海峡洋上ホテルを提案します

 以前からあったホテルが廃業に決まったり、あたらしく進出したスーパーがあっという間に撤退してしまったり、冬季は一日中炬燵にあたりながら仕事をしております貧乏市民の小生にも、地元函館市の不景気が本格的に想像されて参りました。
 こういうときこそ市役所の高給取り公務員は死に物狂いで雇用を増やす新案をひねり出すべきなのですけれども、まあ、彼らにはそんなビヘイビアは、薬にしたくとも無いでありましょう。
 そこで、無駄だろうとは予期しつつも、住民歴6年の市民のはしくれと致しまして、わたしがアイディアを出します。
 いま、売り先がなくて繋留されている最新鋭高速フェリー『なっちゃんRera』と『なっちゃんWorld』の2隻を、1日1便の低速移動洋上ホテルに改造するのです。
 これで、失業したホテル従業員を再雇用することができるでしょう。また、本州および外国からの観光客が、移動経費と宿泊経費を半減しつつ、しかも比較的安楽に、青森市と函館市を1泊2日で全部見てまわることができるようになりますので、両市の観光呼び込み客量は総体として増加するでしょう。Win-Winの戦略といえます。
 在来型のフェリーは、経済巡航速度で走っていますので、函館港~青森港間を3時間55分かけています。『なっちゃん』も、ゆったりと4時間かけて海峡を横断するようにすれば燃費(この高騰が廃線の一因となった)は充分に減らせるでしょう。しかも、1日1便ですから、ランニング・コストは最少です。(埠頭接岸中は、電力を陸上からとるようにすれば、さらに経費を減らせるでしょう。)
 毎日、深夜の1時00分に、両船は同時に、青森のフェリー埠頭と函館のフェリー埠頭を出航するのです。それから、早朝の5時00分に、それぞれ反対側のフェリー埠頭に到着する。『なっちゃん』は、この1便だけにすればいいのです。
 観光客の中には、函館もしくは青森に、早朝いちばんに移動したい人もたくさんいるのです。たとえば2輪でツーリングをする人や、登山者などです。場末の観光地の銀行員や役人には、こんなことすら分からないのです。それで、これまで、そうした日程を組みたいお客さんが、存分の睡眠時間を確保しつつ安楽に移動できる手段が、まったくありませんでした。航空便は早朝はないですし、鉄道のシートでは疲れますし、これまでのフェリー(なっちゃんも含む)だって、乗船開始時刻が出航前のギリギリまで待たされるために、ロクに寝ているヒマなどなかったのです。
 しかしホテル機能のある低速シャトル・フェリーならば、これまでの不可能がいちどに可能になり、24時間を少しでも有効に使いたい潜在的観光客たちに、100%の満足を提供できるでしょう。
 乗船開始(チェックイン)は、夜7時からOKとします。つまり出航の6時間前です。小さい子供連れの人は、早く就寝したいですからね。もちろん、深夜12時50分に慌てて飛び乗ってきてもいい。
 また下船時刻(チェックアウト)は、午前10時にします。朝5時に入港してからさらに5時間、そのまま船内でくつろいでもらっても構わない。連続8時間くらい寝ないとどうしてもダメな人、吹雪や雨の早朝に戸外に出たくはない人も、これならいいと思うでしょう。
 もちろん、4時間ウトウトとしただけで、早朝5時キッカリににただちに上陸をしたい人は、まっ先に下船ができます。ホテル機能を兼ねるからこそ、こうしたフレキシブルな利用が可能になります。
 この点、いままでのフェリーは、本当に乗客本位とは言えませんでしたね。
 『なっちゃん』は潜在的に高速フェリーですので、非常な悪天で欠航になりそうなときは、本来の実力を発揮し、融通を利かすことができます。たとえば出航見合わせの遅れを高速巡航で取り戻したり、少し早めに対岸に移動してしまうこともできます。船自体がホテルだからこそ、利用者が万一の悪天候で蒙る迷惑も最小になるでしょう。
 これが実現すれば、青森市と函館市は、1泊以上する気でいる潜在観光客から見まして、まったく一体連続な観光地となります。
 パックツアーの時間構成と空間構成が、安価でありながらしかも、格段に、自由・多彩になるでしょう。新しい観光旅行商品が、続々と案出されます。
 新幹線の開業を漫然と待っていてはいけない。やる気を出しましょう。〈民間人大失業時代〉の怒涛が、もう戸口まで迫って来ているのですから。
 死を座視するな! 特に公務員は先憂後楽せよ!


差別的大量破壊兵器は可能である

 昨年12月27日に死去したハンチントン博士は、アメリカ人にとってなじみのないユーゴ紛争も、宗教を切り口にすればじつによく分かるようになるという大発見をしまして、それを世界のあらゆる国に適用しようとしました。
 ところがシナや日本は、欧米やイスラムと並べたら、ほとんど無神論の社会。この前のオバマ演説で、無神論の国と言っているのは、たぶんシナや日本が念頭されておりましょう。仏教を敢えて挙げませんでしたのは、仏教勢力にわずかでも言及すれば、比較的どうでもいい南アジアの複雑な紛争にアメリカ新政府として大きな興味があるかのような印象を与えてしまうと懸念したからでしょう。ここにもハンチントンの遺訓が生きています。ハンチントン氏がベトナム戦争について猛省した結論が、しょせん儒教国同士の紛争に関わったのが、キリスト教国として大間違いだったのだ、ということでした。
 しかし、米国人には、無神論文明の雄であるシナ文明はしょせんは理解はできますまい。蒋介石のクリスチャン演技に騙されず、シナ人とはどういう連中かをアメリカ人として把握できたのは、スティルウェル大将だけだったでしょう。しかしカリフォルニア州のカーメル(あのRobert A. Heinleinも住んでいた海岸の町)に隠退したスティルウェルはトルーマン政府により、死ぬまでシナ批判の発言を禁じられて、終わります。
 スティルウェルのような関わり方をした者でなくば、シナ文明の〈触れたものを腐らせていく〉おそろしさ、目下の日本が直面している深刻な脅威は、理解できません。ハンチントンにもナイにも、ほとんど理解などできていないのです。
 ハンチントンは、ユーゴ紛争のようなドンパチが文明衝突だと思っていました。ナイはアメリカの映画がシナ人を変えられると考えているお目出度い人物です。
 アメリカ指導層が何も理解できていないのですから、日本はいよいよ単独でシナの核兵器に対抗するしか道はありません。ところが切り札だった核武装は、あのどうしようもない田母神論文が公表されたおかげで、まったく不可能になってしまいました。
 こうなったら日本は、核抑止力としての化学兵器システムを用意するしかないだろうとわたしは思います。
 それはどのようにして可能か?
 3月7日(土)の横浜講演会では、こういうお話をしようと思っています。
*講演会のご案内。
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/hyoudou-poster.pdf
*お申し込みフォームは、こちら。
http://www.formpro.jp/form.php?fid=38906
 すばらしいヒントが、ポーランドの小説家、スタニスワフ・レムによって既にわれわれには与えられているのです。
 1964年に彼は、『砂漠の惑星』(1973年に独訳から重訳された英語版のタイトルは“The Invinceble”)を書きました。これを日本では1968に邦訳してしまっているのは、誇るべきことでしょう。
 いま、DARPAがシャカリキになって民間企業から案をあつめている「スウォーム」(小型ロボットの大集団運用)の最初の描写も、この作中にあるのです。
 偶然といいますか、おそらくレムが機械羽虫のスウォームを思いついたのは、朝鮮戦争におけるシナ軍隊からでしょう。インヴィンシブル(Invincible=無敵)であるためには、高度な科学文明など必要ないのです。メカニカル・インセクトの黒雲に突っ込んでやられてしまう重戦車は、パーシングだったのでしょう。記憶をなくしてしまう宇宙船乗員は、洗脳された米兵捕虜でしょう。
 しかしスウォームはこれからはアンチ・シナの役に立ってくれるでしょう。
 機械の虫と化学兵器を組み合わせることにより、化学兵器は無差別兵器ではなくなるでしょう。大量破壊の報復兵器でありながら、それは無駄に広域を汚染することなく、敵の年令や階級を選んで段階的な報復を可能にするでしょう。
 こんなお話を3月7日にいたしましょう。
 ところで雑誌の『BAN』に対馬の古い要塞の写真が出ていて驚きました。まさに、函館にある旧陸軍の要塞と造りがそっくり。同じ明治30年代前半の技術で設計・施工されているものと見えます。


あわび の おわび

 1995年に刊行し、現在は「武道通信」からPDF版が有料でダウンロードできる『日本の陸軍歩兵兵器』の中に、久々に、また新たなる間違いを発見しましたので、ここに謹んで訂正を告知いたします。
 55ページに、カルカノM1891ライフルについて、〈ケネディ暗殺モデルは7.35ミリのM1938である〉と注記したのは誤りでした。
 ウィリアム・マンチェスター著、宮川毅tr.『ある大統領の死』上巻(S42)によりますと、リー・オズワルドがシカゴの運道具店から通販で買ったライフルは、ボルトアクション、クリップフェッド(装弾板給弾方式)の6.5ミリ口径のマンリッヒャー・カルカノ・ライフル銃で、4倍の照準望遠鏡を取り付けていました(p.158)。
 その弾丸終速は2165フィート/秒、弾薬は「軍用実弾」だったとあります(p.168)。
 オズワルドは海兵隊に3年いたことがあり、南カロライナ州パリスアイランドの射撃場で、500ヤード、300ヤード、200ヤードのレンジで訓練し、M1ライフルによるマークスマンの資格を認定されていました。ダラスの教科書倉庫から、ゆっくりパレード中のオープンカーまでの距離は、90ヤード以下でした。
 軍用ライフル射撃をやったことのある人はお分かりと思いますが、スコープなしでも200m先の肩から上のシルエット標的の黒い部分によく当てられるようにはなるものですから、100m未満となったら、それはもう「距離」ではない。極度の緊張で銃の保持を動揺でもさせぬ限り、まず外すようなことはなかったんだと、改めて事実関係の認識を致しました。
 これなら、オープン・サイトでも当たったんじゃないでしょうか。むしろ1発目が頭部ではなく頚部に命中していることの方が不思議と言わねばなりますまい。故意に低めに狙ったのでしょうか? オズワルドは警察から尋問される前に死んだので、その辺は永遠に分からないわけです。
 マンチェスターの調査によれば、オズワルドは、そんな緊張をしない程度に、もう充分にキチガイだったらしい。
 なんとオズワルドは1963年4月、エドウィン・A・ウォーカー少将(朝鮮戦争のW・H・ウォーカーではない。W・H・ウォーカーは1950没)をライフル狙撃して失敗したことがあって、ケネディ狙撃は2度目の大それた犯行だったと。
 スコープだって、それからロクに調節していなかったのでしょう。だから初弾を低めに狙ったのかもしれない。
 いや、そもそも正気の計算ができる男なら、わざわざ6.5ミリで、誰か大物を、暗殺しようとしないでしょう。7.62ミリ銃をいくらでも入手できるんですから。(この常識論的な推理から、わたしは『日本の陸軍歩兵兵器』の55頁に余計な注記をしてしまったのでした。)
 薬莢が3個、倉庫の窓際で発見されているのですけれども、これまたマンチェスターの徹底的な調査の結論によれば、発射されたのは2発でした。つまりオズワルドは、以前に発射した空薬莢を薬室の中に入れっぱなしにしたままライフルを保管していて、それをこれほど重大な狙撃の場に持ち込んだ。窓際で初弾を装填する際に、古い薬莢がイジェクトされたもののようです。
 不正確な噂が飛び交う初期の混乱期にどうして「3発説」が広まってしまったかも、マンチェスターは調べ上げています。
 わたしは中学生のときに『ダラスの熱い〔暑い?〕日』という映画を観てしまったのを、いまさら悔やまずにはいられません。
 今にして思いまするに、この映画は、〈組織的陰謀が常に米国を動かしている〉という史観によって制作されていたのでしょう。〈ケネディに向かっては、合計3発が発射された〉〈10秒以内に1人の人間が3発の狙撃などできるわけがない〉〈3人のプロのスナイパーが3方向から「三角射ち」で狙ったのだ〉〈有力な目撃証人は国家機関によって皆、消されてしまった〉という、仮定の上に仮定を重ねるトンデモ推論に、劇的な説得力が与えられていました。
 この映画による刷り込みがあったために、わたしは『ケネディ大統領暗殺について書いてある本はどうせ不正確なのだろうから、古いものは読まなくてもいいだろう』という気持ちになり、オバマ新大統領の就任が確定するまで、このマンチェスターの名著を読まずに過ごして来てしまったのです。甚だ残念です。
 『JFKを暗殺した組織がもしあったとしたら、それはルメイの戦略空軍以外になかろう』という過去の憶断も、もちろん撤回しなければなりません。マンチェスターのような調査人がいる国で、何十年もバレずに済むような組織的陰謀は不可能です。
 ところで推定年令50歳代前半のビンラディンは、じぶんより歳若の米国大統領のニュースを聴きながら、いまごろパキスタンの山岳地帯で、悠々自適に暮らしているんでしょうか? わたしは47歳のときから膝の痛みを自覚するようになり、数日前についに羽毛の掛け蒲団を導入しましてようやくその症状を劇的に追放しましたが(膝が非常に温かくなるのです。同病の方には、シナ製ではなくフランス製をおすすめします)、岩山の洞窟はきっと寒いでしょうな。生涯を僻地探検に費やしたA・S・ランドーの北海道リポートを読みますと、アイヌ人もリューマチには勝てないことが分かる。
 シナ人は、「人間到処有青山。青山可埋骨」と言います。この「青」は草がはびこる緑色の地面のことです。中東湾岸の遊牧民族にとって「青山」とは沙漠でしょう。不毛地帯なら、どこでも「青山」になる。スーダンでもアフガンでもいい。これならタフなはずですよ。遊牧民の世界になまじに国境線を引き、その論拠に旧約聖書をもってきたりするのがそもそも不自然なのでしょう。
 ビルマでシナ兵団を率いて日本軍と死闘したJ・W・スティルウェル中将は、シナ語を話せ、蒋介石の参謀総長となり、徒歩でインパールまで退却するなど凄い体験をしているのですけれども、日記を読むと、ひたすら故国の自宅に帰りたがっていて、外地に骨を埋めるタイプの軍人ではなかったことが伝わってきます(現に敗戦しているのに知力の高さを装って米人を見下す同盟者の英人将官をつくづく嫌っているくだりもついでながら興味深い)。トルーマンも出身地のミズーリにとてもこだわっていましたね。田舎の無教養人であったことを逆バネにしていました。しかしオバマ氏にはたぶん、故地へのこだわりがない。彼には「逆バネ」も必要でなかったように見えます。じゅうぶんに恵まれていた根無し草。オズワルドがJFKへの逆恨みを正当化したような要素は何も持っていない。オバマ氏が自国人に命を狙われることはなさそうに思えます。
 「読書余論」は25日配信です。コンテンツは、この画面から数日分、スクロールすると、予告されています。


「ビートたけし総理」で、いいじゃないか。もはや……。

 田母神騒動のフォローのフェイズを通じ、日本には国会議員にふさわしい、列強スタンダードに達している指導者層の人材など、皆目皆無であったことが、あられもなき形で知れ渡ったように見えます。
 過去の日米戦争について分かっていた代議士(候補者)は一人も居らぬと知れたのですから、もうわたしたちは、代議士の任用基準を一段、引き下げるしかありません。高望みを言っている場合じゃ、なくなってきました。
 いまや、せめてすくなくも、しょーもない陰謀論には嗅覚が働き免疫がありそうな人(つまり長期的重大な問題で特亜筋からコロリと騙されそうにはない人)が、国会そのものを変えてくれる将来展望を、期待すべきときでしょう。
 テレビを通じて大衆票をゴッソリとかきあつめられる人材を探して来て、〈彼を総理大臣にします〉〈その暁には公明党と義絶します〉と、党としての公約をTV-CMで打ち出しつつ総選挙に突入する――。これしか、自民党の勝機は無いのではありますまいか。
 3月7日の講演では、〈間接侵略の手先となった政治屋たちとの闘争は、自衛官の本来任務である〉というお話等に加えまして、こうした政談にも説き及ぶことになるかもしれません。
 ↓講演会のポスターPDF
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/hyoudou-poster.pdf
 ↓有料なので、お申し込みは、こちらへ。
http://www.formpro.jp/form.php?fid=38906
 ところで、昔話の「かちかち山」でウサギが善玉になっており、タヌキが悪玉になっているのは、不思議ですよね。
 狸はイノシシの仔を食い殺しているといわれるので、ほんらい農民の間では善玉とされて来ても良かった筈。兎は、古代式に焼畑をやると大量発生するものだといわれています。でも、野菜畠にとってはあきらかに害獣でしょ?
 〈あのストーリーは、一体、誰の発想なのだろう?〉と思いませんか。
 イノシシの肉、もしくはタヌキの毛皮をたくさんとりたくてしょうがなかった縄文人または猟師の価値観なのでしょうか。あるいは、タヌキを強敵とみなさざるをえない「飼い犬」の視点なのでしょうか。あるいはもしや、ばあさんに恨みを抱く嫁の情念の「ハイド氏」がタヌキで「ジキル博士」がウサギなのであるか?
 焼畑をつくるために自然の山林を焼くと、タヌキはいたたまれずに姿を消し、兎ばかり、はびこる土地となる。その現象の奇妙さに、古代の日本人が、説明をつけたかった。それがそもそもの成立機縁だったでしょう。
 狸の泥舟の謎につきましては、わたし的には問題は解決しています(「資料庫」にUPされている、青森の漁船博物館のリポートをお読みください)。
 「さるかに合戦」も、不思議な話です。猿に搾取されたあげく惨殺された蟹の仇を、蟹の子や蟹の係累が討つのではない。なぜか、話を聞いたという縁しかない、第三者の蜂だとか栗だとか臼が、討ってくれます(これが戦後日本国の独立をいかほど妨げているか、興味のあるところ)。
 道教的な〈正義の自働的実現〉観なのでしょうか。〈復讐するのは個人ではなく天の神である〉といった暗喩なのでしょうか? あるいは、田山花袋の『重右衛門の最後』式な村落内処刑について子供を訓導する教材なんでしょうか。『古事記』を読みますと、古代には〈蜂に刺させる罰〉が存在したのではないかとも疑われますよね。
 果樹所有者から見れば、猿は憎たらしかったのは、自然でしょう。
 ちなみに、「ばばあ汁」にされてしまった配偶者の仇を、唯一の身内であろうじいさん自身が討つというのならば、古代的には筋が通りそうな気がします。が、もし江戸儒学が適用されれば、敵討ちの資格は年少の血縁や家来や弟子にしか与えられないかもしれず、じいさんは困ったことになります。「かちかち山」では、そこに、じいさんから普段恩顧をこうむっているわけでもない(つまり身分対等な)ウサギが現れて、復讐を代行してくれる。このウサギは「お上」「ご公義」の代わりのようです。
 昔のイタリア人のような執念深いファミリー単位の復讐心を北欧のキリスト教文明人は捨て去るべきなのかどうか、シェークスピアには関心があったのでしょう。
 そこへいくとブッシュ(子)政権の外形的なマズさは、湾岸戦争後に湾岸で自動車爆弾テロを仕掛けられたブッシュ(親)元大統領のファミリー報復を、あたかも息子がイラク戦争でなしとげたような体裁になっちまったことです。親子大統領であるが故に、世界経営の明朗感がなくなってしまった。神に復讐を委ねるわけにはいかない超大国の大統領職なればこそ、そこに親子で就任するのはマズかったなあ――という歴史的教訓を残してくれました。
 これから、米国内でのシナの反日宣伝は「忠臣蔵」の強調になって行くでしょう。〈日本人はアラブ人以上に執念深く対米報復の機会をうかがっていますよ。日本が対北鮮の単独懲罰を始めたら、そのうちに矛先が東へ向きますよ〉という格好のプロパガンダ材料です。シナ人は清沢洌を読んでいるだろうと思いますよ。まあ、そんな工作ナシでも、日本の核武装なんて金輪際ありえなくなっちまいましたけども。田母神騒動で、糊塗されてきた「民度」のメッキが剥げ落ちてしまいましたからね。誰がこんな民度の国家に核爆弾を持たせる手助けをコッソリとでもしてやろうなんて思うものかい。


和菓子の恩

 ところで今の英語の“smart”には、「狡猾な」「悪賢い」以外の意味は、ありましたっけ?
 旧海軍の将校がなぜか「スマート」を自称したところから、日米間で「スマート」のニュアンスがズレてしまっているという印象を受けます。
 遡ると、おそらく19世紀頃、英国の口語表現として、smart を〈みてくれが洗練されている〉といった意味に、一時的に用いていた。その流行俗語を、帝国海軍がモロに受けてしまったのでしょう。
 去年、大物で目の上のたんこぶのハンチントンが死んだので、今年は気分昂揚中なジョゼフ・ナイのとっつぁんが、〈ソフト・パワーなんて言ってた日にゃ、シナに対抗でけんだろ〉と突っ込まれてきたのに民主党新政権として返答する必要から、慎重に選ばれた形容詞が smart に違いないですよ。


シャケンハインの未来 ……別名、shoe よ 憐れみ給え。

 悪評嘖々の現・校長先生体制の下、防大生諸君の士気はガタガタらしいね。福田前総理の間接侵略は大成功だね。自衛官は間接侵略から国家を防衛することも、法で決められた仕事なんだ。そこを国会はどう思ってるのかね。
 インド洋での給油活動は、あの第七艦隊のふんどし担ぎだった海自をついに「反米」へ押しやるという、とんでもない効果を及ぼしつつあるようだ。米艦でしか使わぬ特殊燃料を米艦から高い値段(向こうの言い値)で買って、また米艦に給油する、なんてこと繰り返してたら士気崩壊するのがあたりまえ。帳簿上だけでなく、現品の移動はちゃんとあるんでしょうな?
 すでにお知らせしていますように、3月7日(土)に、〈あらゆる面で“脱トヨタ時代”に突入せざるをえない日本の改造計画もついでに語る講演〉をやります。
 詳細は、以下をどうぞ。
 ↓講演会のポスターPDF
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/hyoudou-poster.pdf
 ↓有料なので、お申し込みは、こちらへ。
http://www.formpro.jp/form.php?fid=38906
 ところで昔、NHK-TVで、関東近郊で、野鳥のオオルリが郭公に托卵されているというリポートがあって、カラス並に頭の良いオオルリがいつまで騙されているだろうかというナレーションのコメントが最後にあったのが、未だに気になっているのです。その後、オオルリと郭公の関係はどうなってしまったのか、どなたかご存知の方はいませんか?


「読書余論」 2009年1月25日配信号 の 内容予告

▼木村毅『西園寺公望』S60刊、初版はS33-4
 ロシアは日露戦争後にようやく議会を開いた。日本より十余年遅れているのだ。
 アメリカ教育の一大特徴は、「非専門的」であること。つまり国土に対して知識人が少ないため、一人の教師が何でも教えねばならない。深くはないが広い。
 たとえば東大のフェノロサは、政治学、哲学、文学を講じ、美術について助言した。その門下の三宅雪嶺は、哲学と政治を同時に論じた。
 坪内逍遥は、劇が本職なのに、バジョットの英国憲法史や論理学まで担当した。
 日本はドイツと同じ理由で勃興し、同じ理由で崩壊している。もし伊藤のような英米派追随主義の政治家がおらず、軍と官僚に任せていたら、日本はWWIのときにドイツと組んで敗亡していた。
 伊藤は正規の学問はしておらず、『宋名臣言行録』と『日本政記』が政治学の根底。だから、大学教育を受けている後進の鳩山和夫、穂積兄弟、加藤高明、関直彦、高田早苗には内心、脅威を感じていた。
 だがビスマルクはそんなことを屁とも思って居なかった。学者には一つの専門をできるだけ深く追究させておけばいい。アカデミック・フールは世間人としては恐れるに及ばないからだ。伊藤はこのこともドイツで学んで来て、東大に応用させた。米国流リベラル・エデュケーションは、専門バカ製造工場に変えられ、名前も「帝国大学」とあらたまった(pp.68-9)。
 「前任井上毅が命をかしこんで執筆したといわれる教育勅語を、西園寺が文相時代に改定か、あるいは新たにもう一つ下付を願おうとして、明治天皇から内諾を得ていた」「この間の機微については、いままでは公けに書く自由がなかった。教育勅語を金科玉条はおろか、まるで神託か予言のように、時代ばなれのした神聖なものに祭りあげて、一言これに不満や批評がましい言葉をもらしても、不敬として罰せられるおそれがあったから、われわれも事実は知りながら黙っていたのだが、西園寺は教育勅語があまりにも東洋道徳に偏しすぎて、世界の通識である闊達な自由主義的な気魄に乏しいから、リベラルな世界道徳に立脚する新勅語の下付を乞おうとし、天皇の内諾を得ていたのである」(p.106)。
 西園寺総裁の演説。日本国民には沈毅なる態度がない。沈毅の上に、愛敬をもって外にまじわれないと、所詮、よその国から同情や尊敬を得ることはできぬ。日本は世界を相手とする戦いをせねばならぬのだが、そのためには「第一に信義を重んずることが必要である」「種々の注文がたくさんありますが、概してこれをいえば、第一に信義の二字が大切である」
 西園寺は、司法関係あがりは首相にはできないとの確信あり。なぜならば、「首相候補にでも推されようという者は、それまでになるには相当な人徳を積まねばなれぬ、ところが裁判関係者は、岡ッ引きの大きいもので、つまり人の弱点をにぎっていて、そのこわもてで、社会的勢力を得るので、徳をつむ度がとぼしい。平沼はその好例」だった(p.201)。
 新官僚とは、「大学でマルキシズムにかぶれながら、実際運動にとびこむ勇気と純情がなく、権勢と月給に恋々して官吏となり、そして国民へ色目をつかい、マルキシズムのなまかじりを鼻にかけ、国家を統制組織に追い込んだ元兇」(p.209)。
 近衛文麿は親しい新聞記者に語った。歳が若く、平大臣の経験がなく、政界の苦労が足りないので、ロボットとしてあやつりやすい。そのように思っている連中に担がれるのがいやなので拝辞したと。
 また、政党にも軍にもインテリにも国民にも評判がいいということは、じつはどこからも腹からの支持者がないということだ――とも語った。さすがに聡明な公子で、よく自分を知っていたといえる。
▼『宗教学論集』S5-5、同文館pub.
▼『上代日本文学講座 第三巻』S9所収、斎藤清江「上代文学と道教思想」
▼和田徹城『淫祠と邪神』大7
 明治に自由と自我がやってきた。ところがそこには障害がいよいよたちはだかっている。そこで愚民が淫祠にすがった。知識人は高踏宗教をかえりみたが、何の安心も得られなかった。
▼小林諦亮ed.『大陸ローマンス』大13-5
▼保田與重郎『改版 日本の橋』S14-9
 「はし」には端末の他、仲介としての舟の意味があった。はしけ。
 地震のあと、隅田川に近代的な橋をたくさん架けた。相生橋、永代橋、清洲橋、蔵前橋、駒形橋、言問橋。S2の清洲橋は、復興建築のつねとして周囲との調和や四辺との美観など考えていない。しかし人々は、あのデザインを不審とする代りに喜んだ(pp.98-9)。。
 戦場では、百姓が逃げ出し、夜、山中や海辺で焚き火をする。それがよく、敵軍の露営と間違えられる。
 日本の古典時代の精神と発想とその系譜を解明する最も重要な鍵は後鳥羽院である。芭蕉が近古と近世の橋であるなら、院は近古と中世との橋なのだ。
 頼朝は専制君主の理想形なのだ。人々は天地の作った我々の一人の同胞に身を委ねうるのである。
 長田父子を土磔[つちはりつけ]刑にしたのは立派な行為である。頼朝の生涯には「野心」はなかった。彼の検察機関の方針は、清盛の使用した六波羅の禿童児たちとまったく異なる。頼朝は人道の希望であった。
 日本の少年少女が木曾を好きになるように、作者はわざと事実を戯画化しておいたのだ。
▼橋川文三『日本浪曼派批判序説』講談社文藝文庫、1998
 保田は1950-10には、シナの「人海戦術を可能にしているものは、必ずしも強暴な権力の圧迫とのみは考えられない」と書いた。
 1950-3にはこう書いた。米ソどちらかの陣営に属すのは情勢論であり近代の道だ。どちらにも属さず、憲法九条を守るのが日本人の生きてゆく道だ。九条を「守るには、ただ近代の観念では守りきれません」。
▼清沢洌『暗黒日記 II』評論社 S50-10
 ※この巻には、昭和19年分の戦争日記が収められている。
2-12、読売新聞いわく。米英の日本人蔑称は、ジャップ→マンキー、そして大東亜戦争勃発後はインセクト(虫)に変わった。最近は、サブヒューマン(半獣)といっている。かつてデーリーニューズが毒ガスを使えと言ったときFDRは躍起に取り消した。しかし最近NYTのハンソン・ボールドウィンは毒ガス使用論を放言。毎日いわく、囲碁において相手について歩くと必ず負ける。米国は日本本土空襲を始めるつもりなので捕虜問題を日本に問いただしている――のではないぞ。※という反転した表現で真相を国民に予告している。
4-13、放送局は、空襲でやられたときのバックアップ送信基地をもっていない。対外向け短波放送が空襲でとまったらとんだ逆宣伝になるではないか。愛宕山に第二、第一生命保険会社の地下室に第三、信州小諸に第四の設備を置きたいという計画だけがあるという。「何人も責任を負わない官僚組織の結果である」。朝日や毎日は疎開準備を完成した。これは責任者があるからだ。「官僚主義、統制主義の欠点は、日本における数年の試験によって完全に明かにされた。予の一生を通し、この目前の試験が、予の確信を最終的なものとした。統制主義、官僚主義は日本を亡ぼす」。
4-15、「また閣議で配給機構が変わった」。「とにかく、役人は外に用がないのと、また統制の面白さに図ばかりひいている。左翼全盛の頃からの流行だ。遺物だ」。「統制業者」の道楽なのだ。
5-10、「官吏はかつて生産を考えたことのない人種である。彼等は物は泉が沸くように独りでに生産されると考えている。従って物資について彼等の懸念するところは価格のみである。そこに物の不足が生ずるのは当然だ」。
5-22、富山県の富豪の高広。飛行機関係工場をやっているが、若い軍人が干渉して、全く何もやれないとのこと。
7-3、神奈川の特高課長は嶋中が入院中であるにもかかわらず週1のペースで呼び出して社長辞職を要求。呼び出しに応じなければ検挙すると脅している。30歳代の青年官吏どもが、中央公論を乗っ取りたくてたまらないのだ。野望は、身内から官選社長を据えて、社まるごと言うなりにすること。改造の山本実彦の廃刊届けを青年官吏は認めぬと。要するに内務官僚が「呑む」利権なのだ。大蔵や農林は外郭機関がたくさんあるが、内務省にはそれがない。そこで出版界に目をつけたのである。逓信省が放送局や電気事業界に、外務省がニッポンタイムスや外政協会に、というのと同じ。内務省の特高課の命をうけて嶋中を取り調べる下級刑事は、嶋中の秘書いわく「人間ではありません獣です」というタイプ。
8-5、小磯が伊勢参りしたとき、東條は赤松大佐など家の子郎党を引きつれて、同じく伊勢参りをしている。「傍若無人だ。この独裁者が仆れたのは、日本は矢張り皇室が中心だからだ。この制度により願わくは、過激なる革命手段によることなくして戦争始末をなさんことを」。中日に、「不満はただ一つ」という題のわけのわからない論説が載る。情報局から与えられる缶詰記事だ。
8-9、坂本龍馬の甥の坂本直道いわく、三国同盟によって米国を圧迫するのが目的だったというのは後でつけたした話だ。来栖はこれに反対で、ベルリンから3回も電報をよこし、米国と相談せよ、その交渉には自分が行ってもいいと訴えたと。清沢いわく、近衛も松岡も直後に「戦争」を口にしているから、強く出れば米国は引っ込むと考えていたろう。
10-8、中央線の汽車に朝鮮人が荷物をたくさん持って乗る。乞食みたいな格好にもかかわらず、二等切符をもっているらしい。「朝鮮人の金儲け非常なものである。闇取引によってであって、全国的な網を持っている由。この問題はユダヤ人のそれの如くならん。問題は名前をかえることを奨励して、ほとんど全部は日本名を有していることだ――これも無知なる軍人政治の結果である。その総督の名を南という」。
12-1、池上線の車掌はよほど以前から若い婦人であった。最近はいよいよ女の運転手が登場。
12-6、来栖は11/26を米国の対日最後通牒の日といい、毎年演説をすることにしている。石橋は肯定評価。清沢は「日本そのものの立場に無理があるから議論が弱いと思う」。
12-10、重慶は××〔天皇制/皇室〕について、その存在が害があり、一掃を必要とすると考える。英国は、スタビライジング・フォースと考える。米国は、ラバー・スタンプとして今後利用しようとする。これは幕末維新と同様に重大な大変局だ。グルーは19世紀的自由主義から戦後の日本を産業人を中心に考えている。そのため『ネーション』は藤原銀次郎と国務省を攻撃している。清沢いわく、外交は、持つ物を手札として、最小限度に譲歩する外ない。日本が持っているものは満州と外国の駐兵だ。これを捨てて朝鮮と台湾を保てばいい。朝鮮に政治的権限を与えるとする小磯の言明が問題になっている。朝鮮は日本のアイルランド問題だ。
12-13、外交問題処理には屈伸性=フレクシビリチーが必要だ。これが日本人にはない。ユダヤ陰謀論を説く日本人に特に然り。
▼季刊『日本主義』2008春号(創刊号)、夏号、秋号
 編集人の真木修平氏は『現代の眼』の編集長だった。
▼中山博道&中山善道『日本剣道と西洋剣技』S12-8
 突きは、実戦では、不確実な戦法である。ゆえに、古来、連撃する必要があった。つまり剣道の試合での片手突きは、連撃を放棄しているので、「死に術」なのである。
▼東亜問題研究所『中支産業要覧』S14-1
▼飯沢高&村上常太郎『智能犯罪』S10-12
▼石川順『支那の鉄道』S3-7
▼水谷国一『事変と北支鉄道』S13-7
▼小林多喜二『蟹工船・党生活者』新潮文庫S28
 工船であって航船でないから、航海法が適用されず、20年もつなぎっぱなしのボロ船。日露戦争で破損した病院船や運送船が転用される。少し蒸気を強くするとパイプが破れて吹く。露国の監視船に追われてスピードをかけると、船のどの部分もメリメリ鳴る。
 共産党員は逮捕されるとき、真裸にされることあり。逃げられないようにだ(p.163)。
▼石橋猪作『滑空士必携』S18-7
▼石角春之助『乞食裏譚』S4-7
 ヤドをひっくりかえしてドヤと呼ぶ。
▼村上兵衛『新・連隊旗手』S52、光人社
 襟章の権威は影を失っていた。ひときわ妖しく眼光が輝いている異様な2人の将校。某大尉と、新藤中尉がボスであった。大尉は絶え間なくピストルを天井にむかって発射していた。
 当時、私物としてピストルを所持していた者はきわめて少なかった。
 伯父の工場では海軍の砲弾をつくっていた。さいきん、海軍の陸戦隊のための大量の銃剣を受注した。それでわたしに陸軍の銃剣の構造を問うたことがある。
 炭坑のスト破り。ヤクザが7~8人あつめられ、トラックの荷台に乗ってやってくる。荷台の上でダンビラを振り回しながら酒盛りしている。襲撃する方だって怖いのだ。
▼川上哲治『巨人軍の鬼といわれて』S49
 ※梶原一騎は野球を全く知らなかったので、こういう本を片端から読んでネタに取り込んだのだな――とよく分かる一冊。
▼鳩山一郎『スポーツを語る』S7-8
 ※支那事変がなければ、次の五輪は東京で開かれるはずだった。それを盛り上げる企画。
▼近藤彌一『野球の駈引 常識篇』大12-6
▼大阪毎日新聞社ed.『最新野球戦法』大12-1
▼伊夫伎孫治郎『支那長江貿易詳覧』大11-3
▼白井恒三郎『馬利用有畜農業論』S11-6
▼高桑藤代吉『東京市の舗道』大8-11
▼西沢勇志智『日本火術薬法之巻』S10-11
▼Colin J. Smithells著、川口寅之輔tr.『タングステン』S19-6、原1926
▼二宮寛『サッカーの戦術』S47
▼腰本寿『私の野球』S6-5
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 読書に割ける時間が足らない、あるいは、大きな図書館に日参はできない――と仰る多くの方々に、最低料金で、過去の軍事知識の勘所に触れていただけます。ミリタリーしか読んで来なかった人には、他ジャンルの本の中の周辺情報が、何ほどか刺激的で、お役に立つかもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は200円です。
 バックナンバーも1号分が200円で、1号分のみでも講読ができます。
 2008年6月25日号以前のバックナンバーのコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
http://www.budotusin.net
 の「告知板」をスクロールすれば、確認ができます。
 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
sugiyama@budotusin.net
 へどうぞ。


ショーペンハウエルとショーン・ペンぐらいに違う「痛論」大会予告!

 3月7日(土)に、〈田母神論文騒動で日本の核武装はもはや絶望的になった今、敢えて卑見を陳してわが一億同胞に訴ふる講演〉をやります。
 詳細は、以下をどうぞ。
  (なお、2月発売予定の新刊のタイトルは『予言 日支宗教戦争』です。)
 ↓講演会のポスターPDF
http://www15.ocn.ne.jp/~gungaku/hyoudou-poster.pdf
 ↓有料なので、お申し込みは、こちらへ。
http://www.formpro.jp/form.php?fid=38906
 演説の力は、じつにおそろしいものです。米国大統領選挙でのオバマ候補の勝利は、高額で雇ったスピーチライターたちの勝利でした(ソースは月刊『文藝春秋』2月号)。
 演説原稿は大小どれもスピーチライターが脳髄を絞って考えており、オバマ氏は、客席からは透明な前方数台のプロンプターにそのテキストが次々に表示されてくるのを、顔を左右に向けながら読んでいくだけです。そんなカラクリについては人々は疾うに知っていながら、それでも、文章のレトリックと肉声の演出がマッチしたときには、抵抗できない。感銘を受けてしまう。昔のすぐれた文語体の唱歌/校歌/寮歌なども同じですね。
 相手の肉声によって、人は、「こいつと仕事ができそうだ/できそうもない」と即座に判断します。それが俗世の通例であります。肉声には確かに魔力があります。
 なぜキミたち求職中自宅警備員が、過去に軒並み就職に失敗したかを、指摘しましょう。
 それは、最初に、正しい「はい」という返事をせぬからです。
 日本語の「はい」にはオバマ演説なみの魔力があるのに、それを活かしていなかったのです。
 まず背筋を伸ばしたまま、顎を引け。相手の目をキビしく睨み、早過ぎないスピードで、明瞭に「ハイ」と発声しなさい。
 この「はい」を出す前にベラベラと喋り出していたために、あなたはすべての面接官に『こんな奴と仕事はできそうにない』と思われていたのです。
 相手が目上であれ格下であれ、常にただしい「はい」から語り出す習慣を、訓練によって身につけなさい。これで万年プータローだったあなたの運命は変わるだろう。
 発声にも訓練は必要である。だから演劇や役者のトレーニングを馬鹿にしてはならない。「役者でない者がどうして米国大統領になれるのか?」と漏らしたレーガン氏は正しい。積極的に真似するべし。
 わたし(兵頭)は、かくもシンプルな処世の基礎スキルの数々を、陸上自衛隊に二士入隊することで、ようやく学習することができたのです。娑婆の学校じゃ、いや多くの「中の下」家庭でも、なかなか教えてくれないですよね。これほどまでに、他者と仕事をするうえで、肝心なことですのに……。


八木さま

 三ケ日みかんを拝領しました。お心遣いに恐縮しております。
 中山太郎さま。新風経由で憲法の本を2冊頂戴しました。中山さんのような代議士があと20人もいたら、日本はとっくにマトモな国になっていたでしょうね。末永いご活躍を祈念いたします。


井上せんせい

 あけましておめでとうございます。
 なぜかFAXを頂戴しました。
 どうもこちらからの返信メールが届いていないようですので、この場でご連絡を申し上げます。
 空港へは迎えに参上します。翌日も空けておきます。
 週間予報では、天候は悪そうです。
 先生のご関係の方々と、何か特別な共著企画を練りたいですね。
 久しぶりにお目にかかるのを楽しみにしております。