廃憲に関するよくある疑問 FAQ

Q 「改正」ではなぜいけない?
A 外国軍が日本の国体を法文上で強制変更した1946憲法が成立している、と、事後的に、平時に、意志的に、日本国民が認めたことになってしまうから。「だったら、もういちど同じことをしてやれ」と、シナ人、韓国人が思うだろう。それは日本人の安全を長期的に損ねる。
Q 廃憲の手続きは?
A 拙著『「日本国憲法」廃棄論』では論じていない。すでに「無効論」の先達たちがさんざん論じているので。あくまで一案として。内閣総理大臣が閣議を経た上で発議し、国会の定員の過半数による「成立無効決議」。もっと簡便な、あるいは法律テクノロジー上すぐれたし方もあるかもしれぬ。
Q 廃憲したら、現憲法下での施策も無効?
A 勅令で「当座そのまま」にすればいいだけ。小山常実氏(『「日本国憲法」無効論』2002)など、先行する「無効論」者の人々の著書には、いろいろと具体的な方法が書いてあります。兵頭独自のアイディアは特になし。というのは拙著の目的は「いちばん大事なこと」を語ることにあり、内閣法制局の有能な法律テクノクラートの方々の仕事を奪うことではないからです。大事なことと大事でないことの区別をつけないのが日本人のいつまでも治らない病気だ。大事なことさえ定まれば、あとはどうにでもなるもんだ。
Q 1946憲法で、国体は変わったのか?
A SCAPは「変わった」とソ連その他の諸外国に説明できた。日本の指導層は心の中で「変わっていない」と思い得る。日本の反日左翼は「変わった」と主張し得る。ひとつ確かなのは、法文上のどこにも日本が立憲君主制であるという明示は無い。法文の上では、対外的に、日本の国体は変えられてしまっている。あとは、日本国民自身がどう考えるか。拙著は、その問いを喚起した。
Q 明治憲法は、よいものだった?
A 制定当初は瑕疵がすくなかった。しかし「天下は活物、法は死物」。死物を硬性(改正しにくい)としたために、昭和前期において国家を死物にしかけた。
Q 新憲法はどのようなものであるべきか?
A あくまで明治憲法の条文をひとつひとつ手直しし、またはそれに加除するというスタイルで作業をすすめないといけない。1946憲法の条文をひとつひとつ手直しし、加除するというスタイルではダメだ。それは1946憲法の成立を承認したに等しい。それでは、日本国民の、現在および将来の自由は、担保され得ない。
Q 石原慎太郎氏をどう見る?
A ご本人におたずねしたことがないので石原さんの国体観を承知しない。1946憲法が国体変更憲法であるがゆえに石原さんは反対なのか。それとも、反米だから反憲法というだけなのか。そこにわたしは関心がある。あるいは石原版の独自憲法草案を教示してくださればそこはおのずからあきらかになるはず。
Q 憲法96条改正の動きをどう見る?
A 一言で言えば「けがらわしい」。帝国憲法第73條改正でなくてはいけない。
Q 現憲法にも評価すべき点はあるのか?
A 天皇制を実質、守ってくれました。
Q なぜ「主権在民」ではまずいのか?
A 「オレが法律だ」といって勝手気儘をして誰からも刑務所に放り込まれないことが「主権」。人民にそんな主権があるなどと思い上がってはいけない。しかし人民本位に考えないのは近代じゃない。末端の一兵卒が同心しなかったら君主は存続できない。だから吉野のように民本主義とでも言っておくべし。近代の「憲政」を言い表す、適切な用語だろう。そして主権配分(君主、人民、国家)よりいぜんの重大事として、防禦すべきものがあり、それは国民の安全と自由(法の下の平等を前提とす)である。
Q 米国憲法には国民主権についての規定がない。外国の憲法と日本の憲法を比較すると、いろいろおかしな点がないか?
A どの国の憲法も、外国人からみたら「おかしい」ものだ。
Q 五箇条の御誓文をどう評価する?
A 大事でない細かなことを書き込みすぎてない。それによって、ほんらい「死物」であるはずの法文が「活物」となった。その好例。現代日本人のよくない癖は、本当に大事な大切なものと、どうでもいい瑣末なことの区別がすぐつかなくなること。幕末の日本のインテリには、その区別はついていた。
Q 産経案をどう見る?
A ずっとまえの読売案のときもそうだったが、とにかく日本語が役人の作文そのものでみっともなくて読み苦しい。また、前文は、「いままで外国の圧力で奪われていたものを取り戻す。1946からいままでがずーっと間違っていた。だからそれを正してこれを制定する」という主旨の海内への宣言でなければならぬところ、そうではなくて、終始、余計な説教ばかりが書かれてある。この冴えない説教節を数世代後の日本人にも暗誦させるんかい? 据傲というか阿呆というか……。このレベルの説教は、首相談話として同時公表するにとどめておけばいいだろ? 一般にどうして日本人は憲法にいろいろと「書き込みすぎ」たり「硬性」にしとこうとするかというと、それは日本人民の国体観が「意識的」でなく、外国や反日勢力の宣伝にまどわされるのではないかと恐れるから。二等兵=人民の国体観がいちばん重要。そこさえしっかりしてれば何も恐れなくていい。三行憲法でもいい。
Q 憲法に国防の義務を盛り込むべきか?
A 明文で盛り込まずとも近代憲政ではその義務はあるのがあたりまえ。だが、1946憲法はそれがないかのように誘導したものであったから、その害悪を廓清するためには、あらためて明文で盛り込む必要がある。近代憲法は、「いままでおかしかったところを正す」「ついせんだって克服した危機をふたたび招かないように強調し確認しとく」という機能を持つべきだろう。


●「読書余論」 2013年5月25日配信号 の 内容予告

▼フランシス・マカラー『コサック従軍記』新時代社1973pub.
 1906の原書をM41に参本が訳した「胡朔隊二従軍記」。それを現代語化してある。
▼防研史料『明治44年 陸軍兵器本廠歴史 附録』
▼防研史料『陸軍兵器本廠歴史 附録 明治44年次以降 昭和6年迄』
▼防研史料『陸軍兵器廠歴史 第10編』S7~
 さ号車とせ号車の記録が登場する。
▼『昭和16年度陸軍兵器廠歴史』
 対米開戦後に工廠が「モーゼル拳銃実包」を大量に戦地補給していることがわかる。
 「手投火焔瓶」も制式化されている。南で一段落つけたら、すぐに対ソ戦をやる気満々だった。
▼『偕行社記事 No.296号附録 兵器検査講評類纂』
▼『偕行社記事 No.299』M35-10
▼『偕行社記事 No.714』S9-3
▼『偕行社記事 No.715』S9-4
▼『偕行社記事 No.716』S9-5
▼『偕行社記事 No.717』S9-6
▼『偕行社記事 No.718』S9-7
 弥助砲の解説。
▼『偕行社記事 No.719』S9-8
▼『偕行社記事 No.317』M36-7
▼住田正一ed.『日本海防史料叢書 第一巻』所収・藤森弘庵著「海防備論」
 初版はS7-7であるが、それをH1にクレス出版で復刻している。
 むかし、孟子が恵王に説いた。先づ義理の弁を詳らかにする(義は天下の公道である。利は一人の私である)。国是を定める。その次に、手の下し様(民と楽を同じうす)、という順番だった。
 この順番にしたがう。
 開戦し、一敗したら、通商しますなどと気を変えてしまうのは、さいしょから通商するより、十倍も禍である。
 ロシアと通商して、ロシアを頼んで外国(米国)を防げばよいと論ずる阿呆もいる。強盗に助けを求めるようなもの。外国を頼みて敵を制せんとして、国の立ちしこと、古しえより其のためし無し。
 高級官僚どもは、禄だけが大事。妻子を思い、今貰っている高禄をとにかく失わないようにする。天下の安危など少しも思っていない。だから失敗を恐れる。まずい結果になり責任を問われ、左遷されて収入(ポストに付随する足し高と、ポストゆえの莫大な付け届け)をなくしてしまうことをおそれる。ゆえに緊急時にも誰もイニシアチブを取ろうとしない。
 「いかなる良法も時勢かはれば随って移しかへねばならぬ也。天下は活物。しからざれば死法になりて、活物を制する事難し。」
 「防備の術は攻むるに生ず」。
 西洋の「兵士」というのは、皆、わがくにの「中間[ちゅうげん]」のようなものなのだ。無頼・無恥の者をあつめて、軍令をきびしくして、とにかく進退を一にして、隊伍で戦わせている。というのは、兵士はすべて遁げるものだという前提なのだ。遁走させぬように兵を統制して遣うのが、西洋の軍法なのである。
 理想的には武士を戍営に土着させるのがいちばんなのだが、わがくには百姓稠密で、とてもそんな余地がない。だから、「無拠常詰」のプロフェッショナルアーミーとし、平日、水戦(=海上戦闘)を操練させる。「武士皆水と馴るゝ様にすべし」。
 松前は「満州」とロシアに接している。千島も追々蚕食されている。しかるに武備もいきとどかない一小藩だ。手薄である。
 ロシアはますます北方に入植して蚕食する勢いである。
 対して松前藩は「蝦夷〔アイヌ〕を虐使して」追々(ますます)人別(人口)が減少する勢い。どうしようもない。
 もし蝦夷地を失うと、日本という家に垣根の無いも同然の状態となる。そうなっては、ロシアという盗人をふせぐことはぜったいにできない。
 まとまった兵力を配すべきだが、松前藩にはそれに給養するだけの財力がない。となると、文武に長じた諸侯をえらび、その大名に、南部や津軽の領地もあわせてくれてやって、合計で30万石くらいにしてやって移封し、鎮戍させるしかあるまい。加増付きならば、大名家は移封を拒まない。その大名に、「仁恵を加へて蝦夷〔アイヌ〕を存養」させて、人を殖やし、こちらから開拓する勢いに逆転することが、北方防衛の基本方針だ。
 そうじて、「固滞」を除き、「実用活機」を主とすることだ。
 すべての武家において、中間以下の郎党は、足軽以上の働きをするようにして、「戦士」を増やすことだ。
 諸大名に大艦を建造させる。そして、参勤交代をできるだけ大艦でさせる。その大艦には大砲を積ませる。下層デッキにはコメを積んでついでに運べ。商人の商品も載せてやれ。
 参勤交代のないときは、これに海浜戍営の将兵を上乗りさせて海戦訓練をさせる。
 この準備があれば、もし遠方で凶荒があったときは、自在の海運によって、食料を届けられる。
 大艦・大銃は、天下の利器であり、外国人の長所なのであるから、それは採用して、わが長所を増さねばならぬ。鉄砲伝来のときも、そのようにしてきた。
 大艦・大銃も、はじめは外国製を学び、やがては、外国もかなわないほどのものを国産すべきだ。
 この利器がないとなれば、人胆はおのずから、おくれを生じてしまう。
 しかし、彼がまだ知らない火箭、火矢、そのほか焼き打ちの道具をいろいろと工夫し、幾通りもそろえて、敵の不意に出ることだ。
 敵の真似をしているだけでは絶対にダメだ。なぜなら大砲の先進国は、大砲防禦の先進国でもあるだろうから。その不意に出ることはできない。
 陸上の防禦は、まず「清野」の術(=焦土戦術)で、敵軍をすっかり内陸へひきあげてしまい、敵の艦砲が到達しないところで、疾風の勢いでわが軍が肉薄戦法で急襲することだ。
 しかし、百里の内を守ろうとするなら、百里の外にのる(=のりだして攻める)勢いがなければ、守られるものではない。追い討ちだって必要であろう。だから、日本にも、軍艦は必要であるし、その数も、多いにこしたことはない。
 特に江戸湾へ闖入するための虎口である浦賀は、そこに陸上砲台だけを置いても、敵艦を江戸から遠ざける役にたたない。大艦を出して欄遮をしなければ。
 アメリカに対して交易を断ると、イヤガラセにわが沿岸の海運を妨害されるという日本人がいるけれども、こちらに大艦と火輪船があれば、その心配もない。
 台場増築とか、鉄鎖を海面に張れとか、すべて小児の見である。
 海堡は、こちらにまず大艦がなければ、孤立無援となる。そこに大砲を置いても、応援の火力が届かなければ、けっきょくは、敵兵に占領され、なけなしの大砲を奪われるだけである。
 大艦があれば、日本人は攻撃的な気持になる。「決戦」して敵を防ごうという志が定まる。それに対し、台場とか鎖とか杭とか、そんなものは方針からして逃げ腰であり、われわれの志が臆病になる。その精神状態では、決して外敵を制することなどできない。
 そもそも徳川幕府が諸大名に大艦の建造を禁じたのは、地方大名が外国に「通路」して、内証で交易することの弊害ならびに邪宗門の伝染の害が心配されたからであった。
 しかし、大艦の運用権を幕府が一手に握るならば、そんな心配はない。だから、「祖法」をないがしろにすることにはならない。
 建造費も、平時にこの軍艦に商品を積んでもいいということにすれば、商人が出すだろう。
 陣地防禦の類は、たのみにしないこと。それに努力を傾注すると、人々がそれを期待する心を生じさせ、皆が臆病になってしまうから。
 是非なく開戦となったら、もう、これまでの準備の悪さを愚痴ってもしょうがないのであるから、とにかく、衆力を一にして必死をきわめて手詰めの戦さをするより外はない。
 大船は、堅牢でないならば、敵の大砲1発で沈められる。それでいちどに多数が溺れるだけなので、有利とは限らない。むしろ小型船多数で対抗することを考えるのが当座は現実的だ。
 主たる戦法は、大砲で勝とうとせず、乗り移って焼き打ちすること。それを、筏に乗せた大砲で後方から支援させる。
 水兵は、腰に「浮き袋瓢」の類を付けて、溺死を予防すること。
 ……といったことをを嘉永六年七月に書いている藤森恭助、只者ではない。幕末インテリのレベルは今の「軍事評論家」以上なのだ。
▼蜂谷吉之助ed.『藩學史談』S18-6
 平沼騏一郎の国本社の機関誌『國本』にS6から6年間連載されたものを1冊にまとめた。この時点で国本社は解散している。解説寄稿者はいずれも、維新前にその藩で教育された人たち。
 日本の義務教育は、寛政の改革によってほぼ全国的に「制度化」したのだということがよく分かる。
 しかも熱心な藩では、士族は40歳まで藩校に通学する義務があった。
 長州には「小者」はなくて「中間」があったが、彼らには剣術も鎗術も炮術もゆるされず、「棒、捕手、柔、拳」などの武技だけが推奨された。中間階級の山縣有朋の悔しさが分かる。
 毛利敬親は、田舎の村住まいの諸士は、地方の学校の2里以内(1日往復可能)に在宅しなければならぬとした。ここから、家塾がたくさんできることになり、それがそのまま明治の小学校になった。
 「長門の國は、朝鮮女真と相対する海国」という意識があって、『海國兵談』も天保年間に藩校のテキストとして使用している。
 諸役には、不学無芸の者は採用しない。人材ならば二男三男でも登傭する。
 文武は諸士の本職である。しかし、不才無能のものを厳密な発令で就学させても本人に寸益もないから、席簿を汚すだけのようなことはしない。
 宇和島から書生が大坂に遊学すると、どうきりつめても、1ヶ年に10両は必要だった。寛政6年の話。
 烈公は幕府に、文武異職はダメだと認めさせた。それで儒者には僧体させないことになった。
 弘道館記に「文武不岐」と言ってある。
 落第はなく、そのかわり卒業式もない。文武の道に卒業などないのである。 水戸藩では、役人を採用するのに入札をした。今の投票である。
 嘉永5年に横井小楠は諮問にこたえて『学校問答』を慶永に上呈した。そこでは、「学政一致」が必要だとされた。従来、学校からは未だ一人の人才が出たことなし。たとえば、簿書に習熟し、貨財に通じ、巧者にて文筆達者な役人はできるが、その役人には修身の思想がない。儒者はその逆。これではダメだ。
 修己と治人とは一致しなければならない。こういうことは、橋本左内も『明道館記』に記している。
 橋本左内は、キリストの死後、それから「偽帝」(ナポレオン)の前と後とでは西洋世界は一変している、と手紙に書いている。時勢と人情に適合しないと人々の指導などできない、と。左内はまだ23歳だった。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
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 で、タイトルが確認できます。
 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
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ルドベキアのまめちしきを整理してみる

 「老人が働かなくとも過疎の限界農村に独居して食って行ける明るい未来社会」は、かならず日本で実現できる。
 そのカギは、「放任高速増殖植物」を品種改良して、5アール前後の畑地で労せずして栽培し、1年分の生存カロリーを上回る収穫ができるようにすることだろう。
 これで、将来なにがあろうともじぶんは餓死しないで済むのだ……と貧乏老人が心から思えるようになることが、日本社会を底抜けに明るくするだろう。
 その品種の元とするものには、増えすぎちゃって困ると各地で悲鳴が上がっているような野草(しかも、イモのように地下部分に栄養分が蓄積されるタイプ)こそが、いちばん見込みがあるだろう。それらはすべて改良実験すべきである。日本じゅうの田舎の暇人が総力をあげて試していくうちに、きっと良い発見があるだろう。クラウド開発だ!
 だが問題がある。「特定外来生物」を裏庭に植えたりすると、刑事処罰の対象にされてしまうことだ。
 実験の前の段階として、ここがよく分かっていないと、いろいろなトラブルになるだろう。
 そこで今回は、日本語のウェブサイトを見る限り、なかなか話がハッキリしない、「オオハンゴンソウ」(ルドベッキア・ラキニアタ Rudbeckia laciniata)について、自分用の備忘録として、まずまとめてみた。
 というのは、国の法令で明快に栽培が禁止されているルドベキアはこのラシニアータ種だけのようなのだが、地方によっては、類縁のルドベキア(後述する)も、園芸店・種苗店での販売をしないように役所が行政指導しているらしいのだ。それは想像するに、地下茎がしぶとい宿根性の多年草で、夏の成長が高速で、秋にはタネもよく飛散してその発芽力が高いものなのであろうが、どうもそうとも限ってもいないらしい。一年草扱いの品種がまじっているかもしれぬようなのだ。要するに「お上」が園芸店に配布しているペーパーが網羅的でなく、杜撰で、ベテラン店員すら、去年の売れ残り株(冬眠状態もしくは枯死状態)を売っていいのかどうか、判断に迷ってしまうらしいのである。
 というわけで、このルドベキアに関しては、買う方も知識をもっていないと、店員さんを不必要に困らせてしまって、マズいと思われた。
 ちなみに、「反魂」というのは、死人を蘇らせる妙薬という意味で、葉や花びらがダラ~ンと垂れ下がるような植物に、時としてその命名がなされている。よく日本画に描かれる幽霊の両手の甲ね。あれを連想させる姿形です。歌舞伎の脚本だと「反魂香」という霊薬が小道具として登場します。その香をかがせると死者すら蘇るというね。
 ルドベキアの原産地は、北米。北米産の野草は、日本でもよく根付く。逆もまた然り。
 キク科。いまのところキク科は植物の最終進化形のようなので、西洋タンポポのようなスーパー増殖植物も仲間に含まれている。とはいえ、古代植物のスギナもしぶといんだけどね。
 英文ウィキによるとルドベキアはぜんぶで23種類あるという。
 一般呼称は、「コーンフラワー」もしくは、黒い目のスーザン(black-eyed-susan)。
 ここでいきなり話がまぎらわしいのは、「ブラックアイドスーザン」は、米国では、ルドベキア全種を指す場合もあるし、後述の「トリロバ」種や、そのトリロバから改造した商品名の「タカオ」を指す場合もあるのである。
 ところが、「オオハンゴンソウ」は花の中心部(針山ドーム状)が黒くならない(緑→黄と変わる)から、「名詮自性」にもなってないわけだ。
 確実に「無問題」なものは、大手の国内業者が売っているものだろう。
 サカタのタネは「トト・ゴールド」を市販している。その袋には「和名 アラゲハンゴンソウ」「耐寒性1年草」「生産地 ドイツ」と書いてあり、温暖地では秋播きもできるように書いてある。想像するに、これを北海道で秋播きすると、冬のうちに根まで死滅するので、花壇から野山に逃げ出して大繁殖はしないということだろう。とすればこれで実験するのは迂遠であろう。
 いくつかの参考資料をみると、トト や ベッキー は、矮性種だという。それらは、「ルドベキア・ヒルタ」を改造した園芸種だという。「インディアンサマー」や「プレーリー・サン」という商品も、ヒルタを改造した園芸種だという。
 ヒルタ種、トリロバ種、フルギダ種は、花の中心部の色が「茶→黒」と変わるのだという。ずばり、それが「黒眼スージー」の名の由来であろう。
 「灰→茶」と変わる、ピナタ種というのもあるという。
 さて、ここでまた混乱する情報。ヒルタ種は多年草らしいのである。
 また、ネットで検索するとヒットするのだが、「荒毛反魂草」は、日本の一部では野生化していて、それで困っている人がいるのだという。それは農家なのか、ナチュラリストなのか、不明。
 隔靴掻痒なことに、それは(セイタカアワダチソウのように宿根の)多年草だからしぶといのか、それとも(オオブタクサのように非耐寒の一年草ながら)タネが秋にやたら飛び散って毎春大繁殖しているのか、そこもハッキリしない。
 またこれもネット情報だが、ヒルタは、日本では関東よりも早く北海道に大正時代に根付いたという。しかしそれは宿根をしているのか、それともタネで越冬しているのかが、ネットではわからなかった。
 『花の事典』という本は、ヒルタとその園芸種は一年草扱いだと紹介している。春播きの一年草だと。
 別な本では、ヒルタ種は宿根するが短命なのでタネで更新される、とある。
 ヒルタ種の「グロリオサデージー」も、一年草扱い。また、一見、ルドベキアのようにみえないヒルタ種の園芸種に「チムチムニー」があり、これも一年草で、高性種だという。
 トリロバ種は、二年草(秋播き→翌年夏咲き→冬死)で、苗で更新されるという。
 商品としてタカオがあり、それがトリロバ種である。花の中心がダークブラウン。野生化している「オオミツバハンゴンソウ」とは、これのことだという。オオミツバハンゴンソウは「キヌガサソウ」とも呼ぶという。
 ネット情報によると、霜に連続して当たっただけで死ぬが、こぼれ種で確実に増えるともいう。
 地域によって問題視されているようだが、特定外来生物には指定されていない。
 黒目スーザンは、すなわちこのトリロバ=タカオのことだともいう。基本、一年草である。タカオは、花は小さいが、多数が咲き乱れる。
 『花の事典』はタカオを多年草の高性種だと紹介している。
 英文ネットには、トリロバの別名が、茶眼スザン であり、古い野原や道路脇に野生するとある。そしてそれは二年草であるが、短命の多年草にもなり、米中西部に自生していると。
 トリロバは、自家受精を回避するため、花弁は落下してしまう。早く播いた場合、同年咲きが見られる場合がある。葉っぱはザラザラしていて、愛らしくはない。
 大手通販のタキイがタネとして売っているものに「タイガーアイ」と「カプチーノ(学名表記は不明)」がある。カタログには「開花は翌年になります」とか注記されていないから、おそらくそのどちらも、東京近郊で春播きすれば当年咲きとなるんだろう。
 英文ネットで調べると、タイガーアイは、黒目スーザンと同じものなれども、これはF1 だという。つまり交配することで、一年草ながら特別に四季咲きの性質をひきだしているということか。タイガーアイは、乾燥にだけ、弱い。
 F1 の商品だということは、花壇から自然界へ逃げ出しても、同じ性質のタネはできんということか。しからば、劣勢遺伝のタネができて、それが蔓延するということはあるのか? そこが分からない。
 フルギダ種は、宿根ルドベキアの代表で、大株になるという。
 フルギダ種の園芸品種のゴールドシュトゥルム(発音はゴールドストルムかゴールドスタームかも)は、よく枝分かれし、中心が黒の黄花を長く咲かせるという。
 ゴールドシュトゥルムと似たようなのに、ゴールドスターがある。
 商品名の「リトルスージー」は、米国では black-eyed Susan の仲間だと括られるが、フルギダであり、多年草である。
 背は低く、6月から9月まで咲く。
 商品名は、正しくは、名前の最初に「ヴィエットの」が付く。Viette’s Little Suzy という。マーク・ヴィエット氏はヴァジニア州の植物改造人で、6年かけてこれをつくった。
 中央円盤は、茶紫色になる。黒目スーザンより花が小さい。その代わり花期が長い。鹿に食われても死なず、丈夫である。
 花の中心部は、花後に茎をカットしないでおくと黒い釦のように冬まで残って、そこに小鳥がきてタネをついばむのだという。
 園芸種の黒目スザンとヒルタは、花期が長いという。
 ルドベキアを食害するイモムシや蛾は存在する。
 ルドベキアの学名は、スウェーデンのウプサラ大学の植物学教授の Olof Rudbeck (1660~1740) ならびにその同名の父 (1630-1702) にちなむ。リンネもルドベック氏から教わったことがあったそうだ。
 一英文サイトによると、黒眼スザンとは、ヒルタのことである。英語でも、荒れ地菊とか、牛の眼花、などと呼ばれるそうだ。
 black-eyed Susan は1918年にメリーランド州の州花となっている。
 インディアンのオジブワ族は、ヒルタの根を、蛇に噛まれたときの治療薬にしていたという。また別なインディアン族は、根のジュースを耳痛の薬にしていたという。
 ラキニアータは、大反魂草であり、多年草である。
 この葉っぱを生食する人もいるのだという。
 が、馬、羊、豚には毒であるとする文献もあるという。
 ラキニアタ=大反魂草は、枝分かれがある。茎はしばしば無毛。花弁はしだれる。花は、普通の蜂だけでなく、スズメバチも惹きつける。
 ミズーリ州の野生種は、湿気を好み、多年草である。
 野生では3mになるが、栽培だと1m。
 花の中心部は緑色。
 ルドベキア・マキシマは、グレート・コーンフラワーともいい、全長8フィートにもなり、タネは小鳥が食べる。
 カナダには、ピナタ種のいくつかが、野生している。高さは1mにとどまる。花の中心部を破壊するとアニスの香りがするという。
 湿地でも乾燥地でも育つ。林縁、道路脇でよく見る。他の植物に競争で負けることは稀である。
 コルドバ種は、みためが blanket flower(テンニンギク)に似るという。
 マヤ種は、背の高いマリーゴールドのよう。
 チェロキー・サンセット種は、菊に似た花という。
 英文ネット情報によると、オータムカラーズという商品は、多年草なのだが、10月に猛吹雪に遭ったら、死んだという。
 日本文ネット情報によると、オオハンゴンソウは、根の構造が、他種とは別格なのだという。その画像情報がネット上にないのが、残念だ。それこそ、放任増殖植物を創製していくためのヒントとなるはずなのに……。


●「読書余論」 2013年4月25日配信号 の 内容予告

▼防研史料『明治43年 陸軍兵器本廠歴史 附録』
▼防研史料『明治44年以降 陸軍兵器本廠歴史 第九編』
 2.26事件直後に憲兵隊は大量のアストラ拳銃を導入していた。それはいったい、どこへ消えたのか? 憲兵の子孫宅に今も眠っているのではないか?
▼『偕行社記事 No.301』M35-11
▼『偕行社記事 No.302』M35-11
▼『偕行社記事 No.303』M35-12
 日本製の弾薬は自爆し易かった。その設計や管理をする分野の人材を、明治政府は育成せず、また厚遇もしなかった。それが祟っているのだ。
▼『偕行社記事 No.304』M35-12
▼『偕行社記事 No.307』M36-2
▼『偕行社記事 No.296』M35-8
▼高木惣吉『太平洋戦争と陸海軍の抗争』S42-8
 S18-9~11の古賀長官の判断。もし米機動部隊が、ビスマルク諸島から北の海面に進出するようになれば、日本側はレーダーが非力で、島もまばらなので、哨戒も反撃も不可能になる。
 ノーマン・エンジェルは『公衆心理』で書いた。公衆は、政治的決断にさいして、自明の事実、周知の真実を、無視しようとする。それはどんな無教養の者にとっても「誤謬」と判断できるものだが、それを国民は、しばしばやらかす。
▼福田敏之『姿なき尖兵――日中ラジオ戦史』H5-3
▼樋畑雪湖『日本絵葉書史潮』S11-4
 あんがい貴重な戦場写真が エハガキという形態で後世に伝えられているのである。
▼小川寿一『日本絵葉書小史(明治篇)』H2-9
▼藤井正雄ed.『墓地墓石大事典』雄山閣、S56
 アメリカ文化は、死との直面を回避するので、南北戦争でとうとうエンバーミングがビジネス化した。
▼ポール・ウォーレス著、高橋健次tr.『人口ピラミッドがひっくり返るとき』2001-6、原 P.Wallace 1999.
 トロツキーいわく。「人間に降りかかるすべてのものごとのなかで、老いは最も思いがけないものである」。
 安全保障アナリストたちは、ロシアが西側諸国に与える脅威を心配するどころか、中共にたいする防波堤としての役割をロシアが果たせなくなっていく状況に、動揺することになるだろう。
 欧米にキャッチアップしたあとの日本の「過剰投資」は、「資本の浪費」だった。日本の不況は人口ピラミッドの必然であるゆえ、ポール・クルーグマンは、インフレへの回帰こそ療法だと断じた。
▼滝川政次郎&石井良助ed.『人足寄場史』S49
 免囚保護を国家事業とする矯正恤刑の思想が江戸時代からあったことについて。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
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どうやら「オスプレイ調達」は、アメリカ政府から日本政府に対する「命令」らしい

 15日に届いた『朝雲』#3052によると、3-11の衆院予算委員会で小野寺防衛大臣は、「個人的な感覚で言うと、小笠原を含めた離島での患者搬送には非常に大きな威力を発揮するのではないか」と述べ、急患空輸を視野に自衛隊へのMV-22の導入に前向きな考えを示したという。
 この質問をしたのは自民党の西銘恒三郎代議士だという。
 こういうのは「馴れ合い質疑」といって、答えたい話が先にあって、それを、気心の知れた味方の議員に議場でわざわざ質問してもらうものである。
 質問の内容がとつぜんに奇襲的に変更されることもない。
 ということは、以下の推理が可能だろう。
 小野寺氏は、自衛隊がオスプレイ(および水陸両用兵員輸送車 AAV7)を必要としていないことを知らないか、知ってはいるがそんなことはどうでもよい何か事情があって、誰かの意図にひたすら迎合して、それらの調達の実現のために日本の国益を犠牲にする肚を括っている、と。
 げんざい、小笠原村からの急患輸送は、厚木基地の海自所属の国産(新明和)の4発飛行艇が実施している。父島の二見港にも海自基地があり、その砂浜に、この飛行艇が這い上がれる「斜路」が整備されている。「斜路」がない母島その他でも、ゴムボートで海浜から患者を機内に搬入することができる。
 国産4発飛行艇は、速力でも、航続距離でも、上昇限度(これによって台風や積乱雲を回避しやすい)でもオスプレイより大である。しかも、いちどにヨリたくさんの患者を運ぶことができる。(最新型のUS-2なら機内の与圧もされている。これは潜水病患者にはありがたいことだろう。)
 この国産飛行艇による患者輸送を止めて、オスプレイに代替することに、ぜんたいどんな国益があるというのか、小野寺氏がもし売国奴でないのならば、国民に説明すべきだ。
 国産四発飛行艇は、遠洋で漁船が転覆したような場合の救難活動にも威力を発揮する。オスプレイは、ダウンウォッシュが強力すぎるために、ホバリング&ホイストによる救難活動は、実用的だとは思われていない。
 またげんざい、南西諸島での急患輸送は、自衛隊のバートル型の大型ヘリコプターが担任しており、その航続力と収容能力には何の不足もない。
 本州の病院への高速搬送が必要な場合には、最寄の空港で空自の固定翼機に患者を移し換え、さらに本州の飛行場で救急車または小回りの利くヘリコプターに移し換えることができる。
 バートル型の大型ヘリコプターは、3000m級の日本アルプスでの救難活動にも使える。が、オスプレイは、そのような標高ではホバリングそのものが苦しくなり、且つ、ダウンウォッシュも強すぎるので、高地での救助に役立つ機体であるとは思われていない。
 もしオスプレイを導入すれば、自衛隊が整備しなければならない機体の種類、エンジンの種類が増え、整備員の教育訓練も新規に別にしなければならず、維持の費用(特にスペアパーツ代)が嵩み、他の必要な予算を圧迫してしまう。これがどうして日本の国益になるというのか、売国奴でないならば、小野寺氏は説明すべきだ。
 防衛省は民主党政権時代から「オスプレイ」と「AAV7」(どちらも米海兵隊アイテム)を予算要求したがっていた。このことからわたしは、陸幕が海兵隊に洗脳されているのではないかと疑っていた。しかし自民党の大臣も肚を括ったということになると、これはもはや海兵隊イシューではない。米国政府イシューなのであろう。
 「オスプレイ」は、米陸軍からは見向きもされていない機体である(長所は速力だけで、航続距離は最新型のチヌークと違いがなく、運べる兵員数=救助できる民間人数は、チヌークが格段に多い。オスプレイ機内には高速ゴムボートも入らない)。
 こんな素晴らしい輸送ヘリであるチヌークを、陸自はすでに持っており、部品はすべて国内で調達できるようにもなっているのである。陸自のヘリ部隊の現場では、誰もオスプレイなど欲しがってはいないとわたしは想像する。現場が欲しくもないものを、内局と政治家が押し付けようとしているのだ。もうその背後には米国政府様がいらっしゃるのだと想像すべきだろう。米海兵隊は、直接に日本人にはたらきかけたのではなくて、得意技である米政府へのロビー活動を成功させたようだ。
 アメリカ政府から日本政府に対するこうした「命令」がどのような仕組みで処理されているのかの推定は、拙著『日本人が知らない軍事学の常識』に書いてあるので、未読の人は参照して欲しい。
 小野寺氏は「国賊」と呼ぶにはまだ小者すぎるとしても、「売国奴」にはかなり近づいているように思う。すくなくともわたしはこの代議士の見識の低さに失望し、厚顔無恥に呆れた。
 拙著『「日本国憲法』廃棄論』でも述べた如く、国会改革や選挙制度改革の主眼は、頭の良い人間を国会に送り込むことを重視するのではなくて、下僚の言うなりに日本の国益を合法的に他国に移出せしめて恬淡たるこの種の売国奴を一人たりとも国政に参画せしめないことの方に狙いを絞って行くべきだ。


『「日本国憲法」廃棄論――まがいものでない立憲君主制のために』(草思社)のご案内

 見本がもう出ているはずですが……(わたしは現物を未受領です)。定価¥1680- です。
 配本予定は3月13日です。(奥付は3月21日)。
 内容は、〈立憲君主制のススメ〉であります。
 憲法論を、面白くてタメになる「読み物」に仕立てられた人はあまりいないでしょう。とくにそれが、アンチ「マッカーサー憲法」の立場から書かれたものならば、絶無のはずです。
 東大法学部は、なぜ、偏差値が高い(教養課程からそこへ敢えて踏み入ろうとする人がそんなにいない)といわれているか。たぶん、日々読み込まねばならぬテキストの分量がハンパじゃないので、敬遠されてしまうのでしょう。通常レベルの法文系の秀才君ならば、他のことなど何もできなくなってしまうぐらいの負荷量なのかもしれません。おまけにそのテキスト類は、無味乾燥であったり、「マッカーサー憲法万歳」の、道徳的に歪みまくった《応用宗教学》だったりするわけでしょう。達成感すら予期し難い。
 あるいは なかには、「集中力」だけの自慢ができるという学生が、「よーし他の学生がおじけづくようなところなればこそ このオレ様がやってみせて目立つか」と、何かそれまで特段持ってはいなかった人生課題を与えられたような気になれるところが帝大法学部なのかもしれません。いずれにしましてもそこを通過してきた人々が、内閣法制局はじめ、日本の立法・行政・司法の枢要におさまっています。この日本で「法学」をやることは、理性に忠実たらんとすれば、いかさま難儀な話でござろう。
 まぁしかし、本書がその状況を変えるでしょう。
 共産党や朝日新聞は、〈マック偽憲法の9条の改憲は許さないゾー〉と明け暮れシュプレヒコールなご様子。けれども彼らが真に防衛したいのは「9条」じゃありません。「前文」と「1条」なのです。それが中共が冀うところでもあります。
 しかしそのことをあけすけに口に出してしまえば、国民の支持が日共や左翼新聞を決定的に離れるということが読めていますので、かれらは、カムフラージュ宣伝として「9条」だけを殊更にとりあげるという叛逆戦術を決めているのでしょう。
 わが国の安全と自由を最も左右するのも、あくまで「1条」と「前文」であって、「9条」などはほんとうにどうでもいいものなのです。それは一夜にして公然と無視され得ることはみんなが知っています。だって「違憲」の自衛隊がこんなにも長く持続しているじゃないですか。
 近代憲法とは、それじたいが「国家の説明責任」とイコールです。
 ところでこの「説明責任(リスポンシビリティ)」という概念が、江戸時代にも、それから明治いらいの近代日本人の中にも、ぜんぜん無かった(したがって、こなれた日本語の訳語も当てられない次第)。日本語の喋れないオランダ人ジャーナリストのウォルフレン氏が著作でしつこく説明をしてくれるまで、誰も気にもかけてなかった。たしか90年代でしょう。わたしには、つい昨日のことのようです。
 藤森弘庵(天山。寛政11~文久2)という水戸系の儒学者が、嘉永6年の黒船来航直後の七月に『海防備論』というのを出していて、その全文はいまだに読むことができないのが地方住まいの貧乏人として遺憾なのですが、目次だけは分かっています。「総論之一 志を定め、国是を明らかにすべき事を云ふ」。「総論之三 全体の結構を立つ可き事を云ふ」。そして、「処置之宜論五 文武合併の大学校を設る事を云ふ」。
 まぁこの人は水戸斉昭を「総督」にして、徳川将軍の権力を移そうと運動したぐらいで、その「国是」は「近代」には重ならなかったことだけは確実に想像ができますけれども、国家の大綱を論ずるときに先づ「国是(日本の場合は天皇制をどう公定するのか)」からハッキリさせて行こうぜという気組みは、まっとうなのではないでしょうか。この人は「説明責任」が分かっていたと思います。わたしはこの「目次」にすっかり感心をしました。
 水戸では會澤正志斎が文政8年に『新論』を著わしていて、早々と理路整然と明治維新に到るロードマップを説明していました。藤森もこれを読んでいたから、自説を素早くまとめ得たのに違いない。
 「説明責任」という概念は知らずとも、彼ら幕末のインテリたちには説明の意欲があり、それを発揮する能力がありました。
 ところが今どきの憲法論者たちや代議士たちときたら、根本の説明義務を欠いて平気である。だから「政治家」ではなく政治屋ばかりとなり、「維新」だって再現できないんだろうとわたしは思います。
 かつては読売新聞が、そして4月にはどうやら産経新聞が、「改憲案」を出すそうです。でも、そのメンツを仄聞するところでは、どうも「国是」より「9条」に関心が集中している御歴々のようだ。それだといかにも底の浅い作文にしかならないんだよね。読売案のときも大向こうがガックリとしたものです。「なんてこった、いまや わが日本には こんな薄っぺらな憲法思想家・国家学者しかおらんのか」という絶望で……。まぁひとつ、『「日本国憲法」廃棄論』でも読んで、志を入れなおして貰いたい。特に内務省の残党ね。
▼目次の一部抜粋(最終校正以前のデータを参照しているので、できあがりの刊行物そのものではありません。オ~イ、はやく見本をオレに呉れ、草思社さん!)
■まえがき――立憲君主制こそが特権の暴走を防ぐ
■第一部  自由と国防は不可分なことを確認しよう
・あなたの所属する近代国家だけが あなたの自由を保障できる
・離婚した異国籍夫婦間の子供は、どちらのものなのか?
・高度の安全と自由を両立しえた日本という国
・時代と土地と生産が異なれば、集団の正義も変わってくる
・「イギリスに成文憲法がない」という話は本当か?
・明治39年までも憲法無しで大国面[づら]ができたロシア帝国
・憲法で「市民の武装は権利だ」とする国としない国。どっちが正しい?
・「押し付け憲法」の事後承認は、惨憺たるイラク戦争も誘導した ※現代世界に大迷惑をかけている「日本国憲法」。
・存在しない「人民」などに主権を与えれば、日本が分解するだけ
・昭和前期に国会はなぜ権力をなくしたか
■第二部  「押し付け」のいきさつを確認しよう
◎H・G・ウェルズとF・D・ローズヴェルト
・「世界統一政府」構想の萌芽 ※FDRはハイチにて憲法押付前科一犯たる事。
・ドイツ参謀本部式の奇襲開戦主義を禁じた1928年のパリ不戦条約
・ウェルズが書いたサンキー人権宣言
・マック偽憲法の中核にもされたローズヴェルトの「四つの自由」
・スティルウェル将軍が証言するローズヴェルトの宗教意識 ※自身が再臨キリストだと思ってた。だから「新約=ニューディール」。
・「アンチ・ウェルズ」だった「四つの自由」
・カトリック票もとりこむ絶妙のレトリック ※ライムインザディッチ。
・「自存自衛」と「preserving its own security」の関係
・ヒトラーが手本を示した最新版の対大国の開戦流儀 ※スタ演説、モロトフ声明も抄訳。
・合衆国憲法違反の日系人強制収容 ※FDRが日本などに何の関心もなかったからこそこういう措置が通った。彼の頭の中はドイツだけだった。
◎アメリカ側の準備
・「無条件降伏」の目標設定
・1944年、ローヴェルトに同心しない「知日派」の活動が始まる
・「聯合国」と漢訳もされた戦後の超国家機構が起案される ※この漢訳は自然でなく、蒋一派の意図的なもの。
・大統領への野心に火がついたマッカーサー
・ありのまま評すれば日本は侵略国だとスターリン
・ヤルタ会談で対日戦後処理が相談される
・バーンズ回答でも国体は保証されず
◎改憲草案をめぐる攻防
・終戦詔勅においては「セルフディフェンス」を撤回 ※外務省が隠したい原罪について。
・偽憲法の精神ともなる「初期対日方針」が指令される
・新憲法を作れとマッカーサーから迫る
・占領下の改憲は「ハーグ陸戦条規」違反になるという道理も百も承知
・幣原は、占領初期の改憲というポ宣言違反にも合意
・凶悪犯も超法規的に解き放って政府をゆさぶる米国の戦術
・大急ぎで妥協点を探す過程での紛乱 ※兵頭は戦後の幣原は評価する。
・梨本宮元帥の逮捕
・ソ連の猛反発と外交攻撃が開始される
・1946年元旦詔書
・あわただしき正月
・「戦争放棄」を憲法で明文化することが即決される
・政府の松本試案は否定され、「マッカーサー・ノート」が作られる
・フィリピン憲法との異同 ※ハイチ憲法のジャンダルム=警察予備隊。
・ケーディスらが8日間で新憲法を書き上げる
・勅語による明治憲法改正の指示
・市ヶ谷法廷での戦犯裁判に並行して国会議事堂での改憲審議が進む
・「9条」に加重された「文民大臣限定」
・冷戦開始直後の混乱
・歴史の繰り返しサイクルはまだ終わっていない
■第三部  国民史は「改正」ではなく「廃棄」からこそ再生する
・「偽憲法」よ、ありがとう
・なぜ「自衛権」は、日本でのみ誤解されていたのか? ※それは内務省の独善的な出版検閲のせいだった。
・「無慈悲な官僚制」を必要とする国々がある ※ウィットフォーゲルが到達できなかった地理政治決定説。
・ならば、新憲法ではどんな点に注意すべきか
・「国防の義務」と「スパイ防止法」のない近代国家は無い
・偽憲法の放置が長引くにつれ日本人が不自由になると懸念した江藤淳
■あとがき――「日本国憲法」が日本国民を危険にし不幸にする
■著者プロフィール
兵頭 二十八(ひょうどう・にそはち)
1960年長野市生まれ。
1982年1月から1984年1月まで陸上自衛隊(原隊は上富良野)。
1988年、神奈川大学・英語英文科卒。
1988年4月から1990年3月まで、東京工業大学大学院の江藤淳研究室に所属(社会工学専攻修士)。※これはじぶんではあまり宣伝しないことにしているのだが、タイトル柄、こんかいはしょうがねぇ。
その後、軍事雑誌の編集者などを経て、フリー・ライター。
2002年末から、函館市内に住む。
著書に、『日本人が知らない軍事学の常識』『北京は太平洋の覇権を握れるか』(以上、草思社)、『やっぱり有り得なかった南京大虐殺』(劇画原作)、『ヤーボー丼』『武侠都市宣言!』『ニッポン核武装再論』『近代未満の軍人たち』『日本海軍の爆弾』『【新訳】名将言行録』『【新訳】孫子』『【新訳】戦争論――隣の大国をどう斬り伏せるか』『日本人のスポーツ戦略――各種競技におけるデカ/チビ問題』『精解 五輪書』『極東日本のサバイバル武略』『新解 函館戦争――幕末箱館の海陸戦を一日ごとに再現する』など。


◎「読書余論」 2013年3月25日配信号 の 内容予告

▼旅順市文華堂pub.『旅順の戦蹟』S11-1
 この写真集はすばらしい。
▼上田恭輔『旅順戦蹟秘話』原S3、S4repr.
 沈没艦船の位置図が詳細ですばらしい。
 永久堡塁のアーチトンネルのコンクリートの厚さは10呎近くある。
 営口の軍政署付の検疫医に、野口英世がいた。
▼井上晴樹『旅順虐殺事件』1995
▼防研史料『砲兵會記事』第2号、大7-4
▼防研史料『砲兵會記事』第13号、大10-2
▼防研史料『砲兵會記事』特号、大14-7
 日本軍のMGの故障について。
▼防研史料『砲兵會記事』ナンバー無し、大15-9
 ニッケル無しで砲身を造ったドイツはどうなったか。
▼防研史料『明治40年 陸軍兵器本廠歴史』
▼防研史料『明治41年 陸軍兵器本廠歴史』
▼防研史料『明治42年 陸軍兵器本廠歴史』
▼防研史料『明治43年 陸軍兵器本廠歴史』
▼『中央史学』第12号(H1-3)所収・坂和雄「砲術伝書に見る玉径〔に〕ついて」
▼防研史料『砲兵全書』S17-5
 S14-10-24改定砲兵操典を紹介している印刷物だが、「陸軍刑法」最新版と「陸軍懲罰令」の附録がむしろ役立つ。
▼防研史料『大戦後現われたる火砲と大威力機関銃』S11-12陸技本tr.
▼防研史料『昭和9年編纂 砲兵用 兵器教程附図』by陸軍教導学校
▼防研史料『昭和9年編纂 砲兵用 兵器学教程 附図』by陸軍教導学校〔箱54〕
▼金森久雄・他『高齢化社会の経済政策』1992
 難民や外人労働者をさいげんなく受け入れれば、その「保護」を名目として、外国から派兵される。
▼『エイジング事典』
 「バリアフリー」は1960’sの米国で、帰還廃兵への思いやりとして始まった。
▼『岩国市史』S32
 特に鳥羽伏見以降の吉川=岩国藩兵の活躍について。
▼大山柏『戊辰戦役史(上)』S43
▼『戊辰上野之戦争』M23
▼伊吹武太郎『歴史を変えた五日間 鳥羽伏見で勝因を探る』H7
 これは良いまとめ。
▼八木彬男[あやお]『明治の呉 及 呉海軍』S32
▼『横浜開港資料館紀要』12号(H6)
 中武 香奈美「幕末維新期の横浜英仏駐屯軍の実態とその影響――イギリス軍を中心に」
▼上田純雄『岩国人物誌』S45
▼大岡昇『郷土岩国のあゆみ』S49
 この本に日新隊は出てこない。
▼『増補 防長人物誌』原S8、S59復刻
▼陸軍軍医団『軍医団雑誌』No.318(S14-11-10)
 ノモンハンについての検閲無しの貴重な証言が満載である。ある意味傍観者の軍医が見たままを語っているので。
▼陸軍軍医団『軍医団雑誌』No.319(S14-12-1)
 戦場心理では、鉄帽に弾が跳ね返ったときでも「やられた」と感ずる。
▼『六合雑誌』32巻11号(1912-11月号)
 乃木大将の上書はともあれ、寺内〔首相〕、宮相、田中義一等の諸氏に対する遺書の内容が公表されないのはおかしいだろ、と。
▼『山本七平全対話 5』1984-12
▼『山本七平全対話 8』1984-12
 つか・こうへいは、「だまされた、だまされたといってた奴に、われわれはまただまされた」といい、それがウケる。
▼防研史料『「戦訓」 航空基地急速設営ニ対スル機械力利用所見』byニューギニア ワクデ基地 仮称103設営隊長、S18-3-31
▼『偕行社記事 No.279』M34-12
▼『偕行社記事 No282.』M35-2
▼『偕行社記事 No.284』M35-3
▼『偕行社記事 No.233』M33-1
▼横森直行『提督角田覚治の沈黙 一航艦司令長官テニアンに死す』光人社S63-5
 角田の評伝は、これ以前には無しという。
▼中山太郎『未来の日本を創るのは君だ! 15歳からの憲法改正論』2008-11
▼中山太郎『実録 憲法改正国民投票への道』2008-11
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 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
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防衛省発行『我が国の防衛と予算(案) 平成25年度予算の概要』を読みて

 小生、2013-1-1から「海上保安庁政策アドバイザー」の任期が切れ、律儀な御役所さんと見えて、いらい海保からはマスコミ向け資料(毎回の記者会見の概要なども分かる)を一切郵送して来なくなったので、まあ今後話柄にとりあげることもすくなくなろうけれども、防衛省さんからは引き続き資料が郵送されて来るから(ただし記者会見の概要は含まれない。防衛記者クラブにはかなりディープな情報が記者会見以外の場で渡されているはずで、それが朝日のウェブ版消去記事となったのだろう)、例によってその注目点を指摘し、コメントを残しておくのは田舎の評論家の義務でもあろうかと心得る。
 『我が国の防衛と予算(案) 平成25年度予算の概要』は、奥付によるとH25-1刊行で、防衛政策局・防衛計画課と、経理装備局・会計課の合作である。再生紙A4版・平綴じ、本文46ページ、カラー図版挿入の冊子パンフレットで、たぶん非売品だ。
 135億円が、E-767とE-2Cの「運用拡大」を支えるための燃料費、修理費、通信維持費等のために要求されている。
 憶測するに、対露だけでなく対支の常続的監視も同時に必要になったのだから、JP-8代や交換部品代や衛星回線借用料も倍増せねば追いつかなかったはずのところ、売国民主党政権は、何もしていなかったのだろう。だが、それを言い訳にして先般の領空侵犯を不可抗力と言い逃れることは許されない。シナ人が低速機や無人機で領空侵犯を狙ってくる企図はプロならば当然に予測せねばならず、その「抑止」のための措置はいくらでもあったのにもかかわらず、漫然と過去のルーチンに安住して敵に凱歌を進呈したのだから、陸軍ならば歩哨の懈怠も同罪であり、第一責任者たる空幕は全部入れ替える必要があるし、海自のピケット艦を遊弋させる等の措置を講じなかった上級責任者も、譴責無しで済まされることではない。この責任問題をうやむやにするなら、日本軍は第二次大戦中のような「不適格人材の放置」を主因とする自滅的な拙戦をシナ軍相手に再演すること必定だろう。
 89億円が、宮古島と、宮崎県高畑山の空自防空レーダーをFPS-7に換装するために要求される。
 わたしゃこの「7」というレーダーについては何ひとつ知るところが無いんだが、昨年から話題になっていた「西日本にXバンド・レーダー」っていうのは、こいつのことなんですかい?
 1億円が、「宇宙状況監視」のために要求される。
 具体的には、朝雲新聞によると既存のFPS-5(ガメラレーダー)を宇宙デブリ監視用にソフト改造してみるというんだが、デブリ(これは「シナ軍の新鋭ICBM試射の際にそのデコイ分離タイミングを精密に観測すること」を言い換える日米の符牒のようなものだろう)を仔細に検分するためにはXバンドじゃなくちゃダメなはずで、つまり「(なんちゃって)デブリ監視」の役目も主に「7」で担うことになるのじゃないの?
 3億円が、那覇基地でのE-2Cの常続的運用態勢確立のために要求される。
 この予算が通る前の「緊急措置」ということにして、下地島の滑走路をE-2Cの給油用に使いなさいよ。誰も反対しないよ。
 1000万円が、「短波レーダー等の警戒監視技術」の技術動向の調査と研究のために要求されている。
 これって「OTHレーダー」でしょ。我が目を疑いましたよ。とうとう日本も独自に建設する気になったのか。さてそうなると立地ですよ。こいつは電力を喰うから、送信局は島嶼部には置けない。しかし、「受信局」は最前線の島嶼に広く散在させる、マルチスタティック方式にするべきだよ。当然、そこまで考えてるよね?
 F-35関連では、「国内企業が製造に参画するとともに、F-35の国際的な後方支援システムに参加」と注記してある。
 国内大手企業が待ちに待っていたのはコレだったのだね。F-35のパーツを米国を経由して世界中のユーザー(といっても今の調子だとイスラエルしかいなくなるぞ絶対)に売る。F-35はコスパ上の「失敗作」確定だから、ここですぐに大儲けしようってんじゃない。この「一線」を突破することで、将来、他の分野での「兵器部品輸出」に道が開かれる。一回、輸出の枠組みがエスタブリッシュされれば、あとは決河の勢い。誰も日本製パーツの奔流は止められねえ。道理で株式指数が爆上がりするわけですよ。いままで実績ゼロの分野が10倍、100倍に伸びる。そこに機関投資家が注目するのはあたりまえすぎますわな。
 25億円が、「水陸両用車の参考品」4両購入のために要求されている。
 波が高いと使えない、断崖にも這い上がれない、敵が水際地雷や沈底式機雷を撒いたら近寄れない、敵が曲射弾道のATM持ってたら池のアヒル同然に死あるのみ、第一空挺団が半日でとっとと陣地占領・築城工事してしまえる離島に1週間かけないと接近すらできない(その間にシナ人は橋頭堡を確立して東京政府を核恫喝して、わが揚陸艦の動きは途中で止まる)、そんな売国精神フルコースのアメリカ製「AAV(Amphibious Assault Vehicles)7」を陸自用に調達する気満々だね。民主党政権時代から一貫してこれを推進している内局の工作員はいったい海兵隊からどんな接待をされたんだ? 海兵隊など滅亡確定の恐竜にほかならず、時勢は英軍の「ロイヤルマリンズ」(それを模倣したのが米海軍のシールズ)のような少人数上陸作戦に完全にシフトしているのに、時代に逆行して海兵隊の真似を陸自にさせようというのだ。これは米国海兵隊以外の誰の利益にもならない。島嶼防衛の要訣は、敵にそもそも上陸をさせないことで、そのためには水上をノロノロと接近する装備は無用の長物。チヌークか高速艇で守備隊を先に送り込んでしまうことが、安全・安価・有利な対策である。国会議員諸君は、こんな亡国の予算案を認めてはならない。
 800万円が、「諸外国におけるティルト・ローター機」の調査研究に要求されている。
 構造的危険機オスプレイを、信頼性が確立している現有チヌークの後継機として買いたくてしょうがないらしい。内局内には、海兵隊から完全に洗脳されちまった、もしくは、天下り利権に理性を失っている御仁がいると見た。
 チヌークの航続距離はどんどん伸びており、オスプレイに遜色はない。しかも3000m級の山岳地がある日本の地形ではチヌークのホバリング能力はオスプレイを断然に上回っている。遠くの島へ速くかけつけたいなら、国産飛行艇のUS-2を大量調達した方が、よっぽど日本の景気はよくなる。US-2は内陸飛行場にも降りられる。そこから沖合いの軍艦まで邦人をピストン輸送することも可能だ。もとより140万人もの在支邦人は回転翼機で救出できるような数ではあるまい。カントリーリスクを強調して平時から大陸への渡航を抑制させることこそ、まともな責任ある政府というものだろう。
 いうまでもなく、軍事作戦的には、チヌークの最新型をどんどん増やすことが、現実的・合理的であり、日本の国益である。
 この800万円は亡国の端緒であり、絶対に承認してはならない。
 比較して、民主党政権時代に鳴り物入りでブチ上げられた「グローバルホーク」に関しては、なんと海外調査費100万円が要求されているのみだ。担当係官1名が北米とグァムに出張旅行したら消えてしまう額で、「当政権として、やる気はまったくありません」と表明したに等しいだろう。
 いまや国産の高性能4発哨戒機があるというのに、シナ軍のSA-2で簡単に撃墜されてしまう、しかも運用基地はアンダーセンを間借りするしかない、そんなグロホを大枚はたいてわざわざ導入するメリットは、誰が見ても皆無だろう。
 253億円が、「在日米軍従業員の給与及び光熱水料等を負担」したり「在日米軍従業員に対する社会保険料(健康保険、厚生年金保険等)の事業主負担分等を負担」するために要求されている。
 これってもう誰かの「利権」になっちゃってるんでしょうね。誰が考えてもありえないでしょ。金額といい内容といい、非常識きわまる。これがいままで国会を通ってきたということは、議員も役人もみんな腐ってるってことだね。


●「読書余論」 2013年2月25日配信号 の 内容予告

▼山岡惇一郎『田中角栄 封じられた資源戦略』2009-11
 造兵学者の大河内正敏について詳しい。ピストン・リングが現代航空戦のキー・テクノロジーであり且つ戦時量産のネックになると見抜いていた慧眼の大河内が戦前に書いたものは国会図書館にたくさんあるのだが、彼自身が戦後どうしていたのかはよく分からなかった。この本のまとめにより、承知ができた。
▼『大正ニュース辞典』毎日コミュニケーション
 泰平組合スキャンダル関係記事を拾った。国会で公然と議論されていたところが、大正デモクラシーらくして良い。
▼『内外兵事新聞』
 村田少佐がつくった「室内銃」について。
▼『偕行社記事 No.282』M35-1
 南部小銃製造所長の小銃談。
▼『内外兵事新聞 第21号』M9-7-31
▼『内外兵事新聞 第22号』M9-8-7
 村田の「軍用銃原因略誌」という寄稿がある。
▼防研史料『自動砲教練』宮沢部隊本部 ?年
▼防研史料『満蒙ニ於ケル兵器使用上ノ注意』陸技本 S9-10
▼防研史料『伐根車 取扱法』陸軍航空審査部 S20-4-5
▼防研史料『蘇軍手榴弾説明書』陸技本 S16-8
▼杉本勲ed.『幕末軍事技術の軌跡――佐賀藩史料「松乃落葉」』S62
▼宮田幸太郎『佐賀藩戊辰戦史』S51
▼『田中角栄 私の履歴書』S41-5 日経刊
 この自伝が出たあと、山本七平は、旧軍体験者との対談の中で何度も、准尉に取り入れば軍隊ではほぼなんでも可能だった、と確かめ合い、角栄は満州の騎兵聯隊で准尉に賄賂をつかませて仮病で除隊したと匂わせていた。その真偽について、ここで精読して判定しよう。ちなみに南次郎によれば騎兵聯隊は不良将校の吹き溜まりだったそうだけれども、田中の回想にはそれらしい記述はない。
▼牧野和春『巨木再発見』1988-6
▼中出栄三『木造船の話』S18-9
▼鈴木雷之助『薩摩大戦記』M10-3-10~M10-4
▼清水市次郎『絵本明治太平記 全』M19-11版
▼馬場文英『改撰 鹿児島征討日記』M11-7
▼塩谷七重郎『錦絵でみる西南戦争』H3
 乃木少佐が軍旗をとられた事実についての政府による検閲が当時あったことは、以上の一連の当時の出版物から、傍証され得る。
▼『公衆浴場史略年表稿本 自明治元年 至昭和四十三年』S44
 日本の煙突史について調べていた頃のメモより。
▼井上哲次郎『倫理と宗教との関係』序文M35-8-28
 日本主義は個人が自存のため「衛善」を怠らないようなものだが、国民の場合、種々の宗教が紛争すると、国民自衛できなくなる、と井上は言う。自存&自衛という用語がコンビで活字となって出てくる、管見によれば日本で最も早いもの。
▼『第三次防衛力整備計画』つづき
 蒋介石は『中国のなかのソ連』で、中共の暴力戦略をこう総括した。「彼らは戦いに敗れると、平和共存を要求し、彼らの実力が強くなれば、平和的話し合いを決裂させて武力反乱を起した。彼らにとってはわれわれとの平和交渉が、とりもなおさず、われわれに対する武力反乱の準備であった。これが、すなわち彼らの弁証法のいわゆる『矛盾の統一』と『対立物の転化』なのである」。
▼『山本七平全対話6』つづき
 会田雄次いわく。教育召集で入隊したとき准尉さんが「君のお父さんも君が戦地へ行くことを心配しているだろうな」という。これは、お前のおやじに連絡して金を包んだら、お前を出征組から落としてやるというナゾだったのだ。准尉殿の当番兵になったということは、命が助かるということ。
 司馬いわく。会津藩の百姓は、会津若松の城が今日か明日にも落ちるというときでも平気だった。会津は後進的だったので侍と百姓が分離していた。官軍の手引きをする連中もいた。商品経済がなかったから、四民平等思想に達しないのだ。
 山本いわく、ユダヤ教世界には、契約の更改がある。それが新約。それをするのが、予言者。イエスは予言者である。あたらしい契約の時代が始まるんだと。
▼防研史料『明治39年陸軍兵器本廠歴史』
▼『偕行社記事 No.213』M32-3
▼『偕行社記事 No.216』M32-4
▼『偕行社記事 No.217』M32-5
▼『偕行社記事 No.218』M32-5
▼『偕行社記事 No.219』M32-6
▼『偕行社記事 No.221』M32-7
▼『偕行社記事 No.228』M32-10
▼『偕行社記事 No.238』M33-3
▼『山本七平全対話1 日本学入門』1984
 司馬遼太郎は1976年頃に積極的にノモンハン経験者に取材していたことがわかる。その咀嚼はしかし、深化しなかった。
▼加登川幸太郎『帝国陸軍機甲部隊――増補改訂』1981、原書房
 山本七平と司馬遼太郎の対談を読めば痛感するように、80年代になってもまだ日本人の戦車の知識など、未熟きわまるものだった。同じ課題を元参謀の加登川氏も抱き、出入りの防研に眠る史料と、戦術面では得意のロシア語文献を参照して、戦中の実相に迫ろうとした力作。しかし加登川氏には戦車の話ではなくフィリピンの話を聞いとくんだったといまさら悔やまれます。
▼小松茂美ed.『続 日本絵巻体系・17』中央公論者S58
 長刀しか無い時代には正面の防護は考えなくてよい。だから兵士のプロテクターは両頬だけなのである。
▼洞富雄『幕末維新期の外圧と抵抗』1977
 いまの神奈川県立図書館から桜木町駅の間のどこかに、幕府が買ったガトリング砲が据えられていたという話。
▼『開拓使 事業報告 第五編』大蔵省 原M18-11pub.→S60復刻
 軍艦・蟠龍のその後の運命について。
 ◆  ◆  ◆
 「読書余論」は、主に軍事系の古本を、兵頭が注目した一斑の摘記や読書メモによって紹介し、他では読めないコメントも附しているものです。(配信されるファイルはPDFスタイルです。)
 あまりに多すぎる過去の情報量の中から「兵頭はここは珍しいと思いました」というポイントだけ要約しました。
 大きな図書館に毎日通えない人も、最低費用で、過去の軍事知識のマニアックな勘所に触れることが可能です。
 また、ミリタリーしか読んで来なかった人には、他分野の情報が、何ほどか有益かもしれません。
 「読書余論」は、毎月25日に「武道通信」から最新号が配信されます。1号分の購読料は500円です。
 バックナンバーも1号分が500円で、1号分のみでも講読ができます。
 過去のコンテンツは、配信元の「武道通信」のウェブサイト
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 ウェブサイトでわからない詳細なお問い合わせは、(有)杉山穎男事務所
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●「読書余論」 2013年1月25日配信号 の 内容予告

▼『多門二郎 日露戦争日記』S55、芙蓉書房刊
 日露戦争直後の2大ベスト・セラー戦記は、櫻井忠温の『肉弾』と、多門二郎大尉の『余ガ参加シタル日露戦役』(M43)。その後者を現代かな文字に直したものである。著者は2D長として満州事変より凱旋直後に病死し、静岡県人は残念がった。生きていれば大将だった。ロシア兵たちが満州平野での冬営のために晩秋からイグルーの土壁版のようなものをオンドル込みでこしらえ、半地下のその1個の中に6人くらいで寝て、その穹状土窟が蓮の実のように野営地に蝟集していたという記述は、本書でしか読めず、超貴重である。日本の豪雪僻地の住宅はこの発想で行くべきではないのか。
▼『偕行社記事 〔No.1?〕』?年?月pub. ~No.49 M23-11
 創刊号を今回、ようやくご紹介できる。
▼『偕行社記事 No.?』M24-5
 菊地陸軍2等軍医正(i3Rn)の寄稿。
▼『偕行社記事 No.64』M24-7~ No.75 M24-12
▼『偕行社記事 No.166』M30-3~ No.? M31-11
▼防研史料『陸軍兵器本廠歴史 明治38年』
 これは1年分のみ。日露戦争で事件が多いため、単年になっている。
▼(社)電子情報通信学会ed.『日本における歴史的マイクロ波技術資料保存目録』H10
▼電気興行(株)ed.『依佐美送信所――70年の歴史と足跡』H9=1997
 GPS普及以前、米海軍の潜水艦用の長波信号の送信所だった。その設備は、日本人だけに任されていた。
▼『続日本無線史〈第一部〉』S47、電気通信協会pub.
 共通して必要な基礎研究を、一セクションで済ませてその成果を全セクションがシェアすればよいとは考えず、二重、三重に、セクションごとにぜんぶ別々に一からやろうとして資源も時間もロスしたのが、戦中戦前の日本であった。
▼美代勇一tr.『日本爆撃記――米空軍作戦報告』S26、アテネ文庫145
 初出は米誌『Flying』の1946-2月号で、米空軍の正式報告の抄録。B-29が投下した機雷はすべて沈底式であったことなど、マニアックな内容。
▼John Kells Ingram著、青山正治tr.『奴隷及農奴史』S18、原1895
 いろんな百科事典の記述の元種にもなっている、労作的な総括。
▼中村哲『奴隷制・農奴制の理論 マルクス・エンゲルスの歴史理論の再構成』1977
▼北山節郎『ピース・トーク 日米電波戦争』1996
 戦中、日米は、互いの国内放送を傍受していた。
▼陸軍軍医団『軍医団雑誌 No.316』S14-9-25
 櫻井図南男・軍医少尉「軍隊に於ける自殺 竝に 自殺企図の医学的考察」。
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