■けっきょくユーチューブのノロノロ再生はさほど改善しなかった。したがって引き続き動画は見ない。【2013-6-21作文】

一。
 Matthew M. Burke 記者による2013-6-20記事「Poor leadership, planning led to USS Guardian hitting reef near Philippines, report finds」。
  木曜日に米海軍は調査報告の結論を出した。
 1月にフィリピンで座礁し、離礁できずに解体された、佐世保軍港所属の掃海艦『USS Guardian』の失敗始末。艦長がすべて悪い、と。
 『ガーディアン』は新鋭艦ではなかったが、まだまだ働ける $212 million の米軍資産だった。それがスクラップ化した。
 2種の海図があって、その記載には異同があった。艦長も航海長らもそれに注意しなかった。手続きの無視もあった。そもそもちゃんと「見張り」をしていれば浅瀬は見えるものだ。みんな怠けていた。
 160ページのリポートはトホホなものである。
 深夜のスル海でリーフに座礁したとき、艦内にドッと海水が流れ込んできた。
 乗員79名はパニックを起こし、何名かは艦長命令もないのに助かろうとして即座に海に飛び込んだ。視界内には1艘の救命艇も存在しないにもかかわらずだ。そこは Tubbataha reef という珊瑚礁であり、人体が珊瑚礁の堅いところに当たれば大怪我もしかねないものだが、さいわい、誰も怪我はしなかった。
 艦は『アヴェンジャー』級である。
 艦長は、少佐 Lt. Cmdr. の Mark Rice である。
 副長 executive officerは、大尉 Lt. の Daniel Tyler であった。
 スビック湾を出港する前の航海プランが杜撰でなかったら、この危険は最初から避けられたものだ。プランがそもそも、どうやっても座礁するにきまっているリーフの上を航海するというものだったのだ。
 彼らは、詳細度の粗い coastal digital chart(沿岸デジタル海図)に依拠した。それはもう一枚の「全般デジタル海図」と一致しないところがあった。狂っていたのは、沿岸デジタル海図の方であった。
 タイラーは訊問にこう答えた。「コース計画時に、セフティ・チェックにかけたのであります。しかしコンピューターは危険を表示しませんでした」。
 嘘である。この予定コースと決めて、デジタル海図ソフトの「セイフティ・チェック」機能を走らせてみれば、コンピュータは、このコースには危険があるというポップアップ警告を即座に画面に出してくれたはずである。タイラーは、それを無視したのだ。
 デジタル海図システムは、リアルタイム警告も出してくれるはずだ。1-17の午前2時25分に座礁は起きたわけだが、その前に、ソフトウェアが、座礁の危険があると、音声でも画面表示でも警告を発してくれていたはずである。同艦の当直たちは、それを無視したか、コンピュータの警報が見えもせず聞こえもしない場所でなにかをしていたにちがいない。
 しかも、水兵が交代でブリッヂで「見張り」に立つことになっているが、この座礁の直前には誰も見張りをしていなかった。一人の見張りが、次の見張りがまだ上番して来ないのに、下番してしまったからだ。
 当直将校(officer of the deck)は、航海計画よりも本艦がトゥッバタハ礁の南小島に接近していることに気づいたが、そのまま漫然と進行させた。服務規程(Standing Orders)では、このようなときには、自艦の正確な位置を測定し直す必要があった。
 報告書はまた附言する。もしも彼らが Tubbataha リーフを避けたとしても、すぐに同艦は、Pearl Bank 付近で座礁してしまったであろう。すなわち、当初計画がもうどうしようもないのだ。
 ※こういう阿呆な事故を南洋海域で一件も起こしていない旧海軍はさすがだよね。
 2-22から3-29にかけ、長さ 224-foot の同艦をサルベージするのに $45 million を要した。2-15、同艦は米海軍の艦籍簿から除籍された。艦の退役式は3-6に佐世保で行われた。
 『ガーディアン』のクルーは、5-2にそっくり、佐世保に来着した同型掃海艦『USS Warrior』の乗員になった。※それをペルシャ湾から操艦してきたクルーは、他の便で米本土へ戻った。
 『ガーディアン』の元クルーたちは、失格水兵の烙印を押されているので、これから、みっちりと、きびしい訓練や検閲や服務教育をうけなければならぬという運命が待っている。
 世界遺産のリーフを破壊されたフィリピン政府は、米政府に $1.4 million の罰金を払えと言っている。
 艦の幹部将校たちは、いろいろな文書とデータを保存する義務がさだめられているにもかかわらず、座礁前も後もそれをしていなかった。だから食い違う「証言」だけで真相を究明しなければならなかった。
 海軍も教訓を得た。さっそく、掃海艦の航海中の当直配置規定が変更されている。
 なお、6人の『ガーディアン』乗員が、そんな中でも英雄的に活動したという。ダメコン担当の下士官は首まで浸水につかりながら破孔を塞いだ。またレスキューダイバーたちも何名かの乗員を溺死の危険から救ったとされる。
二。
 「読書余論」は絶賛配信中。知らない人はまず http://www.budotusin.net/yoron.html を見よう!


■もう20日ですなあ。【2013-6-20作文】

※5年以上前から使い続けていたわが通信用デスクトップ(OSはXP)は年来、Uチューブ動画の視聴すらハナから諦めるほど万事が低速であったが、このごろはスチル写真のグーグル検索にもやたら時間ばかり喰うようになってしまい、こりゃもう切り換え時だと観念しました。電源投入後の通信の立ち上がりからして、遅過ぎてイライラする。運良く、先月に、宇都宮のある親切な方から新鋭のラップトップ(OSは7)を頂戴しています。有り難くこれに通信端末を変えることに致しました。しかし問題がひとつあって、新しい機械からは、なぜかMIL短報にログインができない。「ブログ人ユーザ名」からして入力がいきなり弾かれてしまう(よってパスワードにも進めない)。ログインができないので、どうにもあっちには書き込めんのです。目下この問題の解決に努めております。解決するまで暫時、こちらにアップロードして臨時的処置といたします。ご承知を願い上げます。
一。
 William Cole 記者による2013-6-19記事「DOD studying moving 2,700 Marines from Okinawa to Hawaii」。
  米国防総省は、沖縄海兵隊2700名をハワイに移転させる可能性について、三つの研究を進めている。
 ただし実現するとしてそれは2026年の話であり、しかも、引越しにかかる費用は $2.5 billion だそうだ。
 DoDいわく。
 ハワイのカネオエ湾にある海兵隊基地を、引越しの受け入れ先としてはどうかという「Marine Corps Base Hawaii Optimization Study」という研究がひとつ。
 もうひとつは「Oahu Land Use Study」といい、オアフ島の国防資産に着目する。
 三つ目は、カラアロア地区(以前に米軍施設があったが今は空地)に引っ越させるというもの。
 このうちカネオエ案は難しい。すでに過密だからだ。ついこの前、900人の海兵隊航空隊の将兵が引っ越してきたばかり。ヘリコプターとオスプレイを装備する部隊だ。
 三つの研究ともに、今年の12月には報告をまとめる。
 しかしそれは大作業の始まりにすぎない。GAOによれば、沖縄からは1万人以上の海兵隊員を引越しさせることになるのだ。
 今月GAOが出したリポートによると、沖縄からは、海兵隊員4700人がグァムへ、2700人はハワイへ、800人が豪州および米本土へ移り、日本には15000人が残ることになる、という。これは今の米政府の、「太平洋リバランス」政策である。
 火曜日現在、カネオヘ湾基地には 7,525 人の海兵隊員が所在する。
 また 1,734 人がハワイの Camp Smith に、そしてハワイ諸島内の他所には 97 人の海兵隊員が居る。
 キャンプ・スミスには、米軍の太平洋コマンド司令部もあり、いま、そこの司令官は、Samuel Locklear III 提督である。提督は3月に連邦下院の軍事委員会に対し、沖縄海兵隊員のグァムへの引越しは2020までに完了し、ハワイへの引越しは2026に完了すると明言した。
 グァムの工事にともなう環境への影響の調査は2015までに終わる。そのあと、こんどはハワイでの同様の調査が始まる。
 GAOのリポートまたいわく。上記のハワイ移転、グァム移転、および沖縄から豪州へローテーションで海兵隊の小部隊を派遣する費用は、〆てざっと、$12.1 billion だろう、と。
 そして、この経費の分担は、米国が $9 billion であり、日本政府が $3.1 billion であると。
 いまは放棄されているが、2011の計画では、8600人の海兵隊員を沖縄からグァムに移すとし、そのカネは $29.1 billion もかかり、これを米日で分担するという話であった。
 ※2011と2013のあいだに何があったかというと、グァムをいくら強化しても南シナ海への平時の睨みが利かないと認識された。中共は原油にしか真の関心はなく、したがって台湾に進攻する気などもないと、おそまきながら、米国中枢は理解できたのである。オレも1冊、解説本を書いたしね。もちろん北京が国内暴動抑制のために原油の存在しない東シナ海でミニ戦争を起こすことはアリだが、それ(戦争)への対処はむしろ米国にとって簡単であり、どこに基地があろうとなかろうと、構わない。
 2012にある高官いわく。
 海軍航空隊の古い基地があるオアフ島の Barbers 岬 や、おなじく SEAL Delivery Vehicle Team 1 が所在する Parl City 半島 には、余分な海兵隊を受け入れる余地がありそうだ、と。
 しかしこの「オアフ研究」は、その後の検討で、良くないと判定された。
 再配置にさいしては、米海兵隊が Air-Ground Task Forces を、ハワイとグァムと豪州に、創設することにもなると GAO は言う。
 このAGタスクフォースとは、「指揮エレメント」を中心に、「地上戦エレメント」(歩兵、重火器、野砲兵)と、「兵站エレメント」と「航空エレメント」がさいしょから合体しているものである。
 ※陸自がこれを勉強しようとするのはよいことだが、オスプレイではなくUS-2を大量装備したほうが、あらゆる面で日本の対支防衛は、有効になる。
二。
 ストラテジーページの2013-6-19記事「The Plan To Stop China」。
  フィリピンの国防省幹部が、日本の防衛省幹部および米国防総省幹部と合議した。
 テーマは、南シナ海でいかにしてシナ軍の「やり口」と対決するか。
 この「やり口」とは、中共の軍艦や軍用機は前面に出さずに、それらのバックアップのもとに、中共の漁船、商船、沿岸警備艇が、周辺国の海上主権を繰り返し侵犯し、周辺国を脅迫し、他国領土に対する不当な主張を既成事実化し、国際法を踏みにじろうとする戦術である。
三。
 Leo Shane III 記者による2013-6-19記事「What is the civilian-veteran divide to you?」。
  イラクやアフガンから帰還して除隊した米軍の元兵隊たちは、つぎのような行動基準で、米本土のシャバの就職先でも、毎日やっている。すなわち、「所属チームを失敗させない」「所属チームにとって最も良いことは何かを優先して行為を選択する」「そのためには自己犠牲も厭わない」「自分が判断し命令して失敗したら、その行為の責任は当然のように自分で被る(アカウンタビリティ)」。
 以上の「徳」は、軍隊経験の無いアメリカ市民は、とっくになくしているので、ヴェテランズは、この文化ギャップに悩むことになっている。


●「読書余論」 2013年6月25日配信号 の 内容予告

▼防研史料『明治20年~30年 陸軍兵器本廠歴史前記』
▼防研史料『独伊派遣軍事視察団報告資料 航空 其一(1/7冊)』S16-7-20調整 by原少将
 ※海軍の原忠一だろうと思われる。他の6冊は あとで。
▼『偕行社記事 No.318』M36-7~『偕行社記事 No.335』M37-4
 ※『偕行社記事』は#336(M37-4)を以ていったん休刊となり、日露戦争後にまた復活する。
▼『偕行社記事 No.337』M39-4~『偕行社記事 No.352』M39-12
▼『偕行社記事 No.400』M42-10~『偕行社記事 No.407』M43-2
▼小山内 宏『予言 太平洋戦争』新人物往来社S49pub.
 アメリカは真珠湾から3ヶ月にして、鉛筆のキャップに金属を使うことを禁じ、ズボンの折り返しや、チョッキもやめさせ、陶製のコインすら試作して、総動員に備える態勢を整えた。
▼防研史料・陸軍兵器学校ed.『兵器生産基本教程 十三 発動機 其ノ一』兵器航空工業新聞社出版部S18-12pub.、3000部印行
 本書は旧軍AFV研究のためには特筆されるべき貴重書である。
▼陸軍兵器学校ed.『兵器生産基本教程 六 銃器』
 これもスゴイ一冊である。
▼防研史料『陸軍本廠歴史附録 満州事変業務録 巻一』S6-9-18~S7-3-31 内地で戦車を運ぶ貨車は「チキ」である。
▼防研史料『兵器廠歴史別冊』S11年度
▼防研史料『陸軍兵器本廠歴史別冊』S12年度
 払下げ銃には、いろいろな刻印をした。
▼防研史料『陸軍兵器本廠関係歴史資料綴』S14年度
▼防研史料『昭和15年度 陸軍兵器廠 歴史』
 どうも工廠でコルト拳銃やブローニング拳銃をわざわざ摸造したのだとも解釈できる記載がある。
 また昭和通商は、95式軽戦車×50両を、タイか汪兆銘に売った。
▼防研史料『昭和15年度陸軍兵器廠歴史附録』
 砲弾の内塗りにシナ産の漆を用いていたことなど。
▼防研史料『昭和17年度陸軍兵器廠歴史』S17-4~17-10
▼『講話筆記 第8号』M41-4
 沙河滞陣中の脚気問題。
▼『講話筆記 第9号』M42-2
 榴弾の中に黄色薬はどのくらい入れたのか。
▼『講話筆記 第12号』M43-9
 小銃部品のナンバリング・ポンチングについて。
▼軍事討究会編輯『軍事 第2巻第3号』大15-3
 月刊誌で、シブい内容だ。
▼雑誌『軍事界 第4号』金港堂 M35-8 pub.
 コサックの槍のスペックなど。
▼菅 晴次『技術報国五十年の回顧』S42
 第一次上海事変では、歩兵学校に試験研究用に配備してあった、ヴィッカースTKに砲が無いので、平射歩兵砲を改造し、砲眼を急造して、戦車にとりつけた。
▼山縣 保二郎『小銃と火砲』三省堂S5pub.
 足利義晴が1549に、東山慈照寺の大嶽に築城したときは、二重壁の中に石を入れて、鉄砲の用心とした。
▼防研史料 陸軍技術本部『蘇軍1915年式 擲弾筒 説明書』S16
 WWIで使用したものだが撃発方式はまったく十年式擲弾筒と同じ。
▼防研史料 南部麒次郎『三年式機関銃に就て』
▼『唯物史観 第33号』十月社、1988-11pub.
 秀吉が男女とも撫で斬りにしろと命じた文書はない。「山本豊前守安政父子戦功覚書」にそう書いてあるだけ。
 いちばん古い耳塚考は、M42の『史学叢説』第二集、「京都大仏殿ノ塚ハ鼻塚ニシテ耳塚ニ非サル考」by星野恒 である。
▼齋藤 訓之[さとし]『農業をはじめたい人の本』2010-7
▼井上健ed.『植物の生き残り戦略』1996-4
 蕎麦は黍と同様、蒔いて75日後には収穫できる。しかも冷涼地ほど生育も実りも良い。開墾地の焼畑に1年目にまず蕎麦を植えれば成功する。
 実が熟す前に霜害にやられたら、葉や花が食べられる。未熟の実にも栄養あり。
 耕地の外にソバがエスケープしても、なぜか3年で消える。だから野生群は存在しない。
▼今村壽明『化学で勝負する生物たち――アレロパシーの世界(I)(II)』1994
▼井上 雅央[まさてる]『イノシシ シカ サル これならできる獣害対策』2008-12
 獣害の責任はほとんど農民自身にある。第三者からみれば「餌付け」しているも同然。だからどんどん被害が拡大する。
▼蓮実香祐『「植物」という不思議な生き方』2005-11
▼鮫島 惇一郎『北海道の自然 3 草と樹』S52-7
 無人島の蝦夷の大島(松前沖)。アイ泊の近くの弁天の洞窟には飲み水があるが、かつてそこに人骨が11人分ころがっていたという。
▼石井吉徳『知らなきゃヤバイ! 石油ピークで食糧危機が訪れる』2009-9
 人類は年間300億バレルも石油を使っている。これは北海油田全体よりも多い。
 日本の農業は、1キロカロリーの食糧を生産するのに、石油10キロカロリーを使う。
 地球にふりそそぐ太陽エネルギー17万7000テラワットのうち、たったの150テラワットが、植物の光合成によって固定される。世界の農業はそのうちのたったの12TWをバイオマス生産している。この12TWは、もっか消費している化石燃料のカロリーと同規模だ。したがって、農産品やバイオエネルギーでいまの石油の代替燃料を得ることは到底無理。
 レスター・ブラウンによれば、SUV車の25ガロン=95リッターの燃料タンクにエタノールを満たすには、204kgのトウモロコシが必要。それは、人間が1年間生きられるカロリーと同じなのだ。
 日本で年間に捨てられる食料は2000万トン。うち家庭からが半分。これらを捨てないとすれば、それだけで自給率は5割以上になる。
▼荒澤 勝太郎『北海道植物歳時記』北海タイムス社S58-5pub.
▼アリス・M・コーツ著、白幡tr.『花の西洋史〈草花篇〉』1989-11、原1956
 古典的名著で、多くの園芸解説書がここからパクっている。その一方で、この名著をよく読まないで間違った説を再生産している専門家も多いと分かり、嘆かわしい。
▼西井一夫ed.『毎日ムック シリーズ 20世紀の記憶 第1次世界大戦』1999-3
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
 過去のコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
http://www.budotusin.net/yoron.html
 で、タイトルが確認できます。
 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
sugiyama@budotusin.net
 へどうぞ。


試験書き込みです

 ウインドウズセブンのラップトップを頂戴いたしましたので、果たして書き込みがそこからうまくいくのか、テストを重ねているところであります。
 こっちはログインができたので、まず、うまくいっているでありましょう。
 あとでまた確かめます。


■求む!

 このコーナーをみてくださっている人のうち、「近々、韓国旅行する」という方(そう、あなたです!)に、勝手なお願いがあります。
 在韓米軍基地の門前がピンク街になっており、そこにフィリピンから人身売買されてきた少女たちが街頭で春をひさぐ現代のあいまい茶屋「juicy bar」については、一部米国人たちが公憤にかられて弾劾的報道をときたましておりますので、わたしどもがわざわざ何も付け加えることはない(MIL短報では何年も前から抄訳してきましたね)。
 しかしこの「ジューシー・バー」、韓国軍駐屯地の門前町では、どんな営業をしているのか? 米軍基地前以上なのか、以下なのか?
 その街頭の写真を撮って、適切な英文キャプションとともに、インターネットにアップロードして欲しいのです。
 それこそが、現代の「従軍慰安婦」に他ならないのですから。
 もうひとつのお願い。
 さいきん新しいラップトップ(ウィンドウズ7)を貰って、それでMIL短報に書き込もうとしたら、どうも「ユーザー名」からして文字化けするらしく(Macで製作されている関係?)、ログインができねえ。
 この問題の解決法をご存知の方はお知恵をお貸しください。
 徐々に、いまのポンコツXPから、そっちの高速マシンへ、通信用の機械をチェンジしようと思っています。しかし、肝腎のブログへの書き込みができないのでは、やっぱり、今の古い機械で通信を継続するしかないか?


廃憲に関するよくある疑問 FAQ

Q 「改正」ではなぜいけない?
A 外国軍が日本の国体を法文上で強制変更した1946憲法が成立している、と、事後的に、平時に、意志的に、日本国民が認めたことになってしまうから。「だったら、もういちど同じことをしてやれ」と、シナ人、韓国人が思うだろう。それは日本人の安全を長期的に損ねる。
Q 廃憲の手続きは?
A 拙著『「日本国憲法」廃棄論』では論じていない。すでに「無効論」の先達たちがさんざん論じているので。あくまで一案として。内閣総理大臣が閣議を経た上で発議し、国会の定員の過半数による「成立無効決議」。もっと簡便な、あるいは法律テクノロジー上すぐれたし方もあるかもしれぬ。
Q 廃憲したら、現憲法下での施策も無効?
A 勅令で「当座そのまま」にすればいいだけ。小山常実氏(『「日本国憲法」無効論』2002)など、先行する「無効論」者の人々の著書には、いろいろと具体的な方法が書いてあります。兵頭独自のアイディアは特になし。というのは拙著の目的は「いちばん大事なこと」を語ることにあり、内閣法制局の有能な法律テクノクラートの方々の仕事を奪うことではないからです。大事なことと大事でないことの区別をつけないのが日本人のいつまでも治らない病気だ。大事なことさえ定まれば、あとはどうにでもなるもんだ。
Q 1946憲法で、国体は変わったのか?
A SCAPは「変わった」とソ連その他の諸外国に説明できた。日本の指導層は心の中で「変わっていない」と思い得る。日本の反日左翼は「変わった」と主張し得る。ひとつ確かなのは、法文上のどこにも日本が立憲君主制であるという明示は無い。法文の上では、対外的に、日本の国体は変えられてしまっている。あとは、日本国民自身がどう考えるか。拙著は、その問いを喚起した。
Q 明治憲法は、よいものだった?
A 制定当初は瑕疵がすくなかった。しかし「天下は活物、法は死物」。死物を硬性(改正しにくい)としたために、昭和前期において国家を死物にしかけた。
Q 新憲法はどのようなものであるべきか?
A あくまで明治憲法の条文をひとつひとつ手直しし、またはそれに加除するというスタイルで作業をすすめないといけない。1946憲法の条文をひとつひとつ手直しし、加除するというスタイルではダメだ。それは1946憲法の成立を承認したに等しい。それでは、日本国民の、現在および将来の自由は、担保され得ない。
Q 石原慎太郎氏をどう見る?
A ご本人におたずねしたことがないので石原さんの国体観を承知しない。1946憲法が国体変更憲法であるがゆえに石原さんは反対なのか。それとも、反米だから反憲法というだけなのか。そこにわたしは関心がある。あるいは石原版の独自憲法草案を教示してくださればそこはおのずからあきらかになるはず。
Q 憲法96条改正の動きをどう見る?
A 一言で言えば「けがらわしい」。帝国憲法第73條改正でなくてはいけない。
Q 現憲法にも評価すべき点はあるのか?
A 天皇制を実質、守ってくれました。
Q なぜ「主権在民」ではまずいのか?
A 「オレが法律だ」といって勝手気儘をして誰からも刑務所に放り込まれないことが「主権」。人民にそんな主権があるなどと思い上がってはいけない。しかし人民本位に考えないのは近代じゃない。末端の一兵卒が同心しなかったら君主は存続できない。だから吉野のように民本主義とでも言っておくべし。近代の「憲政」を言い表す、適切な用語だろう。そして主権配分(君主、人民、国家)よりいぜんの重大事として、防禦すべきものがあり、それは国民の安全と自由(法の下の平等を前提とす)である。
Q 米国憲法には国民主権についての規定がない。外国の憲法と日本の憲法を比較すると、いろいろおかしな点がないか?
A どの国の憲法も、外国人からみたら「おかしい」ものだ。
Q 五箇条の御誓文をどう評価する?
A 大事でない細かなことを書き込みすぎてない。それによって、ほんらい「死物」であるはずの法文が「活物」となった。その好例。現代日本人のよくない癖は、本当に大事な大切なものと、どうでもいい瑣末なことの区別がすぐつかなくなること。幕末の日本のインテリには、その区別はついていた。
Q 産経案をどう見る?
A ずっとまえの読売案のときもそうだったが、とにかく日本語が役人の作文そのものでみっともなくて読み苦しい。また、前文は、「いままで外国の圧力で奪われていたものを取り戻す。1946からいままでがずーっと間違っていた。だからそれを正してこれを制定する」という主旨の海内への宣言でなければならぬところ、そうではなくて、終始、余計な説教ばかりが書かれてある。この冴えない説教節を数世代後の日本人にも暗誦させるんかい? 据傲というか阿呆というか……。このレベルの説教は、首相談話として同時公表するにとどめておけばいいだろ? 一般にどうして日本人は憲法にいろいろと「書き込みすぎ」たり「硬性」にしとこうとするかというと、それは日本人民の国体観が「意識的」でなく、外国や反日勢力の宣伝にまどわされるのではないかと恐れるから。二等兵=人民の国体観がいちばん重要。そこさえしっかりしてれば何も恐れなくていい。三行憲法でもいい。
Q 憲法に国防の義務を盛り込むべきか?
A 明文で盛り込まずとも近代憲政ではその義務はあるのがあたりまえ。だが、1946憲法はそれがないかのように誘導したものであったから、その害悪を廓清するためには、あらためて明文で盛り込む必要がある。近代憲法は、「いままでおかしかったところを正す」「ついせんだって克服した危機をふたたび招かないように強調し確認しとく」という機能を持つべきだろう。


●「読書余論」 2013年5月25日配信号 の 内容予告

▼フランシス・マカラー『コサック従軍記』新時代社1973pub.
 1906の原書をM41に参本が訳した「胡朔隊二従軍記」。それを現代語化してある。
▼防研史料『明治44年 陸軍兵器本廠歴史 附録』
▼防研史料『陸軍兵器本廠歴史 附録 明治44年次以降 昭和6年迄』
▼防研史料『陸軍兵器廠歴史 第10編』S7~
 さ号車とせ号車の記録が登場する。
▼『昭和16年度陸軍兵器廠歴史』
 対米開戦後に工廠が「モーゼル拳銃実包」を大量に戦地補給していることがわかる。
 「手投火焔瓶」も制式化されている。南で一段落つけたら、すぐに対ソ戦をやる気満々だった。
▼『偕行社記事 No.296号附録 兵器検査講評類纂』
▼『偕行社記事 No.299』M35-10
▼『偕行社記事 No.714』S9-3
▼『偕行社記事 No.715』S9-4
▼『偕行社記事 No.716』S9-5
▼『偕行社記事 No.717』S9-6
▼『偕行社記事 No.718』S9-7
 弥助砲の解説。
▼『偕行社記事 No.719』S9-8
▼『偕行社記事 No.317』M36-7
▼住田正一ed.『日本海防史料叢書 第一巻』所収・藤森弘庵著「海防備論」
 初版はS7-7であるが、それをH1にクレス出版で復刻している。
 むかし、孟子が恵王に説いた。先づ義理の弁を詳らかにする(義は天下の公道である。利は一人の私である)。国是を定める。その次に、手の下し様(民と楽を同じうす)、という順番だった。
 この順番にしたがう。
 開戦し、一敗したら、通商しますなどと気を変えてしまうのは、さいしょから通商するより、十倍も禍である。
 ロシアと通商して、ロシアを頼んで外国(米国)を防げばよいと論ずる阿呆もいる。強盗に助けを求めるようなもの。外国を頼みて敵を制せんとして、国の立ちしこと、古しえより其のためし無し。
 高級官僚どもは、禄だけが大事。妻子を思い、今貰っている高禄をとにかく失わないようにする。天下の安危など少しも思っていない。だから失敗を恐れる。まずい結果になり責任を問われ、左遷されて収入(ポストに付随する足し高と、ポストゆえの莫大な付け届け)をなくしてしまうことをおそれる。ゆえに緊急時にも誰もイニシアチブを取ろうとしない。
 「いかなる良法も時勢かはれば随って移しかへねばならぬ也。天下は活物。しからざれば死法になりて、活物を制する事難し。」
 「防備の術は攻むるに生ず」。
 西洋の「兵士」というのは、皆、わがくにの「中間[ちゅうげん]」のようなものなのだ。無頼・無恥の者をあつめて、軍令をきびしくして、とにかく進退を一にして、隊伍で戦わせている。というのは、兵士はすべて遁げるものだという前提なのだ。遁走させぬように兵を統制して遣うのが、西洋の軍法なのである。
 理想的には武士を戍営に土着させるのがいちばんなのだが、わがくには百姓稠密で、とてもそんな余地がない。だから、「無拠常詰」のプロフェッショナルアーミーとし、平日、水戦(=海上戦闘)を操練させる。「武士皆水と馴るゝ様にすべし」。
 松前は「満州」とロシアに接している。千島も追々蚕食されている。しかるに武備もいきとどかない一小藩だ。手薄である。
 ロシアはますます北方に入植して蚕食する勢いである。
 対して松前藩は「蝦夷〔アイヌ〕を虐使して」追々(ますます)人別(人口)が減少する勢い。どうしようもない。
 もし蝦夷地を失うと、日本という家に垣根の無いも同然の状態となる。そうなっては、ロシアという盗人をふせぐことはぜったいにできない。
 まとまった兵力を配すべきだが、松前藩にはそれに給養するだけの財力がない。となると、文武に長じた諸侯をえらび、その大名に、南部や津軽の領地もあわせてくれてやって、合計で30万石くらいにしてやって移封し、鎮戍させるしかあるまい。加増付きならば、大名家は移封を拒まない。その大名に、「仁恵を加へて蝦夷〔アイヌ〕を存養」させて、人を殖やし、こちらから開拓する勢いに逆転することが、北方防衛の基本方針だ。
 そうじて、「固滞」を除き、「実用活機」を主とすることだ。
 すべての武家において、中間以下の郎党は、足軽以上の働きをするようにして、「戦士」を増やすことだ。
 諸大名に大艦を建造させる。そして、参勤交代をできるだけ大艦でさせる。その大艦には大砲を積ませる。下層デッキにはコメを積んでついでに運べ。商人の商品も載せてやれ。
 参勤交代のないときは、これに海浜戍営の将兵を上乗りさせて海戦訓練をさせる。
 この準備があれば、もし遠方で凶荒があったときは、自在の海運によって、食料を届けられる。
 大艦・大銃は、天下の利器であり、外国人の長所なのであるから、それは採用して、わが長所を増さねばならぬ。鉄砲伝来のときも、そのようにしてきた。
 大艦・大銃も、はじめは外国製を学び、やがては、外国もかなわないほどのものを国産すべきだ。
 この利器がないとなれば、人胆はおのずから、おくれを生じてしまう。
 しかし、彼がまだ知らない火箭、火矢、そのほか焼き打ちの道具をいろいろと工夫し、幾通りもそろえて、敵の不意に出ることだ。
 敵の真似をしているだけでは絶対にダメだ。なぜなら大砲の先進国は、大砲防禦の先進国でもあるだろうから。その不意に出ることはできない。
 陸上の防禦は、まず「清野」の術(=焦土戦術)で、敵軍をすっかり内陸へひきあげてしまい、敵の艦砲が到達しないところで、疾風の勢いでわが軍が肉薄戦法で急襲することだ。
 しかし、百里の内を守ろうとするなら、百里の外にのる(=のりだして攻める)勢いがなければ、守られるものではない。追い討ちだって必要であろう。だから、日本にも、軍艦は必要であるし、その数も、多いにこしたことはない。
 特に江戸湾へ闖入するための虎口である浦賀は、そこに陸上砲台だけを置いても、敵艦を江戸から遠ざける役にたたない。大艦を出して欄遮をしなければ。
 アメリカに対して交易を断ると、イヤガラセにわが沿岸の海運を妨害されるという日本人がいるけれども、こちらに大艦と火輪船があれば、その心配もない。
 台場増築とか、鉄鎖を海面に張れとか、すべて小児の見である。
 海堡は、こちらにまず大艦がなければ、孤立無援となる。そこに大砲を置いても、応援の火力が届かなければ、けっきょくは、敵兵に占領され、なけなしの大砲を奪われるだけである。
 大艦があれば、日本人は攻撃的な気持になる。「決戦」して敵を防ごうという志が定まる。それに対し、台場とか鎖とか杭とか、そんなものは方針からして逃げ腰であり、われわれの志が臆病になる。その精神状態では、決して外敵を制することなどできない。
 そもそも徳川幕府が諸大名に大艦の建造を禁じたのは、地方大名が外国に「通路」して、内証で交易することの弊害ならびに邪宗門の伝染の害が心配されたからであった。
 しかし、大艦の運用権を幕府が一手に握るならば、そんな心配はない。だから、「祖法」をないがしろにすることにはならない。
 建造費も、平時にこの軍艦に商品を積んでもいいということにすれば、商人が出すだろう。
 陣地防禦の類は、たのみにしないこと。それに努力を傾注すると、人々がそれを期待する心を生じさせ、皆が臆病になってしまうから。
 是非なく開戦となったら、もう、これまでの準備の悪さを愚痴ってもしょうがないのであるから、とにかく、衆力を一にして必死をきわめて手詰めの戦さをするより外はない。
 大船は、堅牢でないならば、敵の大砲1発で沈められる。それでいちどに多数が溺れるだけなので、有利とは限らない。むしろ小型船多数で対抗することを考えるのが当座は現実的だ。
 主たる戦法は、大砲で勝とうとせず、乗り移って焼き打ちすること。それを、筏に乗せた大砲で後方から支援させる。
 水兵は、腰に「浮き袋瓢」の類を付けて、溺死を予防すること。
 ……といったことをを嘉永六年七月に書いている藤森恭助、只者ではない。幕末インテリのレベルは今の「軍事評論家」以上なのだ。
▼蜂谷吉之助ed.『藩學史談』S18-6
 平沼騏一郎の国本社の機関誌『國本』にS6から6年間連載されたものを1冊にまとめた。この時点で国本社は解散している。解説寄稿者はいずれも、維新前にその藩で教育された人たち。
 日本の義務教育は、寛政の改革によってほぼ全国的に「制度化」したのだということがよく分かる。
 しかも熱心な藩では、士族は40歳まで藩校に通学する義務があった。
 長州には「小者」はなくて「中間」があったが、彼らには剣術も鎗術も炮術もゆるされず、「棒、捕手、柔、拳」などの武技だけが推奨された。中間階級の山縣有朋の悔しさが分かる。
 毛利敬親は、田舎の村住まいの諸士は、地方の学校の2里以内(1日往復可能)に在宅しなければならぬとした。ここから、家塾がたくさんできることになり、それがそのまま明治の小学校になった。
 「長門の國は、朝鮮女真と相対する海国」という意識があって、『海國兵談』も天保年間に藩校のテキストとして使用している。
 諸役には、不学無芸の者は採用しない。人材ならば二男三男でも登傭する。
 文武は諸士の本職である。しかし、不才無能のものを厳密な発令で就学させても本人に寸益もないから、席簿を汚すだけのようなことはしない。
 宇和島から書生が大坂に遊学すると、どうきりつめても、1ヶ年に10両は必要だった。寛政6年の話。
 烈公は幕府に、文武異職はダメだと認めさせた。それで儒者には僧体させないことになった。
 弘道館記に「文武不岐」と言ってある。
 落第はなく、そのかわり卒業式もない。文武の道に卒業などないのである。 水戸藩では、役人を採用するのに入札をした。今の投票である。
 嘉永5年に横井小楠は諮問にこたえて『学校問答』を慶永に上呈した。そこでは、「学政一致」が必要だとされた。従来、学校からは未だ一人の人才が出たことなし。たとえば、簿書に習熟し、貨財に通じ、巧者にて文筆達者な役人はできるが、その役人には修身の思想がない。儒者はその逆。これではダメだ。
 修己と治人とは一致しなければならない。こういうことは、橋本左内も『明道館記』に記している。
 橋本左内は、キリストの死後、それから「偽帝」(ナポレオン)の前と後とでは西洋世界は一変している、と手紙に書いている。時勢と人情に適合しないと人々の指導などできない、と。左内はまだ23歳だった。
 ◆  ◆  ◆
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ルドベキアのまめちしきを整理してみる

 「老人が働かなくとも過疎の限界農村に独居して食って行ける明るい未来社会」は、かならず日本で実現できる。
 そのカギは、「放任高速増殖植物」を品種改良して、5アール前後の畑地で労せずして栽培し、1年分の生存カロリーを上回る収穫ができるようにすることだろう。
 これで、将来なにがあろうともじぶんは餓死しないで済むのだ……と貧乏老人が心から思えるようになることが、日本社会を底抜けに明るくするだろう。
 その品種の元とするものには、増えすぎちゃって困ると各地で悲鳴が上がっているような野草(しかも、イモのように地下部分に栄養分が蓄積されるタイプ)こそが、いちばん見込みがあるだろう。それらはすべて改良実験すべきである。日本じゅうの田舎の暇人が総力をあげて試していくうちに、きっと良い発見があるだろう。クラウド開発だ!
 だが問題がある。「特定外来生物」を裏庭に植えたりすると、刑事処罰の対象にされてしまうことだ。
 実験の前の段階として、ここがよく分かっていないと、いろいろなトラブルになるだろう。
 そこで今回は、日本語のウェブサイトを見る限り、なかなか話がハッキリしない、「オオハンゴンソウ」(ルドベッキア・ラキニアタ Rudbeckia laciniata)について、自分用の備忘録として、まずまとめてみた。
 というのは、国の法令で明快に栽培が禁止されているルドベキアはこのラシニアータ種だけのようなのだが、地方によっては、類縁のルドベキア(後述する)も、園芸店・種苗店での販売をしないように役所が行政指導しているらしいのだ。それは想像するに、地下茎がしぶとい宿根性の多年草で、夏の成長が高速で、秋にはタネもよく飛散してその発芽力が高いものなのであろうが、どうもそうとも限ってもいないらしい。一年草扱いの品種がまじっているかもしれぬようなのだ。要するに「お上」が園芸店に配布しているペーパーが網羅的でなく、杜撰で、ベテラン店員すら、去年の売れ残り株(冬眠状態もしくは枯死状態)を売っていいのかどうか、判断に迷ってしまうらしいのである。
 というわけで、このルドベキアに関しては、買う方も知識をもっていないと、店員さんを不必要に困らせてしまって、マズいと思われた。
 ちなみに、「反魂」というのは、死人を蘇らせる妙薬という意味で、葉や花びらがダラ~ンと垂れ下がるような植物に、時としてその命名がなされている。よく日本画に描かれる幽霊の両手の甲ね。あれを連想させる姿形です。歌舞伎の脚本だと「反魂香」という霊薬が小道具として登場します。その香をかがせると死者すら蘇るというね。
 ルドベキアの原産地は、北米。北米産の野草は、日本でもよく根付く。逆もまた然り。
 キク科。いまのところキク科は植物の最終進化形のようなので、西洋タンポポのようなスーパー増殖植物も仲間に含まれている。とはいえ、古代植物のスギナもしぶといんだけどね。
 英文ウィキによるとルドベキアはぜんぶで23種類あるという。
 一般呼称は、「コーンフラワー」もしくは、黒い目のスーザン(black-eyed-susan)。
 ここでいきなり話がまぎらわしいのは、「ブラックアイドスーザン」は、米国では、ルドベキア全種を指す場合もあるし、後述の「トリロバ」種や、そのトリロバから改造した商品名の「タカオ」を指す場合もあるのである。
 ところが、「オオハンゴンソウ」は花の中心部(針山ドーム状)が黒くならない(緑→黄と変わる)から、「名詮自性」にもなってないわけだ。
 確実に「無問題」なものは、大手の国内業者が売っているものだろう。
 サカタのタネは「トト・ゴールド」を市販している。その袋には「和名 アラゲハンゴンソウ」「耐寒性1年草」「生産地 ドイツ」と書いてあり、温暖地では秋播きもできるように書いてある。想像するに、これを北海道で秋播きすると、冬のうちに根まで死滅するので、花壇から野山に逃げ出して大繁殖はしないということだろう。とすればこれで実験するのは迂遠であろう。
 いくつかの参考資料をみると、トト や ベッキー は、矮性種だという。それらは、「ルドベキア・ヒルタ」を改造した園芸種だという。「インディアンサマー」や「プレーリー・サン」という商品も、ヒルタを改造した園芸種だという。
 ヒルタ種、トリロバ種、フルギダ種は、花の中心部の色が「茶→黒」と変わるのだという。ずばり、それが「黒眼スージー」の名の由来であろう。
 「灰→茶」と変わる、ピナタ種というのもあるという。
 さて、ここでまた混乱する情報。ヒルタ種は多年草らしいのである。
 また、ネットで検索するとヒットするのだが、「荒毛反魂草」は、日本の一部では野生化していて、それで困っている人がいるのだという。それは農家なのか、ナチュラリストなのか、不明。
 隔靴掻痒なことに、それは(セイタカアワダチソウのように宿根の)多年草だからしぶといのか、それとも(オオブタクサのように非耐寒の一年草ながら)タネが秋にやたら飛び散って毎春大繁殖しているのか、そこもハッキリしない。
 またこれもネット情報だが、ヒルタは、日本では関東よりも早く北海道に大正時代に根付いたという。しかしそれは宿根をしているのか、それともタネで越冬しているのかが、ネットではわからなかった。
 『花の事典』という本は、ヒルタとその園芸種は一年草扱いだと紹介している。春播きの一年草だと。
 別な本では、ヒルタ種は宿根するが短命なのでタネで更新される、とある。
 ヒルタ種の「グロリオサデージー」も、一年草扱い。また、一見、ルドベキアのようにみえないヒルタ種の園芸種に「チムチムニー」があり、これも一年草で、高性種だという。
 トリロバ種は、二年草(秋播き→翌年夏咲き→冬死)で、苗で更新されるという。
 商品としてタカオがあり、それがトリロバ種である。花の中心がダークブラウン。野生化している「オオミツバハンゴンソウ」とは、これのことだという。オオミツバハンゴンソウは「キヌガサソウ」とも呼ぶという。
 ネット情報によると、霜に連続して当たっただけで死ぬが、こぼれ種で確実に増えるともいう。
 地域によって問題視されているようだが、特定外来生物には指定されていない。
 黒目スーザンは、すなわちこのトリロバ=タカオのことだともいう。基本、一年草である。タカオは、花は小さいが、多数が咲き乱れる。
 『花の事典』はタカオを多年草の高性種だと紹介している。
 英文ネットには、トリロバの別名が、茶眼スザン であり、古い野原や道路脇に野生するとある。そしてそれは二年草であるが、短命の多年草にもなり、米中西部に自生していると。
 トリロバは、自家受精を回避するため、花弁は落下してしまう。早く播いた場合、同年咲きが見られる場合がある。葉っぱはザラザラしていて、愛らしくはない。
 大手通販のタキイがタネとして売っているものに「タイガーアイ」と「カプチーノ(学名表記は不明)」がある。カタログには「開花は翌年になります」とか注記されていないから、おそらくそのどちらも、東京近郊で春播きすれば当年咲きとなるんだろう。
 英文ネットで調べると、タイガーアイは、黒目スーザンと同じものなれども、これはF1 だという。つまり交配することで、一年草ながら特別に四季咲きの性質をひきだしているということか。タイガーアイは、乾燥にだけ、弱い。
 F1 の商品だということは、花壇から自然界へ逃げ出しても、同じ性質のタネはできんということか。しからば、劣勢遺伝のタネができて、それが蔓延するということはあるのか? そこが分からない。
 フルギダ種は、宿根ルドベキアの代表で、大株になるという。
 フルギダ種の園芸品種のゴールドシュトゥルム(発音はゴールドストルムかゴールドスタームかも)は、よく枝分かれし、中心が黒の黄花を長く咲かせるという。
 ゴールドシュトゥルムと似たようなのに、ゴールドスターがある。
 商品名の「リトルスージー」は、米国では black-eyed Susan の仲間だと括られるが、フルギダであり、多年草である。
 背は低く、6月から9月まで咲く。
 商品名は、正しくは、名前の最初に「ヴィエットの」が付く。Viette’s Little Suzy という。マーク・ヴィエット氏はヴァジニア州の植物改造人で、6年かけてこれをつくった。
 中央円盤は、茶紫色になる。黒目スーザンより花が小さい。その代わり花期が長い。鹿に食われても死なず、丈夫である。
 花の中心部は、花後に茎をカットしないでおくと黒い釦のように冬まで残って、そこに小鳥がきてタネをついばむのだという。
 園芸種の黒目スザンとヒルタは、花期が長いという。
 ルドベキアを食害するイモムシや蛾は存在する。
 ルドベキアの学名は、スウェーデンのウプサラ大学の植物学教授の Olof Rudbeck (1660~1740) ならびにその同名の父 (1630-1702) にちなむ。リンネもルドベック氏から教わったことがあったそうだ。
 一英文サイトによると、黒眼スザンとは、ヒルタのことである。英語でも、荒れ地菊とか、牛の眼花、などと呼ばれるそうだ。
 black-eyed Susan は1918年にメリーランド州の州花となっている。
 インディアンのオジブワ族は、ヒルタの根を、蛇に噛まれたときの治療薬にしていたという。また別なインディアン族は、根のジュースを耳痛の薬にしていたという。
 ラキニアータは、大反魂草であり、多年草である。
 この葉っぱを生食する人もいるのだという。
 が、馬、羊、豚には毒であるとする文献もあるという。
 ラキニアタ=大反魂草は、枝分かれがある。茎はしばしば無毛。花弁はしだれる。花は、普通の蜂だけでなく、スズメバチも惹きつける。
 ミズーリ州の野生種は、湿気を好み、多年草である。
 野生では3mになるが、栽培だと1m。
 花の中心部は緑色。
 ルドベキア・マキシマは、グレート・コーンフラワーともいい、全長8フィートにもなり、タネは小鳥が食べる。
 カナダには、ピナタ種のいくつかが、野生している。高さは1mにとどまる。花の中心部を破壊するとアニスの香りがするという。
 湿地でも乾燥地でも育つ。林縁、道路脇でよく見る。他の植物に競争で負けることは稀である。
 コルドバ種は、みためが blanket flower(テンニンギク)に似るという。
 マヤ種は、背の高いマリーゴールドのよう。
 チェロキー・サンセット種は、菊に似た花という。
 英文ネット情報によると、オータムカラーズという商品は、多年草なのだが、10月に猛吹雪に遭ったら、死んだという。
 日本文ネット情報によると、オオハンゴンソウは、根の構造が、他種とは別格なのだという。その画像情報がネット上にないのが、残念だ。それこそ、放任増殖植物を創製していくためのヒントとなるはずなのに……。


●「読書余論」 2013年4月25日配信号 の 内容予告

▼防研史料『明治43年 陸軍兵器本廠歴史 附録』
▼防研史料『明治44年以降 陸軍兵器本廠歴史 第九編』
 2.26事件直後に憲兵隊は大量のアストラ拳銃を導入していた。それはいったい、どこへ消えたのか? 憲兵の子孫宅に今も眠っているのではないか?
▼『偕行社記事 No.301』M35-11
▼『偕行社記事 No.302』M35-11
▼『偕行社記事 No.303』M35-12
 日本製の弾薬は自爆し易かった。その設計や管理をする分野の人材を、明治政府は育成せず、また厚遇もしなかった。それが祟っているのだ。
▼『偕行社記事 No.304』M35-12
▼『偕行社記事 No.307』M36-2
▼『偕行社記事 No.296』M35-8
▼高木惣吉『太平洋戦争と陸海軍の抗争』S42-8
 S18-9~11の古賀長官の判断。もし米機動部隊が、ビスマルク諸島から北の海面に進出するようになれば、日本側はレーダーが非力で、島もまばらなので、哨戒も反撃も不可能になる。
 ノーマン・エンジェルは『公衆心理』で書いた。公衆は、政治的決断にさいして、自明の事実、周知の真実を、無視しようとする。それはどんな無教養の者にとっても「誤謬」と判断できるものだが、それを国民は、しばしばやらかす。
▼福田敏之『姿なき尖兵――日中ラジオ戦史』H5-3
▼樋畑雪湖『日本絵葉書史潮』S11-4
 あんがい貴重な戦場写真が エハガキという形態で後世に伝えられているのである。
▼小川寿一『日本絵葉書小史(明治篇)』H2-9
▼藤井正雄ed.『墓地墓石大事典』雄山閣、S56
 アメリカ文化は、死との直面を回避するので、南北戦争でとうとうエンバーミングがビジネス化した。
▼ポール・ウォーレス著、高橋健次tr.『人口ピラミッドがひっくり返るとき』2001-6、原 P.Wallace 1999.
 トロツキーいわく。「人間に降りかかるすべてのものごとのなかで、老いは最も思いがけないものである」。
 安全保障アナリストたちは、ロシアが西側諸国に与える脅威を心配するどころか、中共にたいする防波堤としての役割をロシアが果たせなくなっていく状況に、動揺することになるだろう。
 欧米にキャッチアップしたあとの日本の「過剰投資」は、「資本の浪費」だった。日本の不況は人口ピラミッドの必然であるゆえ、ポール・クルーグマンは、インフレへの回帰こそ療法だと断じた。
▼滝川政次郎&石井良助ed.『人足寄場史』S49
 免囚保護を国家事業とする矯正恤刑の思想が江戸時代からあったことについて。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
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 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
 過去のコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
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どうやら「オスプレイ調達」は、アメリカ政府から日本政府に対する「命令」らしい

 15日に届いた『朝雲』#3052によると、3-11の衆院予算委員会で小野寺防衛大臣は、「個人的な感覚で言うと、小笠原を含めた離島での患者搬送には非常に大きな威力を発揮するのではないか」と述べ、急患空輸を視野に自衛隊へのMV-22の導入に前向きな考えを示したという。
 この質問をしたのは自民党の西銘恒三郎代議士だという。
 こういうのは「馴れ合い質疑」といって、答えたい話が先にあって、それを、気心の知れた味方の議員に議場でわざわざ質問してもらうものである。
 質問の内容がとつぜんに奇襲的に変更されることもない。
 ということは、以下の推理が可能だろう。
 小野寺氏は、自衛隊がオスプレイ(および水陸両用兵員輸送車 AAV7)を必要としていないことを知らないか、知ってはいるがそんなことはどうでもよい何か事情があって、誰かの意図にひたすら迎合して、それらの調達の実現のために日本の国益を犠牲にする肚を括っている、と。
 げんざい、小笠原村からの急患輸送は、厚木基地の海自所属の国産(新明和)の4発飛行艇が実施している。父島の二見港にも海自基地があり、その砂浜に、この飛行艇が這い上がれる「斜路」が整備されている。「斜路」がない母島その他でも、ゴムボートで海浜から患者を機内に搬入することができる。
 国産4発飛行艇は、速力でも、航続距離でも、上昇限度(これによって台風や積乱雲を回避しやすい)でもオスプレイより大である。しかも、いちどにヨリたくさんの患者を運ぶことができる。(最新型のUS-2なら機内の与圧もされている。これは潜水病患者にはありがたいことだろう。)
 この国産飛行艇による患者輸送を止めて、オスプレイに代替することに、ぜんたいどんな国益があるというのか、小野寺氏がもし売国奴でないのならば、国民に説明すべきだ。
 国産四発飛行艇は、遠洋で漁船が転覆したような場合の救難活動にも威力を発揮する。オスプレイは、ダウンウォッシュが強力すぎるために、ホバリング&ホイストによる救難活動は、実用的だとは思われていない。
 またげんざい、南西諸島での急患輸送は、自衛隊のバートル型の大型ヘリコプターが担任しており、その航続力と収容能力には何の不足もない。
 本州の病院への高速搬送が必要な場合には、最寄の空港で空自の固定翼機に患者を移し換え、さらに本州の飛行場で救急車または小回りの利くヘリコプターに移し換えることができる。
 バートル型の大型ヘリコプターは、3000m級の日本アルプスでの救難活動にも使える。が、オスプレイは、そのような標高ではホバリングそのものが苦しくなり、且つ、ダウンウォッシュも強すぎるので、高地での救助に役立つ機体であるとは思われていない。
 もしオスプレイを導入すれば、自衛隊が整備しなければならない機体の種類、エンジンの種類が増え、整備員の教育訓練も新規に別にしなければならず、維持の費用(特にスペアパーツ代)が嵩み、他の必要な予算を圧迫してしまう。これがどうして日本の国益になるというのか、売国奴でないならば、小野寺氏は説明すべきだ。
 防衛省は民主党政権時代から「オスプレイ」と「AAV7」(どちらも米海兵隊アイテム)を予算要求したがっていた。このことからわたしは、陸幕が海兵隊に洗脳されているのではないかと疑っていた。しかし自民党の大臣も肚を括ったということになると、これはもはや海兵隊イシューではない。米国政府イシューなのであろう。
 「オスプレイ」は、米陸軍からは見向きもされていない機体である(長所は速力だけで、航続距離は最新型のチヌークと違いがなく、運べる兵員数=救助できる民間人数は、チヌークが格段に多い。オスプレイ機内には高速ゴムボートも入らない)。
 こんな素晴らしい輸送ヘリであるチヌークを、陸自はすでに持っており、部品はすべて国内で調達できるようにもなっているのである。陸自のヘリ部隊の現場では、誰もオスプレイなど欲しがってはいないとわたしは想像する。現場が欲しくもないものを、内局と政治家が押し付けようとしているのだ。もうその背後には米国政府様がいらっしゃるのだと想像すべきだろう。米海兵隊は、直接に日本人にはたらきかけたのではなくて、得意技である米政府へのロビー活動を成功させたようだ。
 アメリカ政府から日本政府に対するこうした「命令」がどのような仕組みで処理されているのかの推定は、拙著『日本人が知らない軍事学の常識』に書いてあるので、未読の人は参照して欲しい。
 小野寺氏は「国賊」と呼ぶにはまだ小者すぎるとしても、「売国奴」にはかなり近づいているように思う。すくなくともわたしはこの代議士の見識の低さに失望し、厚顔無恥に呆れた。
 拙著『「日本国憲法』廃棄論』でも述べた如く、国会改革や選挙制度改革の主眼は、頭の良い人間を国会に送り込むことを重視するのではなくて、下僚の言うなりに日本の国益を合法的に他国に移出せしめて恬淡たるこの種の売国奴を一人たりとも国政に参画せしめないことの方に狙いを絞って行くべきだ。