その開発と挫折の道程』新潮社 2012-4
 戦前の日本指導層が核兵器についてどこまで承知していたのかに興味のある現代人にとっては、これが最初に読むべき1冊だろう。しかしその要点だけを速攻で知りたい人は、こちらでどうぞ。
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 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
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