謝罪 本日たびたび403エラーが表示された理由/管理人U

本日たびたび403エラーが表示されたのは、公開アップロードフォルダ変更に伴うエラーです。
申し訳ございません。
うまくいかない。変更中止です。

変更したかった理由:ルートディレクトリに現在当WordPressが存在します。
http~からhttps~へリダイレクトしたいのと、ファイルをまとめたいので公開フォルダを変更したかったのです。
(アドレスが変わったりするわけではありません。あくまで内部的なものです)
http~からhttps~ へのリダイレクトを現在のまま実行してしまうと『資料庫』が表示できないのです。

そんなわけで新規フォルダを作って移して、公開アップロードフォルダを変更したのですが、うまくいきません。難しいですわ。
ストアカの講師からは違う方法を提示されました。後日検討します。

エラーで読めなかった方、本当に申し訳ありませんでした。

ルートディレクトリにあるWordPressのみリダイレクトするよう.htaccessを変更してもみたのですが、それもうまくいかない。

もし何度やっても読み込めない方はキャッシュを少し消して、再閲覧していただければ幸いです。

(管理人U)

タイ アユタヤ/管理人U

私はアユタヤが好きである。

破壊されたアユタヤ王朝の遺跡と、現在を生きる人々が混在した街。

ビルマの侵攻によって破壊された

草原に立って遺跡を眺めると、MMORPG『ラグナロク・オンライン』や、ドラクエの世界に紛れ込んだような錯覚を覚える。

死ぬまでここに住みたいかと言われると答えに窮するが、1年間滞在しろというのなら快諾する。

バンコクからの行き方は車よりも電車がオススメ。片道1時間半~2時間程度。
ツアーなら車でアユタヤまで行く事になるのだろうが、電車の方がやはり情緒がある。

バンコクの上野駅とも称
されるファランポーン駅。
王宮に行く時にもここで降ります。

しかし、普通列車よりは素直に特急へ乗る事を更にオススメしたい。
快適さが違う。
バンコクの上野駅と称されるファランポーン駅から何本も電車は出ている。
迷う事は無いと思う。

アユタヤの駅。ちなみに当サイトのトップページ画像もアユタヤの駅。

アユタヤ遺跡は街中に点在しているため、徒歩での観光は不可能ではないが困難である。
何せ野犬が多い。
住民には襲い掛かってはこないらしいが、観光客は追いかけられる事もしばしばだ。

アユタヤの駅から街(遺跡群も集中する)へ行くにはには渡し船を使う。
徒歩でも行けるがだいぶ遠回りになる。
川を渡る前にも自転車は借りられる。ただし自転車分の船賃がかかる。
川を渡った後にレンタルするのがおすすめ。

タクシーやトゥクトゥクをチャーターするというのも一つの手だし、家族4人などならそれも良いのだろう。
が、一人旅や恋人と2人ならばレンタル自転車を推したい。
レンタルにはパスポートの提示が必要だが、コピーでも問題無かった。

私は自転車でウロウロしている時に偶然話した、福岡在住の日本語学校教師の女性と観光した。
こういう偶然に誰かと知り合う機会が自転車での観光にはある。
それは旅行で最も贅沢な経験だと思う。

おしゃれなタイ料理屋も散在しており、食事に困る事は無い。

遺跡巡りの途中立ち寄った食堂。美味。
一眼レフを首から下げた可愛らしい女の子がウエイトレスだった。

繰り返すが、本当にファンタジーRPGの世界に紛れ込んだような錯覚を覚える街だ。

私は古都アユタヤが好きである。

(管理人U)

大坂 あいりん地区 2018年12月・2019年6月/管理人U

『年老いたら住みたい街を探すためにたまに出かける』なんて馬鹿ノマドみたいな事を書いておいて、第1回目はマニラ。第2回目は大阪は西成区のよりによって『あいりん地区』。

前言撤回。すみません。嘘をついておりました。単なる好奇心で出かけています。

私は10数年前から時折、西成区──あいりん地区を散歩している。

2019年6月『あいりん総合センター』。
『大阪社会医療センター付属病院』フロアはまだ運営されている。

東西のドヤ街といえば東京の山谷、大阪のあいりん地区が挙げられる事が多い。
前者は昔の地名で、後者は正式なものではない。風俗街である吉原、飛田新地へ隣接している事は共通する。

閉鎖前される前の1F部分(2018年12月)
2018年12月。施設2F部分。 たくさんの人が寝ている。こんな労働支援施設は他に無い。
2019年6月。『労働支援施設部分』は閉鎖。寝泊まりするため
のバスが停車し『ハウス』ができている。
カップ麺をつくるためのお湯も支給可能で、ハウス内には本棚まである。

東西を代表するドヤ街とはいえ、現在ではその景観は全く違う。
山谷ではホームレスは目立つ存在ではないし、歩く人もまばらだ。
あいりん地区のように日雇い労働者の集団を見かける事も少ない。

あいりん地区を歩くと身が引き締まる。

午前11時を少し過ぎた頃。
新今宮駅前からあいりん地区の象徴たる『あいりん総合センター』を眺める。

目の前で立小便をしている男がいた。50歳前後か。

爆撃から逃げてきたように、服は所々破れている。
小便を終えてなお数秒間は股間を晒して止まったままだ。
ズボンを履いた。 股間の破れたズボンを。
地面に置いたストロングチューハイを手に取り、彼はどこかへ歩いて行った。

ああはなるまい。なってはいけない。

お酒は控えよう。タバコは吸うまい。ギャンブルなんてもっての外。ドラッグなんてダメ、ゼッタイ!

目の前の光景が『ちゃんと生きるとは何か』、と脳髄へ問いかけてくる。

近所の商店街。通天閣に近くなるほど人が多くなる。カラオケ居酒屋がたくさんある。

今この地区は変化のただ中にある。

なぜか?
前述した『あいりん総合センター』の労働支援施設部分が閉鎖されたのだ。
その上には『大阪社会医療センター付属病院』がまだ存在するが、いずれ移転される。

ただし、道一本隔てた南海電鉄高架下へ労働支援施設は仮設されている。
機能そのものが消えてなくなったわけではない。

閉鎖前の2018年12月の夜。段ボールハウスしかこの頃は無かった。

2025年に現在の『あいりん総合センター』の場所へ、新たにセンターが新設される予定だ。そのための施設閉鎖・仮施設への移転なのだ。

これがいまだに揉めている。

以前はホームレスが寝ていた道路脇に、今ではどこかの活動家の手配したバスが停車し何人もが寝泊まりしている。
段ボールではなく立派な『ハウス』も建っている。
『あいりん総合センター閉鎖反対』が旗印だ。

一体何でこの施設を守りたいのか。
ホームレスが雨露をしのげる場所が必要という擁護論があるが、それがどれほどの正当性を持つのか私にはわからない。
なにせ他の都道府県にはこんな施設は無いのである。

商店街を歩けば中国人女性が営業するカラオケ居酒屋が何十軒もある。
外から歌う姿も見えるし声も聞こえる。
この形態の店がこれほど集まったエリアを私は他に知らない。

これからも増え続けるだろう。

ホルモン焼き。こう見えても美味しい。

明らかに高齢化が進行しているあいりん地区。
山谷と同じく多くの老人が歩いている。
ただし山谷は既に変化を終えた感がある。店も少ない。

あいりん地区はなんというか、いまだ変化しているのだ。

外観はともかく、美味しいお店もたくさん。

良い方か悪い方かどちらへ変化していくのか──それを見つめるのは面白いと思う。

(管理人U)

フィリピン マニラ(2015年・2019年)/管理人U

私(管理人)は現在、大阪に住んでいる。
同じ都道府県内での引っ越しも加えるなら、この20年間は5年と同じ所に住んでいない。
転居の理由は主に転勤だ。

年老いたら住みたい場所を見つけるために時折ぷらぷらと出かける事がある。
このカテゴリー『街歩き』はその記録。

2015年 路上でバスケットボールをしている若者が多い

先日、ストレスから逃げるように出かけたマニラで驚いた。
街が変わっている。
建物が変わったのではない。もっと足元。ゴミが明らかに減っている。
マニラの銀座と呼ばれるグリーンベルト付近は別として、数年前の2015年でさえ道路も海もゴミだらけだった。

2015 年 マニラ湾 ゴミだらけだが泳いでいる人もいる
2015 年 中高生と思しき少年少女のボート大会のようだ。日本なら絶対開催できない水質な環境だと思う。それは良い事なのだろうか?
2015 年 ゴミで埋まった海面へ釣り糸を垂らす、無力な太公望といった風の人たち

車は信号など無視していた。平気で逆走すらしていた。

それが、ベイエリアではゴミ拾いのワーカーが何人も歩き、車は交通法規をまがりなりにも守っているのだ。

エルミタ地区のバーの店員に、道端のゴミがなくなっていて驚いた事を伝える。
彼女は即答した──『ドゥテルテ大統領が変えた』

高度に情報化した現代でも、たった一人の改革者が国民の人心までも変える事ができる。

もっとも驚いたのは、空港から外に出た瞬間に鼻に入る甘い匂い。
(今回はクラークから陸路でマニラへ向かったのだけど)
何の匂いなのかよくわからない。
その匂いが、2019年には消えていた。

街の匂いすら消える変化。

常に甘い匂いがしていたが、無くなった。無くなるものなのか?

まだまだ貧富の差が激しい国だ。裏道へ入ればストリートチルドレンが寄ってくる。
それでも、確実に変わりつつある。

海岸沿いでは以前だったら『ただ寝ていた』多くの貧困層が、『マッサージ』の看板を出して寝ている。

誰が彼らから道端でのマッサージを受けるのかはわからないが、少なくとも労働をしているのだ。ただ寝ているだけとの何という違いだろう。

『兵頭二十八の放送形式』紹介されていた、WIRED誌の『Empty Planet』著者2人へのインタビュー。
フィリピンでは2003年から2018年に出生率が3.7から2.7に減少したという。

製造業の雇用が少ないフィリピンでは、人が多すぎると所得の上昇が抑制される。
にもかかわらず法律で堕胎を禁止している。背後には強いカトリック勢力がある。

しかしそれでも出生率が下がっているのだ。

これからフィリピンは更に変化すると思えた散歩。

治安の問題と、これといった観光地がないため旅行先としてはあまり人気の無いマニラ。
が、東南アジアの変化を実感したい方にはオススメである。
現在と数年後を比べてみるのも、面白い経験になると思う。

マニラ湾の夕陽

(管理人U)