兵頭本新刊『亡びゆく中国の最期の悪あがきから日本をどう守るか 国防秘策としてのプロスペクト理論』が発刊される。(管理人U)

 お世話になっております。兵頭ファンサイト管理人Uです。
  
 兵頭本新刊『亡びゆく中国の最期の悪あがきから日本をどう守るか 国防秘策としてのプロスペクト理論(徳間書店 )』が今月、クリスマスに発刊されます。
 喜ばしい。喜ばしい。
 可処分所得の境界線上から兵頭先生が放つ渾身の一冊。もちろんまだ発売してないので私は読んでませんが、兵頭本にハズレ無し。私は20年前からそう盲信しております。

 仮にこれが売れたとしても、兵頭先生がちゃんと年を越せるのかどうかには(そんなに早く印税が入るとは思えないので)全く関係ない気がします。しかし私にとって早く読みたい本である事は間違いない。私は既に予約しました。


亡びゆく中国の最期の悪あがきから日本をどう守るか 国防秘策としてのプロスペクト理論

 亡びゆく中国の最期の悪あがきから日本をどう守るか 国防秘策としてのプロスペクト理論/兵頭二十八 著

 2030年までに必ず暴発する中国からの被害をいかに最小限にとどめるか?
 ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学の「人はガッカリしたくない」という意思決定モデルから中国弱体化の秘策を構想する

(管理人U)


『兵頭二十八の地政学入門カフェ(地政学講話)』は終了してしまったそうな。(管理人U)

兵頭二十八の地政学入門カフェ(地政学講話)』は終了し、再開の予定は無し。録画・録音も無いそうな。

 私にとってはまさしく幻のイベントだった。受講してみたかった。皆さんもそうでしょう? 少し寂しい気持ちになった秋の夜でした。

 全然話が変わりますが、当サイトに投稿があると、連動してタイトルとリンクがTwitterアカウント(@28funsite)に投稿されます。その他のツイート・リツイートは私が行っています。よろしくお願いします。

(管理人U)



兵頭二十八 地政学入門カフェ(地政学講話)の場所の情報と写真(管理人U)

 お世話になっております。兵頭ファンサイト管理人です。
 次回の兵頭二十八 地政学入門カフェ(地政学講話)は2020年12月16日の予定なんですね。私は大阪に住んでいる事もあって、まだ参加できてません。悲しいです。

 前回(11月18日)はネット配信されませんでしたね。残念です。
 私は主催者の方とは一面識もありませんが、何か私でお役に立てる事があれば、どうぞお声がけくださいませ。

 会場はこういう所だそうです。兵頭先生から写真をいただきました。
 参加される方が道に迷わないよう掲載します。


地政学講話の会場の蔵

電車通りに面しています。左が函館どつく方面。

入り口に近づくとこんな感じです。

兵頭二十八 地政学入門カフェのFacebookページ

会場『spAce ICHIGoICHIe』のFacebookページ
〒040-0051 北海道函館市弁天町16-2


 意外とオシャレな場所でやってるんですね。公民館みたいな所とは違う。こんな素敵な場所で、わずか1000円で、『兵頭地政学』を聴講できる。この上なく贅沢な時間だと思いませんか?

 私も早く聴きたいです。

(管理人U)


「地政学」は殺傷力のある武器である。〈新装版〉 ニュー・クラシック・ライブラリー


日本史の謎は地政学で解ける (祥伝社黄金文庫)


アルバイトしていただけませんか? 『兵頭二十八 地政学入門カフェ(2020年9月23日 18時半~)』に参加される方へ(管理人U)

 お世話になっております。兵頭ファンサイト管理人です。

 当サイトをご覧の方でしたらご存知かとは思いますが、2020年9月23日に『兵頭二十八 地政学入門カフェ』が開催されます。
 『地政学』の基礎と最先端を、入門級の人たち向けにお話しするミニ講演です。
 
 私は残念ながら仕事のため参加する事ができません。悲しいです。
 参加される方で、アルバイトをして頂ける方はいらっしゃいませんでしょうか?

 アルバイトの内容は『ミニ講演の撮影・録音』です。
(後述しますが『公開を前提とした撮影・録音』ではありません)

 アルバイト代は、あまり多くは出せませんが、私がお支払いします。
(さすがに『沖縄から行きますので、15万円必要です』とかいわれても困るので、もともと参加予定の方が嬉しいです)

兵頭二十八 地政学入門カフェの日時

日時:2020年9月23日水曜日 18:30~

場所:spAce ICHIGoICHIe
〒040-0051 北海道函館市弁天町16-2

兵頭二十八 地政学入門カフェのFaceBookページ

募集要項

・『兵頭二十八 地政学入門カフェ』の撮影・録音をしていただける方。
(撮影・録音の許可は得ています)

・アルバイト代は、いくらが妥当かよくわからないので『〇〇円ならやるよ』とメール下さい。(なるべくお安く……)

・ちょっと、細々した事情説明が必要なため、Skype(か、Lineのビデオ通話)で事前にお話できる方。(撮影・録音の許可は得ていますが、顔も知らない方へ私が頼みにくいという理由もあります)

・撮影、録音機材をお持ちの方。
 プロ級のものは全く求めていません。単なる会社員の私が、参加される方へいくばくかの謝礼をお支払いしてお願いしたいだけなのです。
 三脚にスマホを固定しての動画撮影とかそんなんで結構です。動画が不可能なら音声だけでも仕方ないと考えております。ただし、音声だけは可能な限りクリアに録っていただきたいです。撮り方、録り方などはSkypeでお話する際お伝えします。

 私はどうしてもこのミニ講演を聴きたいのです。だから音声はできる限りクリアが良いです。ですが、画質は大して求めていません。

 TV番組はとても高画質ですが、興味がないので私は殆どTVを観ません。しかし、兵頭講演会の映像であれば、私にとってはそれがどれほど低画質でも、宝物になると確信しているからです。

『公開を前提としない録音・撮影』である事について

 私はイベントの邪魔をするつもりは一切ありません。もし『公開を前提とした』撮影・録音であるならば、参加者が減る可能性があります。それは全く私の求めるものではありません。

 もちろん私は、私と同じような、ミニ講演を聴きたいけれど参加できない方のためにも、無料公開の交渉をします。
 ですが『地政学入門カフェ』終了1週間後に無料公開、なんて事を私は希望しません。

 参加者の方が『これだけの日数が経過したのならまあいいか』と思うような(これは私の主観でしか無いですが)日数が経過した後の無料公開を目的としております。

 公開する場合でも、参加者の方のプライバシーに配慮する必要があります。動画なのか録音なのか、テキストに起こしたものを公開するのかも全く現時点では未定です。

 つまり現時点では、単なる兵頭ファンの会社員である管理人が、公開を前提としない撮影、録音をしていただける方を探しているだけ、です。

 繰り返しますが、プロの画質、音質なんて求めてはいません。撮影や録音も、単に三脚やテーブルに機材を固定して、あとはミニ講演を普通に楽しんでいただければ良いと思っています。
 
 どなたかお引き受けくださいませんでしょうか。(なるべく安価で……)

 応募の際は『持ってる機材(ビデオカメラ・スマホ・ボイスレコーダー、とか)』『希望アルバイト料』を明記くださると大変助かります。

 ご連絡をお待ちしております。

(2020年9月14日追記)

 応募がなかったらどう対策しましょうかね……。

 全く話は変わりますが、年末までには、今までとは全く毛色の違うシロモノを公開できるかもしれません。(皆様がお気に召すかどうかはわかりませんが)

 (管理人U)


『当サイトでの投稿を含めた、兵頭二十八の活動全般を応援したい方たちによる喜捨行為』について/管理人U

 右や左の旦那様。お世話になっております。『兵頭二十八先生の収益多角化計画』はいまだ模索中だそうです。少なくとも『うちのガソリンスタンドでアルバイトしませんか』というお声はかかってないようです。

 YggDore(ユグドア)というサービスをご存じでしょうか。
 WEBサイトのアドレスを指定して、チップを送金できる仕組みです。匿名でお金とメッセージを贈る事ができます。
 兵頭先生も含めた関係者との協議の結果、ここに登録する事にしました。
 当サイトあてに送金いただく場合のアドレスは『https://st2019.site/』です。兵頭二十八先生へお金とメッセージは届きます。文字通り乞食行為です。

 誤解されてはマズいので、太文字でお伝えしておきます。

 送金された方だけに対する『特典』は、ありません。
 当サイトへの投稿を含めた『兵頭二十八の活動全般を応援したい方たちによる喜捨行為』──現時点では本当に、それだけです。

 さすがに「万が一、億が一、月刊連載の年間原稿料くらいのチップが入る事があれば、当サイトで毎月か隔月、かつての『正論 CrossLine』や、『読書余論』を彷彿とさせる『兵頭二十八の放送形式 2020年3月16日』のような投稿があると良いな」と私個人は思っております。思ってはおりますが、大方針が『お金を払った人だけ見れるものにはしない』である事はたぶん変わりません。『チップを贈って下さった方だけ』の特典にはなりません。

 それでもよろしいという右や左の旦那様。「寒い函館、灯油代にでもしなさい」「これでパンでも買いなさい」──という御心で、兵頭二十八先生への喜捨をよろしくお願いします。

(2023年9月8日追記:YggDoreは2023年9月24日をもってチップを贈る機能が停止されます


『YggDore(ユグドア)』でのチップの送金方法

『YggDore(ユグドア)』へアクセスします。
https://www.yggdore.com/

②チップの送金先ホームページアドレスを入力して『カゴに追加』ボタンを押して下さい。当サイトのアドレスは『https://st2019.site/』です(『兵頭二十八』へお金は届きます )。

③チップの金額やメッセージを入力し『保存』ボタンを押して下さい。

④ページ上部の『カゴの中のチップを見る』ボタンを押して下さい。

⑤『注文開始』ボタンを押して下さい。

⑥-①匿名で投げ銭をされたい方は『今回はゲストとして注文します』を選択してください。アカウントは必要ありません。

⑥-②すでに『YggDore』のアカウントをお持ちの方は『以下のアカウントで注文します』を選択することができます。

⑦お支払い方法は現在は『銀行振込』しかありません。

⑧『口座名義』を入力し『注文の最終確認へ』ボタンを押して下さい。

⑨『注文する』を押しますと、『YggDore』よりメールが届きます。
そのメールに記載された『YggDore』の口座へ、ご指定の金額をお振込みください。

YggDoreへ移動する

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兵頭二十八の放送形式

「ゆぐどあ」を学びました。

アルバイト、なんでもやります。

皆さんのユグドア喜捨のおかげで大助かりです!

新書よりも大判で、新書よりもページ数の少ない出版物が、もっとあってもいいはず。

皆様、ご支援ありがとうございます! ユグドアは機能しています。ユグドアは、すべての利用者にとって、安心ができる、安全な方法です。

年の瀬のご挨拶。皆さまのおかげで生き延びました。

皆様、お あ り が と う ご ざ い……


(管理人U)


もしも突然このサイトが消失したら/管理人U

 やっと旧兵頭二十八ファンサイトの殆どを現サイトへ移し終えました。

 もし今後、事前告知も何も無く当サイトが消失して、そのまま2カ月くらいが経過したら、たぶん私は死んだかそれに近い状態なのでしょう。(死ぬ予定はありませんが……)

 その時はどなたか兵頭先生へ連絡を取って、当サイトを復旧させてください。バックアップファイルは用意しています。

 私は『兵頭二十八の放送形式』と、少なくとも『資料庫』の『E先生の手紙』は、ネット上から消えてほしく無いのです。

(管理人U)


2019-3-7 木更津リポート

(2019年3月10日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 防衛省大臣官房広報室のお招きで、今年度は陸上自衛隊木更津駐屯地にお邪魔してきました。
 先の大戦末期に「橘花」が飛んだ元海軍基地で、今もその飛行機掩体などが残されています。
 現在は、陸上総隊隷下の「第1ヘリコプター団」と、東部方面隊隷下の「第4対戦車ヘリコプター隊」が同居しています(駐屯地司令は第1ヘリコプター団長)。
 また、所属等が未だ細部まで確定していない陸自のオスプレイを、SUBARUさんが整備している格納庫もあります。
 今回は、主に第1ヘリコプター団の主力装備を拝見しました。主軸がCH-47JA、花形はEC-225LPかと思いますが、わたしが興味津々でしたのは「連絡偵察飛行隊」という、第1ヘリ団隷下ながら固定翼機を飛ばしている陸自で唯一の部隊です。なぜこれから固定翼機が注目されるのか、その理由は、来月発売の拙著新刊を御覧ください。

LR-1とたぶんLM-1連絡機

 連絡偵察といえば旧陸軍の直協機じゃないですか。さしづめ「九八直協」を戦後に引き継いだのが、奧の模型の「LM-1」だったでしょう。引退済みで、今、国内には1機もないはずです。手前の双発高翼の「LR-1」も退役しました。これらの展示は営門脇の航空資料館にあります。なお1800mある木更津の滑走路には、C-1までが降りられるとか。

SA316の模型

 フランスの「アルエット3」型ヘリコプターは、米軍にさきがけて重対戦車ミサイルの「SS.11」を空中から発射できるようにしていたもので、米軍の「コブラ」もこれに刺激されて開発されたことでしょう。これを製作したのは、第4対戦車ヘリ隊の方かな? 「アルエット2」型も欲しいところです。

LR-2首輪

LR-2スピナー

LR-2の主翼下

 ビーチクラフト社の軍民共用ベストセラーである「キングエア」を連絡偵察機に改造した「LR-2」を陸自は7機保有し、ほぼ全国に展開させています。北海道だと丘珠飛行場。

LR-2の偵察カメラ

LR-2後姿

LR-2排気管

 航空撮影のためには機体の軸がフラついたら困るので、陸自がLR-2を買うときに、胴体尾部に下向きの空力安定フィンを増設してもらったそうです。今ではそれがスタンダード仕様。

LR-2右側翼

LR-2右エンジン

 LR-2のエンジンはカナダPW社製のPT6A-60A(1050軸馬力)×2。そのスペアパーツは伊藤忠商事が取り寄せてくれているそう。ちなみに「EMB-314 スーパーツカノ」のエンジンはカナダPW社製のPT6A-68C(1600軸馬力)×1です。「小型のターボプロップ・エンジンに特化したら米国メーカーとはバッティングせずに世界市場を支配できるのでは?」と経営判断したカナダPW社の技師たち。偉くね?

LR-2機内

 機内のいちばん後方にはトイレ設備もあり。2900kmも飛ぶうちには必要になるでしょう。双発機の強みは、たとい洋上で片発停止したとしても生還を期し得ること。ただし多座機ですので、スーパーツカノのような射出座席は設けられませんね。フライトレコーダーは胴体尾部近くに内臓されています。

EC-225LP全姿

EC-225LP前方側面

 欧州エアバス社製のEC-225LPは「メートル法」規格というところに整備員が感心するそうです。内部は総本革張り座席に特有の匂いがツンとします。客席とコクピットは化粧壁で仕切られており、互いに覘けません。しかし最前列中央の後方向きの椅子を倒せば極小のアクセスドアが現れる仕掛け。またVIP席の電話でパイロットとは随時交話できます。ヘリコプターなのに機内は普通に会話の可能なレベルまで騒音が抑制されているそうです。通信は、衛星を含め全周波数に対応。

EC-225LP 燃料タンク

 ジェット燃料をタンクへ圧送するときの注意書きが貼ってあります。

CH-47JAの気象レーダー

CH-47JA荷室

 陸自のチヌーク勢力は旧型のCH-47J型からJA型へほとんど移行しています。識別点となるのは、機首気象レーダーの有無でしょう。またJA型には燃料が7800リッターも入り、それを毎時1200リッター(ドラム缶6本)ずつ燃やして4時間40分滞空可能。レンジは1037km、もちろん洋上も飛び、GPSを頼りに海自フラットデッキ艦に降りる訓練もやっています。完全に繋止作業が終わらないうちにパイロットが機外に出ようとすると、怒られるんだとか……。テヘペロですね。

CH-47JA後輪スキー

CH-47JA前輪スキー

 噴火した木曽御嶽山へ災害派遣で飛ぶようなとき、このスキー(と言うよりスノーシューだな)を装着して、車輪の沈み込みを防ぎます。旧型は赤色。新型は黒塗装となっています。燃料満タン時でも荷物を4.7トンも運べるチヌークはどんな災害でもいちばん頼られるわけですが、なにせ自重が大なため、ビルの屋上などには気軽には降りられない。ダウンウォッシュも強力で、軽トラを横転させるほどだそうです。

チヌーク用消火バケツ

バンビバケット

 フクイチに水をぶっかけるために飛んだとき、CH-47のクルーはタングステン入りの耐放射線服を着込んでいました。UHが20往復で運搬できる液剤を、チヌークなら1回で運んでしまえるのです。最新の「バンビ・バケット」だと海水が7562リッターも入る。まあ5トンぐらいに抑えて行くのが実用的であるようですが……。

BBの表示

 バンビバケットはカナダ製でした。でもなぜ「バンビ」? おそらくディズニー映画の山火事シーンからの連想でしょう。そして戦前に『バンビ』の原作者はノンフィクション作品の『デルス・ウザラー』から山火事シークェンスのヒントを得たはずだというわたしの推定は、大昔に月刊『正論』で書きましたよね?


(管理人 より)

 春ですね。
 私は去年から花粉症になりました。不治の病と聞いておりますので悲しいです。早く春が終われば良いと思います。
 ところで、兵頭先生は花粉症を克服されたと以前お書きになってました。しかしそれにはアルコールを断ち、魚ばっかり食べる必要があるそうです。
 私は魚はともかく、アルコールは断てそうにないので、花粉症と付き合い続けるしかないのでしょう。

※後日談:やはりいかに兵頭先生とはいえ、症状は軽減したものの完治には至らなかったそうです。


航空自衛隊八雲分屯基地で確認できた 古い「待機車」

(2018年7月18日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 北海道の八雲町は、太平洋と日本海の両方に面する自治体である。その太平洋側に、航空自衛隊の八雲分屯基地がある。げんざい、第20高射隊と第23高射隊が所在し、ペトリオットSAMを運用する。
 もともとは第二次大戦の末期に急造された飛行場の跡地なので滑走路も最小限に維持されている。戦後、米軍のF-86が展開していた名残の、耐爆ハンガーの基礎構造が敷地内のあちこちに残っているのが、廃墟美として面白い。

 2018年7月16日(海の日)が一般公開だと広報によって把握した私は、空自の高射部隊だけが持っているレア装備である「待機車」の鮮明なデジタル写真をみずからこのさい撮影しておくべく、自宅から私有車を走らせた。

 なぜ今、空自の「待機車」に注目すべきであるか?
 じつは、この「待機車」のコンセプトこそは、自衛隊の全国の災害出動時に、被災地住民に多大の救援を即座にもたらすに違いないと、信じられるからだ。
 出来合いの優れた装備があるのだから、その陣容をもっと拡充したらよいのだ。

 ところがこの車両、古いせいなのか、『自衛隊装備年鑑』(わたしの手持ちのいちばん新しいのが2012-2013版)では紹介すらされていない。このような扱われ方が、かねがね、私には大不満であった。
 全国のカメラ小僧諸君! もっと「待機車」を撮影して、ネット上で私的にPRしまくり、この種の装備の大増強を当局に働きかけようではありませんか。

 八雲基地は、私はだいぶ前に『北の発言』の基地取材で単独公式訪問したことがある。そのときは正門から入ったと記憶する。しかし今回は一無名人としての気楽な趣味観覧である。
 しかるに午前10時過ぎにそこへ着いてみれば正門は普通に閉ざされており、基地開放イベントらしいデコレーションも看板も案内人も何も見当たらない。にぎやかな物音も聴こえてこない。
 今日は一般公開日じゃなかったですかと門衛の人に訊ねたところ、私有車の入り口は200mほど左であると教えられた。
 いぶかしみつつ指示に従い基地内に乗り入れたるところ、そこより、だだ広い滑走路脇の果てしない草原中を何kmも走行し、ようやく臨時駐車場まで辿り着いたのでホッとした。途中、前も後ろも見渡す限り誰も見えやしないという状態になったこと数度……。
 この季節の道南は草地が花畑状態。天気も偶然に快晴であるから、気分爽やかで結構この上なしだったのだが、もしこのワシがテロリストだったら、この基地はどうするんじゃ?
 ともあれ、「村人以外には知らせる必要など感じなかった村祭」の、引き返し不能点に余所者として飛び込んでしまったような仕儀となり、私は覚悟を決めて撮影を開始したわけであった。

 では写真を解説して参ろう。

 「待機車1号」の写真(イ)(ロ)(ハ)。これは当日展示していた車体ではない。駐車場警備の隊員たちの移動用ならびに臨時の休憩場として、仮設トイレの近くに偶然停められていた1台を、許可を得て外観のみを望遠で撮影したものだ。

待機車1号(イ)

待機車1号(ロ)

待機車1号(ハ)

 こんかい、再認識させられたのだが、「待機車」には「1号」と「2号」の2タイプがあって、実戦出動ではそれがコンビで運用される必要があるようだ。
 車内に24床分の折り畳み三段ベッド(人員移送モードでは35人分の長椅子に早変わり)がしつらえられているのは「1号」。
 車内にトイレ×4基と、冷・温水の洗面設備(同時6人利用可)と、温水シャワールーム×1が備えられているのが「2号」。
 エアコンはどちらにも無いと聞いたが、ネット写真を見ると「1号」の車内天井にはベンチレーターのようなものが見える。
 さらにネットを見れば、「1号」と「2号」を折衷した「自活車」や、それをもっとコンパクトにした「待機車3号」というものも、最近は登場しているらしい。(八雲は優遇されている基地ではないので、それらが無くとも不思議はない。また豪雪地帯でもないから「BV206J-01」大型雪上輸送車もたぶんあるまい。)

 残念ながら私は「待機車1号」の内部を拝観できていないゆえ、本当に空調が無いのかどうか等、これ以上の詳細は分からない。しかしペトリとともにある古い装備であることだけは確かだ。たとえば1995年刊の拙著『日本の防衛力再考』の49ページを見て欲しい。その下段の写真(紙焼き写真)が、当時じぶんで撮影した「待機車1号」。こんな頃から外見は変わっていない。

 ちなみに(イ)の写真の背後に見えているコンクリートの壁が、先述したF-86ハンガーの遺構のひとつだ。こういうのが多数、基地内に残っているのだ。

 次に、「待機車2号」の写真(外観4枚、車内4枚)。
 車重は14.3トン。1100リッターの水を内蔵できる。

待機車2号(A)

待機車2号(B)

待機車2号(C)

待機車2号(D)

待機車2号のシャワー室

待機車2号のボイラー回り

待機車2号の車内のトイレ

待機車2号の車内の流し台

 さて1995年の『日本の防衛力再考』いらい、これは私の持論になっているのだが、CBR環境下では、フォールアウトをフィルタリングできる空調と、車内で汚染も洗滌してしまえるシャワー施設等を備えた、特大型のシェルター車が多数、日本全国に必要になるはずなのだ。
 陸自も、海自も、文官も、必ずこれに感謝する日が来るだろう。

 そのモデルとすべき車両として、すでに空自が、「待機車」シリーズと「自活車」を各基地で保有しているわけである。
 これを発展させただけで、あらゆる災害出動でおおいに重宝する支援車両が、すぐにも充実するのだ。なぜ、人々はこの直感が働かないのだろうかと思う。

 ついでのおまけ写真は、軽装甲車機動車(2枚)。

 さらにおまけのパート2は、基地防空用SAM(6枚)。
 あの「短SAM」をすべての性能で上回るものなのだという。わたしゃぜんぜん知りませんでした。
 ミサイル(キャニスター入り)の再装填は「弾薬装填車」という別な車両で、半自動的にできるらしい。旧短SAMは、人力で弾薬箱をえっちらおっちら運んでいたから、大進歩ですわ。

軽装甲機動車 その一

軽装甲機動車 その二

基地防空用SAM い

基地防空用SAM ろ

基地防空用SAM は

基地防空用SAM に

基地防空用SAM ほ

基地防空用SAM へ


松前港における掃海艇『いずしま』の公開・2018-5-12

(2018年5月20日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 2010年末に函館基地で『ゆげしま』(艦番679)を見学した折にはVIP待遇で送迎されてしまい、「写真小僧」となって全体撮影をすることが不可能であった(ガンルームで出されたカレーしか撮影できんかった)。今回、掃海艇としてより改善されている型の『いずしま』を、一無名人として外側からこころゆくまで撮影するチャンスをようやくに得た。
 じつは松前港では何度かこういう一般開放があったようなのだが、カーナビ付きの自動車をもっていなかった以前の私には、国道228号からどうやって下の漁港まで降りられるのか、その分岐点がさっぱり分からず、ついつい通り過ぎてしまっては、しかたなく諦めていたのだ。
 今回は、白神岬から江差方面へ走行中に、掃海艇の雄姿が見えたので、大磯橋を渡ってやや行き過ぎたぐらいのところからカーナビ地図を睨み、右後方へ折れ曲がる細道をぬかりなく下って、大磯橋の下をくぐり抜け、脳内INSを駆使してまんまと辿り着くことができた(ちなみに「松前港」と行き先を入力しようとしても、なぜか、できない)。
 果たして駐車場はあるのか――が、もうひとつの不安事項であったが、なんとそのあたりのどこに停めといても構いませんよと教えてもらい、ズッコケ拍子抜け。田舎はこれだからイイよね。

2018-5-12いずしま於松前港(1)

 (1)は、帰り際に、道の駅の「北前船松前」の駐車場から望遠した一枚。この道の駅のレストランがいろいろと最高なのである。他所から来た人には松前城周辺の料理屋もどきなどではなくて、是非にこっちを勧める。ただし11時前には営業しておらず、この日の利用は断念せざるをえなかった。

2018-5-12いずしま於松前港 (2)

2018-5-12いずしま於松前港  (3)

 (2)と(3)の背景に写っている小山上の建物は「松前灯台」ではなく、手元の地図帳によると「松前ディファレンシャルGPS局」らしい。

2018-5-12いずしま於松前港 (4)

 (4)を見ると、木造船体であることがよく分かる。掃海艇に使用できる金属はアルミのような軽合金以外は基本的にダメなのかと思っていたが、ステンレススチールも非磁性ゆえ、少量ならばOKなような話だった。クルーは出動時には磁性の持ち物をすべて陸揚げする。スマホの充電器もひっかかるそうである。

2018-5-12いずしま於松前港 (5)

 (5)この艇にはPAPという機雷処分具からリモコンで投下できる小型爆雷を除くと、20mmガトリング銃ぐらいしか武装がない。ところでもし敵のフロッグマンが不意に乗り込んできてこの火器でブリッヂを撃とうとしたらどうなるのか? ……ご安心。ハイアングルにしなければ、真後ろへは旋回できないように、巧妙なロックがかかっているのだ。艦橋を外せば、360度、どの方位へも銃撃は可能である。発射の震動やブラストはそれなりに大きく、グレーに塗った甲板のペンキも剥げてしまうそうだ。

2018-5-12いずしま於松前港 (6)

 『いずしま』の掃海訓練は陸奥湾で実施するという。艇尾から見た(6)の写真を見よ。黄色いのがPAPだが、その上方に赤白のブイが寝せてある。これで訓練海域を区切って、漁船が接近しないようにする。演習前に漁協の幹部に同乗してもらって、周知を図るそうである。
 以前の『ゆげしま』の潜水士さんは、〈水中ロボットなんてダメだ〉という評価だったようにお見受けしたものだが、今回の『いずしま』の潜水士さんはPAPに相当の信頼を置いているように私には印象された。そうか……時代は進歩しているのじゃな。

 艇内のあちこちも接写したかったのだけれども、朝一番の見物客だったため、無名人は無名人なりにマンツーマンで足早に案内をされてしまい、オチオチ撮影している暇もなかった。海自の松前警備所の近くでしか訊けそうにない、SOSUS関連の質問をすることも、すっかり忘れてもうたわい。
 なお、函館市街から松前港までの片道所要時間は、ちょうど2時間であった。



仁山(ニヤマ)の旅 2018-5-5

(2018年5月20日に旧兵頭二十八ファンサイト『資料庫』で公開されたものです)

(兵頭二十八先生 より)

 函館市街から大沼公園方面へ出ようとするとき必ず通るのが七飯町の「峠下」。そこから正面に見えるスロープが「ニヤマスキー場」だ。
 いったいそのスロープは、雪解け後のオフシーズン中は、どのようになっているのか? ずっと気になっていた私は、雨上がり・曇天・冷たい微風が吹くこの日に、試してみることに決意した。

 JR函館本線の「仁山駅」の南側踏切を、自動車で線路の西側へ超える。
 「あじさい温泉」の玄関には近づかずに、道なりに車道をもっと北へ進むと、スキーシーズンでないシーズンには、大駐車場への一般車両のアクセスをとざすゲートがある。その手前の草地で自動車を停めた。
 すでに山菜取りのおばさんたちの先客が複数パーティあった。
 写真(1)で分かるように、回転式ゲートが人間だけはフリーに通してくれるようになっている。午前11時少し前から、そのゲートの内側(スキー場)の砂利道を歩き始めた。

仁山の旅 (1)

仁山の旅 (2)

 (2)はおそらく「高速4人乗りリフト」の始点だ。
 広い1本の砂利道が上までずっと続いているので迷わずに進む(4)。丘の上に「高速4人乗りリフト」の終点が見える。すぐ左に並行しているのは「第1A線シングルリフト」だろう。ファミリーゲレンデを挟んで、さらに左端には「第1D線ペアリフト」も見える。
 振り返ると函館山が見える(5)(6)。

仁山の旅 (3)

仁山の旅 (4)

仁山の旅 (5)

仁山の旅 (6)

仁山の旅 (7)

仁山の旅 (8)

 登山道(というか、ゲレンデ整備車両の作業道)は、ところどころ、かなり前に舗装された跡が残っている。また、数回、索道線の下を潜る(8)。

仁山の旅 (9)

 高度を上げると、大沼トンネルが見える(9)。
 野生のエゾエンゴサクを初めて見た(10)。テラテラした緑葉は「オオウバユリ」の若い株である。これが8年ぐらいすると高勢にトウ立ちし、白いラッパ状の花が多数咲いて、寿命を終えるはず。マットな緑葉は、おなじみの蕗だ。
 もし大飢饉に遭遇したら、このオオウバユリの大きな鱗茎と、量的には僅かなものだがエゾエンゴサクの塊茎は、掘り出せば非常食になると覚えておくべし。道々、あちこちに自生していた。

 仁山の裏側は、「きじひき高原」に接続している。谷からは滝の音が聴こえてくるし、日蔭には残雪がある。その「きじひき高原」は熊出没地帯なので、そぞろ背筋が寒い。

仁山の旅 (10)

仁山の旅 (11)

仁山の旅 (12)

 さらに高度を上げると横津岳がよく見えてくる(12)。
 仁山スキー場で二番目に標高の高い、「第2ペアリフト」の終点が見えてくる(13)。

仁山の旅 (13)

仁山の旅 (14)

 (14)と(16)。眼下に「高速4人乗りリフト」の終点が見える。
 振り返れば、鹿部や南茅部の先の太平洋まで見える(15)。

仁山の旅 (15)

仁山の旅 (16)

仁山の旅 (17)

 遂に、「きじひき高原」の展望レストハウス直下の、このスキー場で一番標高が高い「第3ペアリフト」の終点が見えた(17)。ただしそこは熊出没地帯なので遠慮をし、「第2ペアリフト」終点の、広く開けた丘への分岐を進んだ。

仁山の旅 (18)

仁山の旅 (19)

仁山の旅 (20)

 (20)(21)は、その「第2ペアリフト」終点の丘のピークから見はらした風景。到達したのが12時頃である。だいたい1時間、歩いたわけだ。
 古い索道の搬器が物置小屋などに再利用されることはよくある(22)。循環式のロープウェイが、かつてこの近くに架かっていたのだろうか? 知るすべなし。

仁山の旅 (21)

仁山の旅 (22)

仁山の旅 (23)

 同じ場所から、きじひき高原の展望レストハウスを見上げる(23)。分かり難いが、その左下、一番標高の高い「第3ペアリフト」の終点もスカイラインに重なって見えるだろう。

 峠下の国道5号線がよく見える(24)。
 風が冷たいので、同じコースをすぐに下山開始。

仁山の旅 (24)

 靴などの装備が万全ならば、ゲレンデ直滑降コースでも選びたかったところなのだが、この日は雨上がりであったのと、機械で刈り払われた急斜面に、刺のある細くて目立たないノイバラがいち早く伸び始めていたため、一抹の不安を覚えて、冒険を自制した。

 スタート点の駐車場には1300に戻った。陽気がよければ、ここは適度な散歩コースじゃないかと確認したのである。めでたし。