ど〜か〜た〜と〜せいの〜おいらが、かけェ〜たァ〜

 もしソクラテスその人が蘇り、ギリシャ都市で独裁政治を始めたとしても、プラトンの理想国家は実現しなかったでしょう。二千数百年間の世界史はこれを教えてくれます。
 昭和十一年に石黒忠悳が書きました。大臣になってから能力が落ちなかったのは、児玉源太郎と陸奥宗光だけだと(『懐旧九十年』)。
 では仮りにこの二人が総理大臣になっていたら?
 これまた歴史の証するところ、野[や]にあって賢であることは、堂に登りて全能であることを、ほとんど意味しません。
 独裁者になるためにも多数派工作が前段階として必要なんです。人をまとめるためにはまず自分から妥協しなければ始まらないのです。
 「妥協ゼロ!」を最初から貫こうという政治家が、独裁者となれる道理はありません。スターリンも金正日も、強い者へは妥協を繰り返しています。妥協をして味方を増やせば、自分が少し強くなる。するとちょっとは自分の好みを政策に反映できるようになる。この繰り返しが政治です。
 弱い者はこの成功者を妬んで「独裁だ」と騒ぐ。笑止です。
 多数派を糾合できなかった勢力は、他者の説得に失敗したのです。それを権力闘争の敗者と言うのではありませんか。
 さて9月中旬以降のはるまげ小泉内閣。旧田中派ねだやし大作戦の次には、何をしなくちゃいけないでしょうか。
 オプションとして、相続税の全廃があります。旧田中派は、ながらく公務員と結託して、「日本国民である限り、家族に一番安心をもたらしてくれる職業は、上級の公務員様だ」という空虚な国家経済を作り上げてしまいました。つまり、家族を思う孝行息子はいかに事業の才能があってもまず官僚をめざし、天下り余生を送ることが美徳になるのです。
 この旧田中派式のネオ社会主義では、やがて外国とは競争・戦争ができなくなってしまいます。有能な人材が自由に腕をふるえない国家ではどうしようもありません。近年、シナが強気に出てきたので、国民にも漸く「これじゃマズい」と分かってきました。
 しかし頭の良い公務員が自分の利権のために結託している牙城を、一代の内閣で簡単に攻略できるほど国内政治は甘くないです。
 そこで、搦め手から攻める。その戦法が、相続税の全廃です。税収は消費税の増税でカバーするのが、パチンコ利権対策にもなり、公平感を増すでしょう。
 次に社会防衛です。警察官を増やさなくてはいけません。警察官を増やすことにより、自衛隊も強化できる。シナ・朝鮮との闘いは、半永久戦争です。
 次に「公明党よりも自民党の方が弱者のことをまじめに考えてますよ」というアピールです。
 地方の養護学校を見直しましょう。養護学校はどうして市心になく、あんな山の中にあるのでしょうか。十歳の子供がどうして毎日バスで1時間も通わなければならないんですか? 少年犯罪者や、キレる児童らとはぜんぜん違うでしょう。養護学校の子供たちは、それ以上悪くなることはないんです。なのに、なぜ刑務所よりも社会から隔離された扱いを受けねばならないのか。自民党がこれを是正しなくてはなりません。
 プロ・コイズミが圧勝すれば、次は創価も切れます。
 狡兎死せば、走狗煮るべし。
 これまでのほとんどの選挙で、一票は無価値でした。しかし、9月11日の衆議院選挙に関しては、誰の一票も、とてつもない価値があります。

はるまげ半魚●●

 旧田中派絶滅戦争が遂にファイナル・カウントダウンに入った模様です。この政治闘争に小泉氏が勝利しますと、それはそのまま「暴支防遏戦争」へ直結し、輝かしい未来がわたくしたち日本国民を待っています。
 もし今日の政界地図のまま、衆議院議員総選挙の投票が行なわれるとしましょう。シナと戦争して勝ちたいと思っている諸賢は、「プロ・コイズミ」の候補に投票する以外に、合理的選択はありません(ただし堺市の住民だけは除く)。
 目下の情勢で「アンチ小泉」の候補に貴男が投票しますと、それは旧田中派をこれから何十年も延命させることになってしまいます。結果、日本は最終的にシナの奴隷になります。裏ODAは底なしに増大し、核武装は永遠にできません。
 議会政治の“ART”とは、多数派工作です。評論家は床屋談義は達者にしますが、海千山千のナマのオッサンたちを相手どっての年中無休の多数派工作はできません。これを苦にしない、これが得意であるという特別な人間が、国会議員を職業として続けていられるわけです。
 貴男も、わたくしも、その特別な能力を持っていないのです。ヘタレなのです。
 だから、既に多数派をまとめにかかっている有能な誰かを、見込みに基づいて、選ばなくてはなりません。贅沢な選択はしていられません。
 人の利害は千差万別ですから、貴男やわたくしを100%満足させてくれる法律も政治家も無いのです。あったらそれは、貴男がスターリンのような独裁者である場合です。
 しかし貴男はスターリンになる気は無いですね? わたくしもありません。ヘタレです。
 とすれば、既製の政治家の中から、だれか一人、選ぶほかありません。
 選びましょう。日本がシナと戦争できる国になるには、どの政治家に強い権力を持たせるのがとりあえず良いのかを考えましょう。
 そして排除しましょう。日本をシナの奴隷にしたがっている勢力は誰であるか。彼らは「アンチ小泉」の発言をするので明瞭です。
 おそらく歴史的に記念される選挙になる9月11日に、「プロ・シナ派」を有利にするだけの「棄権」をする人はいないですよね? 9月11日に朝から遊びに出かけたい人は、9月の初旬に、不在者投票をしましょう。とても面白いゲームに参加したことになるでしょう。
 小泉氏は「旧田中派をヌッころす」とは言えないので「郵政民営化を進めます」と言い換えているだけです。旧田中派とそのお友達が壊滅すれば、シナも終わりです。こんなことはテレビも新聞も解説できないので、評論家が投票日前にインターネットで説明しておく義務があるでしょう。
 シナ問題に比べれば朝鮮問題は小さなものです。シナは現に数百発の核兵器で日本の大都市を攻撃できるのです。これ以上に大きな問題は、日本人にとってありません。
 いまから1ヵ月後の9月11日に、「プロ・シナ」の政治勢力が総選挙で一掃されてしまえば、小泉内閣はパチンコ問題にも手をつける余裕が得られましょう。
 だいぶ以前にわたくしは、名物雑誌『マガジン・ウォー』のコラムに「インターネットで賭博を国営しろ」と提言しました。
 パチンコという民間の違法営業が日本の国権を危殆に瀕せしめてきた歴史は、戦後政治の恥部という外ありません。半島がシナと並ぶ大量破壊兵器で武装してしまう前に、反日勢力への資金の流れを断たねばならないでしょう。
 そのためにも、今ここで「プロ・コイズミ」は落とせない。というか、旧田中派や民主売国党などを勢いづかせるわけには行かない筈なのです。合理的に考えましょう。
 今日からちょうど1ヵ月後に、ハルマゲドンが始まります。

暑中お見舞い申し上げます。

 すがすがしい八月を迎えております函館市でございます。これから役所に子供の名前を登録に参ります。
 おかげさまで昨晩、わたくしは「父」になったのであります。これから毎年、八月九日を祝うのであります。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば総選挙が面白そうであります。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば、スペースシャトルが無事であったとか。
 みなさま、決して現金などご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 そういえば、PHPの別宮先生との対談本は九月以降ですかね。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 女の子でしたので、音楽業界で働かせようと思っております。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しくお願い申し上げます。
 これから物入りになるな〜。
 みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しく、宜しくお願い申し上げます。
 朝からお騒がせ致しております。今日最後のお願いです。
  みなさま、決して現金などをご送付くださいませんように、決して現金などをご送付くださいませんように、宜しく、宜しく、宜しくお願い申し上げまして、本日のご挨拶とさせていただきます。
 みなさま、決して……。

小賢しき卑怯者たちについて

あらゆる国家間の揉め事は、自国単独で解決するほかないです。これはレトリックでもなんでもありません。
 「甲国」が「乙国」に戦争を仕掛けられたときに、圧倒的強者ではない「甲国」は、同盟関係にあるA国の助太刀で危機を切り抜けることがあるかもしれません。
 また、甲乙両国よりも軍事力の卓越した第三の大国に、調停をたのむこともあってもいいでしょう。
 しかしどちらの場合でも、その前提条件は、「甲国が単独でとことん乙国と戦争をし抜くガッツが具体的に発揮されていること」です。
 そうでなかったら、A国にしろ、第三の大国にしろ、あとで自分が馬鹿を見てしまうことになるのは歴史の智恵に照らして明らかだからです。
 たとえば今、米国が、シナの脅威に曝されている台湾に、あまり本気でコミット(肩入れ)をしていないように見えているでしょう。これは、台湾国民が、そのガッツを具体的に示していないためなのです。
 否それどころか、シナが攻めてきたならいつでも速攻で逃げ出す準備を万端整えている台湾国民ならばゴマンと観察ができるでしょう。
 これではさしもの米国でも「救いようは無い」のです。「台湾は日本の同盟国になる」などと夢を公言するわが国の「保守」言論人が多いんですが、その貧弱な学習能力は戦前の「大アジア主義者」から一歩も隔たりがないと諸外国から観察されてしまっても、わたくしは反論はできない。
 イスラエルが台湾などと異なりますのは、イスラエル国民は周辺国と戦争になったらあくまで受け持ちの塹壕を死守するぞというガッツを具体的に示している。このガッツが、イスラエルに有利な国際慣習を創造していくのです。このガッツが、アメリカから一定の後援を引き出します。
 少し前、「沖ノ鳥島は、島か岩か」の問題について、わたくしは「受験生式の問題解法を見つけようとするなよ」と訴えました。国際慣習は、ガッツある国民によって常に創造されるもので、既製の国際慣習をガッツのない国民が守ろうとしても、その国民の利益はけっきょく誰によっても守られることはありません。
 日本の核武装問題も、これはわたしたちのガッツの問題だけなのです。
 NPTと日米安保とマック憲法とサンフランシスコ講和条約と東京裁判は5枚綴りのセットメニューです。綴りのどれか1枚でも変えようと思ったなら、必ず他の4枚も同時に無効にしなければ話は前に進まないようなスキームができています。
 そしてアメリカはこれまでにもう何度も「日本国憲法の第9条はおかしいから改憲して自衛隊を国軍に昇格させたらどうだ」「日米安全保障条約は片務的だから真の攻守同盟に改めようではないか」「シナや北鮮に対抗するため日本が核武装するのもやむをえない」といったメッセージを発してきていますね。5枚綴りの1枚を変えろと誘っているのです。
 それは何を意味するのかといえば、他の4枚の変更(破棄)も、このさい黙認するよ、と言外に語っているわけですよ。
 さすがに「東京裁判が間違っていた」とはアメリカ合衆国の方から公然と認めてしまうわけには参りますまい。しかしそれも黙認いたしましょうとまで示唆してるんです。そこまでガッツを示せば、NPT脱退もクリアできる。国際慣行は、一国民が示すガッツの後から、ついてきます。
 このあたりが全く読めない人に幼稚なコメント(たとえば「日本の核武装をアメリカが認めるわけがなかろう」云々)を、一応のクオリティマガジンで、書き散らして欲しくはないんですよね。それは外国の情報機関に向け、「日本の知識人にはからきしガッツがありませんっ!」と声を大にして叫んでいるようなモンなんで、国権をすすんで減殺しているに等しい愚行です。
 「アメリカの助けがなくとも日本は核武装してシナと対抗する。北鮮には軍隊を送って同胞を奪還し、外道どもに裁きを下す」と実際の行動を以て示す。これができて、初めて米国の指導層も「やはり日本はイスラエル以上に頼れる」と観察し、核武装を認めるんです。ガッツが無いと、この順番についても分かりますまい。
 だからわたくしは、一方で核武装の話をすると同時に、もう一方では大いに昔の武士の話をし、武術について調べ、そのエトスの再生を期するのです。武士には少なくともガッツはあったからです。
 武士は家を出る前に、「もしも自分が今日、路上で、あるいは職場で、かくかくの最悪事態にとつぜん巻き込まれたら、自分としてはその場でしかじかの行動を選び、ここから先は決して譲るまい」と幾つものシミュレーションを脳内で練り、予め肚を括っていきました。
 変事が突発したとき、他人はどうあれ、自分だけはどうするのか、咄嗟に迷ってとりかえしのつかない失態を見せ、後悔せぬように、すっかり決めていた。特に、敵がどうしても我が主権を傷つけんとするのであれば、こっちから刀を抜くと決めていた。その結果、自分が死ぬようなことになっても、仕方がないと。どこまで我慢し、どこからは我慢してはならないか、平生によく考えていたのです。
 だから維新政府の外交には、致命的な誤りはありませんでした。あきらかに侵略的だった清国やロシア帝国に対する開戦も、正しいタイミングを逸しませんでした。
 自分の領民がX家に誘拐され、人質になっている。これはそのX家が自分に戦争を仕掛けたのと同じことですね。ただちに警告を発し、武器を持って押しかけなければなりません。維新政府ならばとっくに平壌に自衛隊を送り込んでいるはずでしょう。
 このあたりまえのガッツがないから、「6カ国協議」とは名ばかりの「米支2カ国ヤミ協議」に、日本は馬鹿面をさげて延々とつき合わされていくのです。

 


政局はやってくる

 西村真悟議員はなんで自民党ではなく民主党なんかにいるのですか──という誰でも感ずる基本的な質問に、西村事務所のウェブサイトはどうも「ガツン」と一発答えておらぬように見受けます。そのため、全国の隠れ支持者が混乱を覚えている。
 そこでまったくの大きなお世話ですがわたくしがちょっとだけ解説を加えましょう。
 むかし、民社党という中道政党があったんです。支持基盤は、全国の右寄りの労働組合でした。「右寄り」ってことは、反日スタンスをとる共産党や社会党なんかには死んでも忠誠を誓わない。そういう真人間路線の労働組合は今でもあるわけです。
 で、その民社党の委員長で西村栄一さんという代議士がいらした。この次男だか三男だかであったのが、西村真悟氏である、というヒストリーの重みがあるわけなんです。血筋はカリスマを構成する要素です。
 民社党は、概略ですけれども、今の民主党に吸収されています。ですので、真悟議員が自民党に入っちゃったら、栄一氏の遺徳を慕う右寄り組合の間では、真悟議員のカリスマ性が薄れてしまうかもしれないでしょう。
 次に大衆が抱く二番目の大きな疑問は「なんで西村議員は選挙区が堺市なのに、いつも全国区の話ばかりするのですか?」ではないでしょうか。
 裏をかえすと、「今や日本にとって得難い国策リーダーの一人となっている真悟氏には、全国区の問題提起に集中し続けて欲しい。しかるに今の小選挙区制では真悟氏のような代議士キャラの選挙戦は不利であって、公明や自民を向こうにまわしての勝負となっては落選の危険が高すぎる。だから、近いうち自分で首相になる気があるというなら衆議院にこだわるのも仕方ないのだけれども、もしそうでないなら、いっそ、任期6年の参議院から立ってくれ。そうなりゃー全国から票は集まる。楽々と当選できるから、同胞奪回作戦発動や核武装の大仕事に専念して貰えるんじゃ〜」という期待です。
 これなら兵頭は諸手を挙げて賛同いたします。
 ところで、<平成17年7月17日「真悟の会・堺」西村真悟国政報告会>の録音テープがウェブで公開されているのですが、これは今の国会運営の裏話に興味のある向きには必聴の内容になっています。
 この講演の冒頭および最後のところで西村議員は、郵政民営化法案が8月の参議院で否決されれば、自民党は分裂し、総選挙となり、そうなれば、民主党も分裂する、と示唆しています。ばら色の未来、と評せますでしょう。
 これを兵頭の勝手な想像力でさらに大胆にホンヤクしますと、人権擁護法案に反対する正気の自民党議員が造反し、志を同じうする──すなわち旧社会党の売国メンタリティは大嫌いな──民主党議員がそれに投合し、漸く待望の「パトリオットのまっとうな新党」ができあがる。それに、そろそろ知事には飽きてきた石原慎太郎氏が衆議院議員となって加入する……。
 これが現実的であり得るのは、まさに、西村議員が民主党の中に居て、民主党の若い議員を説得しやすい立場にいるからこそ、であるのです。西村議員が自民党員でしたら、こんな新党、現実味も無いわけですよ。

これぞ戸山流の真実!

 「抜刀の真実」を本にまとめるために町田市の天満宮の神楽殿でかなり「濃い」実験をいろいろとしてもらってきたところです。
 文献や間接証言ばかりではラチの開かない「日本刀は切れたのか?/切れなかったのか?」論争に、ついに終止符が打てるのではないかと、いま原稿を書きながら思っております。
 その取材のついでに、悪ノリして、わたくしみずからが、真剣での試し斬りも試みてしまいますた(当方M流居合初段……ってことは素人同然ですが)。
 ハッキシ言ってこれは、一回やると癖になりますね。辻斬りしようとした人の気持ちが分りました。
 その次の日(すなわち本日の昼間)、新宿で『ヒトラー/最後の12日間』を観賞しました。案内してくれた人に感謝。感想は、これは『日本のいちばん長い日』と同じです。事実をそのまま再現すれば、ドラマチックな脚本はいらない……というか却って有害になるという好見本でした。
 それにしても、起承転結なしで、三時間近く緊張感が持続するのだから、役者の威力はすごいものです。ひきくらべて今の日本の映画俳優たちときたら……。とても戦争映画なんか作れるとは思えません。
 その帰り道に新宿の「緬通」という讃岐うどん店に案内して貰ったんですが、こんなコダワリのうどん屋があったんですねぇ。某『Sマガジン』時代、善通寺の自衛隊を取材に行った帰り、長距離バスを待つ間に啜ったうどんの味を思い出しました。あんときゃまだ、大阪へ渡る本四架橋はできていなくて、バスごとフェリーでしたっけ。なつかしい。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑は「無名戦没者の祀堂」になる

 7月10日に、靖国神社の第六代宮司の松平永芳[まつだいら・ながよし]氏が死去したと12日に報じられました。
 徳川侍従長と入江侍従長の松平評が残されているんですが、どちらもボロクソでした。徳川侍従長にインタビューした秦郁彦氏は、昭和天皇の靖国神社への御親拝が1975年11月を最後として途絶えてしまった原因は、1978年7月に靖国神社の宮司に就任した松平氏が、宮中の意向を無視して同年10月にA級戦犯14柱を合祀したせいであろうと結論しています。
 これにたいして岡崎久彦氏は、三木総理の1975年8月15日の参拝のときにマスコミに「私人だ」と説明したのが、以後の御親拝が途絶えてしまった原因ではないかと異論をはさんだのですが、両陛下は直後の1975年11月21日に終戦30周年の節目として(またおそらくは9月のご訪米の報告もかねて)御親拝しておられますから、岡崎説は当たっていないのではないかと思います。
 なお、三木総理の8.15参拝こそが靖国問題をそもそもおかしくした元凶だという話を、わたくしは過去に何回かしてまいりました。三木氏の内心では、1975年9月の天皇陛下訪米前のケジメのつもりだったかもしれませんけども、やはり現在の軍隊の指揮官である者の8.15参拝は、ぜったいにやってはいけなかったのです。しかし今回はそのあたりのお話を蒸し返したいのではありません。
 みなさんは、松平永芳氏が1992年3月の宮司退任後、『諸君!』平成4年12月号に寄せた文章を読まれたことはありますか。わたくしには、これは至極説得的であり、かつて侍従長であった徳川義寛氏の仰っていたことよりは筋が通っているように見えるのです。この『諸君!』への寄稿はインターネットでほぼ全文を読むことができます。ググってみてごらんなさい。
 たとえば昭和天皇が嫌っていたとされている松岡洋右が、永野修身とともに裁判中の病死であったのに合祀されたのが異例でけしからんのだ──という説は筋が通らぬことが、自然と首肯される文章でしょう。これは「平泉史観」とは独立です。BC級戦犯容疑者と、B級既決者のうち病死した者が、すでに合祀されていました。
 サンフランシスコ講和前の絞首刑や銃殺は、敵軍人による殺害である点において、BC級の殉難者となんら変わりがないでしょう。そしてABCのカテゴライジングもいかにも恣意的であったことは、たとえば土肥原賢二、松井石根、広田弘毅、板垣征四郎という、1941年のハワイ奇襲開戦計画には何の責任もない4名がA級区分されていることから明らかです。彼らは1937年8月の侵略者であった蒋介石の面子を立てるためだけに、蒋介石の罪を被せられて消されたのでしょう。
 当時大元帥であられた昭和天皇は、そんなことは百も承知でいらしたと思います。
 1978年のA級合祀に先立ちます1959(昭和34)年4月8日、靖国神社創立90周年に、天皇・皇后両陛下の御親拝がありました。そして、たぶんこの御親拝の時点で、刑死または獄中死したB級戦犯の合祀(霊璽簿への記載)が既に始まっています。
 昭和天皇が、このB級合祀についてどんな反応をされたかは何も伝えられていません。
 が、次の御親拝は1965年10月19日(臨時大祭)でした。間が6年も開きましたのは、「ホトボリ」をさますご意向ではなかったかと想像できないでしょうか。
 昭和天皇が最もお好みでなかったのは、8.15に靖国社頭を騒がす諸勢力の行為ではなかったでしょうか。それは明治帝の遺志には沿わないし、旧連合国に対する印象を悪くするだけだったからです。
 ご案内のように、BC級戦犯は各国が最短2日という速決裁判で銃殺やら絞首刑やらしまくり計1000人以上が殺されてしまいました。ロクに人定もせぬ復讐殺人でした。マックにフィリピンで恥をかかせた本間将軍なども、マック特命判事によって、1946年4月に特急あの世おくりです。
 シナやソ連の場合は裁判の前に何年も禁獄をして、獄中死かスパイになるかの択一を迫りました。いずれもサンフランシスコ講和条約の前の出来事ですから、法的にはまさしく戦争状況下で、敵国によって一方的に虐殺された捕虜たちと言えるでしょう。
 そのBC級を合祀したということは、彼らを不法に殺した連合国人を忘れないぜというメッセージになる。これが外国で騒ぎになることも昭和天皇は怖れたはずです。昭和天皇を免罪してやる代わりに「A級戦犯」は日本の旧悪ぜんぶを被ってクルシファイされろというのが東京裁判のスキームでした。あらためてそのA級を靖国神社に合祀した上で、第二次大戦のみと関係のある8.15に国家指導者が公式参拝するようになれば、それは日本国として東京裁判を否定する、旧連合国を糾弾するというメッセージになり、共産革命その他の動乱があったときに皇室が米英の援助を受けられなくなるおそれがありました。
 だから、シベリア抑留組の縁で板垣正氏(元少尉)の1980年の参議院議員選挙の後援をしたり、中曽根政権下で行革の「幕僚」のような仕事をするようになった瀬島龍三氏を、昭和天皇は強く憎む理由があったでしょう(尤も、こうしたことを想像させてくれる資料は1993年の『清玄自伝』のみです)。
 陸大の首席卒業者で、対米開戦時に参謀本部作戦課員であった瀬島氏は、大元帥を奈落に蹴り落とした張本人です。ケロッグ=ブリアン条約を破る奇襲開戦計画に関与し、「平和に対する罪」に該当したのはお前だったではないかというのが昭和天皇が口にしたくてできなかったことでしょう。そして瀬島氏の後ろ盾で板垣正氏らが運動をしてA級戦犯を靖国に合祀し(それができぬのならば新設の国立墓苑に無名戦士として祀らせようとし)、そこに首相が8.15参拝すれば、瀬島氏ら参本作戦課員が負うべきであった「天皇の近代国家元首としての徳を対外的に破壊した責任」は、戦後の昭和天皇におっかぶせられることになるかもしれない。「シベリアで二旬ばかり抑留された程度でお前のこの大罪が消えたと思っておるのか」というのがお胸の内ではなかったのでしょうか。
 大元帥であった昭和天皇は、シナ人というものもよくお分かり遊ばしておられました。だから田中角栄首相以降の日本外交そのものに、猛反対であったと思われますが、それも口にできぬお立場でしたろう。
 中共は1966年あたりは文革でガタガタです。1971年に国連に加盟しましたが、米ソ二大強国とは基本的に敵対中で、まだまだ日本に対する立場は強くなかった。1972年の田中角栄氏の訪中から、1978年10月の日中平和友好条約の日本の国会での承認と批准書交換に至るまでは、彼らには靖国問題で日本を攻撃するなど、思いもよらないことだったはずです。
 松平宮司はたぶん、1978年の秋というタイミングを逃したらA級合祀はシナからのイチャモンで難しくなるだろうと判断したのかもしれません。
 その後、日本全体が上から下までシナに跪拝し、シナの理不尽な要求を何でも受け入れるようになった。昭和天皇が心得ていらした義務の第一は皇室の存続ですから、この時代はもう耐え忍ぶしかない。馬鹿な国会議員どもがまともな国会議員と入れ替わる日をひたすら待つしかなくなったのだろうとご想像を申し上げるのみです。
 ところで靖国神社はアーリントン国立墓地(ARLINGTON NATIONAL CEMETERY)のようなものでしょうか? これはぜんぜん違います。
 靖国神社には、1867年に病死した高杉晋作が明治21年5月に合祀されたり、他にも病死した軍人が「特旨をもって合祀」されることがあったとされています一方で、霊璽簿に将来も記載されないことが確定している「忘れられた国事殉難者」たちが多数存在します。戦死でない多数の元軍人が排除されている一方で、一部の病死者が祭神として祀られている。ちょっと包括的でないわけです。
 明治陸軍が十分に近代化する以前のことになりますと、嘉永6年以降、おそらくレッキとした軍人・武人の戦死者であっても少なからぬ漏れがあるのだろうと想像される。
 しかし靖国神社の制度慣習上の困った問題は、これら「漏れた英霊」が今後、救済顕彰される見込みも無いことなのです。
 大元帥陛下が憲法上、国軍を直率されていた昭和20年までは、それが大御心であるとすれば誰も文句はつけられなかったわけですが、現在は自衛隊を率いているのは内閣総理大臣であって、天皇陛下ではなくなっております。また合祀は靖国神社側の主導でできるようになっている。ということは、いまや靖国神社は「文句をつけられ得る」立場になっているのです。自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣は、この事態をなんとかする責任があります。
 アーリントンについて、少し説明しましょう。
 米国の戦死者や元軍人が国費で埋葬してもらえる国立墓地は米国内に115箇所あります。そのうちアーリントンだけ米国陸軍の直轄で、ワシントンD.C.にも隣接し、「別格官幣社」の趣きがあります。ちなみに米国軍人用の大きな墓苑は海外にも24箇所、維持・整備されているそうです。
 アーリントンには、eligibility──つまり埋葬適格要件が満たされており、なおかつ本人や遺族が要求した死者のみが、埋葬してもらうことができます。
 ざっとその資格について列挙しますれば、まず戦死者であれば資格があります。
 ついで20年以上、正規軍の軍歴があった退役軍人も資格があります。
 予備役として、単なる訓練ではない一任期以上の軍務を果たし、かつ死亡時に60歳以上であった者も資格があります。
 名誉勲章(犠牲的戦闘行為に対して大統領が議会の名において与える最高勲章)、殊勲十字章、殊勲章、陸軍銀星勲章、名誉負傷章の受章者も資格があります。
 1949年10月1日以前において過去の従軍の結果としてすでに30パーセント以上の身体障害者となっていた元捕虜または退役軍人も資格があります。
 そして以上の配偶者にはその本人の隣に灰として葬られる権利があります。また将校および名誉勲章の保持者には、筐体使用が認められます。
 これだけでも靖国神社より包括的ですよね。
 さらにこの他にも、大統領の要求で埋葬が認められる例外があるようです。そしてまた、アーリントンへの埋葬を希望しなかった有名軍人も多数います。
 U-2事件で撃墜され捕虜になったゲイリー・パワーズは、民間のヘリ・パイロットとして事故死しましたが、アーリントンに葬られています。
 戦死じゃないけれども、二人の大統領の墓がアーリントン内にあります。タフトとケネディです。ちなみにFDRの墓はニューヨークのハイドパークにあり、トルーマンの墓は故郷のミズーリ州のインディペンデンスにあります。
 ダグラス・マッカーサーの墓はアーリントンにありますが、カーティス・ルメイの墓は、コロラドスプリングスの空軍士官学校墓地にあります(1990年没)。ルメイはケネディと同じ墓地など厭だったでしょう。またアーリントンはもともと陸軍墓地であり、陸軍から独立する際に苦労した空軍人としてはこれも気に喰わなかったはずですね。
 北軍のシェリダン将軍の墓はアーリントンにありますが、ユリシーズ・S・グラントの墓は、ニューヨーク市にあります。
 ペリー提督の墓は、ロードアイランド州ニューポートにあります。
 ベトナムで活躍したウェストモランド将軍はごく最近死去しましたが、ウェストポイントへの埋葬を希望したようです。
 余談ですが、アーリントンには「インディアン殺し」でしか活動していない軍人も埋められているようです。そして墓苑そのものが、南軍のリー将軍の私有地を「厭がらせ」的に没収したものでした(もちろん合法の格好はつけられました)。
 さらに余談ですが、アカハタは、英語メディアが靖国神社のことを「War Shrine」と読んでいるぞ、と難癖をつけているようです。英語についてウンチクを傾けようと思ったなら、こまめに辞書を引く癖をつけなければなりません。アーリントンもまた Shrine に他ならぬことは、入り口の看板を読めば自明です。祀堂や聖別地一般のことを Shrine というのです。ですから、日本の神社は Shinto shrine と書かねば意味が通じません。その彼らが War Shirne と書きますのは、「これは神道の神社ではなく、軍人の聖地だ」という含意なので、まことにあたりまえのことを的確に表現しているだけでしょう。
 米国大統領は毎年四回、アーリントンに献花するそうです。それは、メモリアルデイ(1888制定で現在は5月の最終月曜日)、ヴェテランズデイ(11月11日、すなわちWWⅠ休戦復員記念)、ケネディ大統領の誕生日、タフト大統領の誕生日です。
 さてそれでは、アーリントンに埋葬されていない元軍人は、大統領から軽度の関心しか払われていないことになるのか? そんなことはありません。
 じつはアーリントンの中核施設は、以上列挙した「名あり戦士の墓」ではなく、「名無し戦士の墓」がある一角です。
 公式に訪米した各国元首たちも、この「無名戦士の墓」に詣でるのであって、アーリントン墓地の有名戦死者を表敬してるわけじゃないのです。無名の象徴であるがゆえに包括的である。国民国家として合理的な包括性があれば、外国元首も謹んで敬意を表すことができます。
 アーリントンの「無名戦士の墓」には、過去に戦場から回収された、ホンモノの米兵の遺骨が象徴的に数体、納骨されています。その象徴遺体が、過去の米国の全戦没者と、かつて米国軍人であった物故者たちを永遠に代表するわけです。
 これに相当する施設は先進各国には大概ありますが、日本にはありません。すると日本の元首は外国の無名戦士墓地を表敬するのに、外国元首はその答礼ができないことになり、不都合が多いといえます。
 そもそも靖国神社を、伊勢神宮、春日大社に次ぐ地位に置き、合祀臨時大祭への御親拝等の慣例を築いたのは明治帝でした。1975年までの昭和天皇は、明治帝の祀りを引き継いでいらしたのです。
 1978年10月以降、元の大元帥は、一部の合祀者が大元帥の期待に意図的に背いた不忠の者だと思し召された可能性もあります。
 わたくしは、自衛隊のげんざいの最高指揮官である総理大臣が、靖国神社に8.15以外の吉日に参拝するのは合理的な義務であって、これを励行しないことは国家叛逆だと考えておりますが、今日、天皇陛下の靖国神社御親拝は、必要はないのではないかと思います。 かつては大元帥が「霊璽簿」を決定できましたが、いまはできなくなっているからです。
 訪日した外国元首が敬意を表することのできる「名無し戦士/戦没者全員の代表墓」は、設けられるべきでしょうか? 設けられるべきです。
 本当は靖国境内に「無名戦士の墓」があれば結構なのですが、神社に墓というのは変です。また、無名戦士を祭神としては否定する「霊璽簿方式」は、宗教法人である靖国神社の意向なので、それを国が変えてくれと要求することは信教の自由に反してしまいます。
 解決策はあるでしょうか?
 まず千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められている遺骨の性格を、全戦没者を包括的・象徴的に代表するものとして、あらためて首相と政府が確認をすることです。
 そして、靖国の境内の一角から、千鳥ヶ淵墓苑まで、人が通行できない「かけはし」(空中廊下)を渡すことです。この構造物全体を霊の「依りしろ」にします。
 起点となる献花場は、大鳥居の少し内側の、千鳥ヶ淵寄りにすれば良いでしょう。
 国の施設を宗教法人の神社境内には置けませんから、その区画は国が賃借したら良いでしょう。
 またVIPのお好みによって、大鳥居を潜らなくとも献花場にアクセスできるようにすると良いでしょう。
 これによって「名簿のある公認戦死者」と、靖国の霊璽簿から漏れている殉難者を総括して象徴的に敬意を表す場ができあがるでしょう。

なぜM・ジャクソンが皇帝に? ……と思ったのは俺だけか

 『エースをねらえ!』の真の主人公がお蝶夫人であったように、映画の『スターウォーズ』シリーズの真の主人公は、ベイダー卿なんでしょう。しかし初回作から28年も経ってしまったとは……自分も歳をとるはずです。
 ここ数週間、地上波で公開#1から、公開#2、公開#3をたて続けに視ちゃいましたが、初回作からいきなりの「葛藤の無さ」が、しみじみ衝撃的でした。スペース・スペクタクルだけで人々を魅了してたんですねぇ。それと、公開#2のヨウダーと宮沢喜一首相のイメージが自分の中では強く重なっていたのですが、時期はまるで離れていたのですな。
 当時の映画専門誌でヒロインが公開#1のあとインタビューに答えていました。たしか「私は『宇宙のシャーリー・テンプル』になるつもりはないわ」としめくくっていたと記憶します。シャーリー・テンプルさんは引退後に大使になったんですが、「レイヤ姫」はいまどうしているかといいますと……。なんと便利な世の中でしょうか、英語でググると現在ふつうのおばさんになっている写真を見ることができます。昔視た米国製TVドラマの役者さんがその後どうしているか、そういうのも、ググればぜんぶ出てくるのです。生き残る役者と生き残らない役者の違いは何なのか、つくづく考えさせられてしまいます。
 また公開#1のときはCGも未発達で、背景の「描き割り」を日本人が絵の具で苦労して描いていたというのも話題だった気がします。宇宙船に到ってはプラモの部品をペタペタ表面に貼り付けて「それらしさ」を出していたという時代。もう二度とありえない。
 公開#3のときは、たしかジョージ・ルーカスが「あれはベトコンのイメージで作った」とか口走ってしまったんですね。そしてそのあとで、ベトナムのヴェテランズをもっと肯定してやろう、という揺り戻しのムーヴメントが来ました。
 誰がどう視ても#3でルーカスのモチベーションはなくなってしまった。あとは出資者との約束に拘束された「消化企画」を量産(弟子に丸投げ?)しただけではないかと思います。
 残念ですがこの夏は家事多用で映画館には行けそうにありません。あとでレンタルビデオを借りようと思っています。
 警察官の拳銃弾がナイフを持って暴れている窃盗犯の肩を貫通して通行人の大腿骨を砕いたという昨日のニュースをご記憶でしょうか。
 これが.38スペシャルだったのだとしますれば、.38スペシャルはどうも中途半端な実包ではないのかと疑われても仕方がなくなるでしょう。
 これからしばらく、少ない員数の警察官が、いっそう数の増えるばかりの凶悪犯やテロリストの取り締まりをしていくという困った時代が続きます。どうしたら良いでしょうか?
 .45を発射できるDAのみのコムパクトなオートマチックを持ってもらうのはどうでしょうか。そしてもっと射撃練習をしてもらいましょう。そして凶悪犯の正中線を狙って当ててもらえば、今回のような遺憾な事故の再発は防がれるでしょう。市民はそれを要求すべきです。
 少し前から「6カ国協議」を念頭に置いたブラフ合戦がオバート/コバートで始まっていますね。例によって日本の頭越しにです。こういう時期に「日本に核武装させよう」といったオピニオンがリリースされたら、それはすべてシナの尻を叩きたい米国政府の脅しの一つにすぎず、日本人が一喜一憂するのは、いかにもぶざまです。粛々と核武装は推進しましょう。

夏の雑談

 原文が分からんのですけれども、米国人が「夏期の読書」と言うとき、それは「人生の無駄遣い」を意味したのだそうです(ホウエートレ著、高橋五郎訳『世界文豪 読書観』M45)。
 これは北海道に住んでいるとよく実感できることです。昨日も晴れたのでドライブに出掛けてしまいました。
 しかし蒸し暑い内地の人で若い人、人口の5%が経済の牽引者として頑張ればのこりの95%がたとい乞食をしていてもGNPを維持できる高度産業化時代に「酔生夢死」の一生を送りたくない人は、夏こそ読書するのが良いだろうと思います。インターネットが答えをくれない問題を、読書家なら自分で解けるようになるでしょう。
 ちなみに前掲の明治45年訳の本から2つ抜粋してみましょう。
 ソローいわく、最初に最良の著を読んでおけ。さもないと、一生読む機会はない。
 またジョンソン博士いわく、1日5時間読書せよ。必ず忽ちに博覧多識の者とならん、と。
 わが国の旧かな遣いに関する偉大な研究業績として、橋本新吉の名文があります。(岩波文庫『古代国語の音韻に就いて・他二篇』に所収。)
 新巻鮭は「サケ」か「シャケ」か? じつは北海道のアイヌ人には「サシスセソ」と「シャシシュシェショ」の区別が無いので、どっちでも正しいのです。
 江戸時代人は欧語の「ディ」の発音を「リ」に置換した。それでスペイン語の medias が「メリヤス」になりました。
 江戸時代の「ハヒフヘホ」という音は、室町時代以前は「Fa Fi Fu Fe Fo」(ただし両唇音)と発音されており、もっとさかのぼれば古墳時代には「パピプペポ」であった……等々。
 そこで兵頭が思いますに、ころび切支丹のファビアンは、自分では「ハビアン」と署名していたようですが、彼自身では「パビアン」と発音していたのではないか。幕末人が「エンフィールド」を「エンピール」、「ファイヤー」を「パヤ」と発音したことは間違いないのであります。
 『偕行』という陸軍将校向け機関誌の昭和13年1月号に、興味深い通達が掲載されております。
 すなわち「典範用字例」で、濁点、半濁点をつけることになった、と。また、送り仮名は国定教科書に合わせることにした、というのです。
 それまでは、たとえば、「意ノ儘ニ動カス」と書かれているとき、動かすのか動かさないのか、判然としませんでした(「動かず」なのかもしれない)。
 同じく、「捜索セシカ不明ナリ」だと、捜索したのかしなかったのかが分かりません(「捜索せしが、不明」なのかもしれない)。
 漢文教養が、日本陸軍の公文書の表記法の近代化を遅らせていたわけですね。
 げんざい、旧かな遣いで書く人も、濁点や半濁点は付けると思います。「古いしきたりが正当だ」と断言できないことが分かります。
 欧文は、ブラウジング(本のパラパラ斜め読み)では情報要素の見当をつけにくいため、索引がとても発達しました。本の編集者が非常な労力を要求されるのが、この索引付け作業です。たいていの日本の図書には、索引はありません。編集者が、やってられないのです。
 欧米にも真の読書家はそんなにいたわけではなく、じつは知識人でも、巻末の索引を頼りに、一部分を読んだだけで、棚に収納していた場合が多かったんです。(ソローの金言を想うべし。)
 これがやがて図書館の「キーワード検索」式カード分類や、デジタル時代の「Ctrl + F」機能にすんなりと進化しました。
 古くからの欧文の伝統である「索引」が非常に深化したものが、今日の「ウェブ公開式百科事典」やGoogleでしょう。
 ところで今日これほどネット上での検索の環境が便利に整っておりますのに、東洋の近代史の真実が西洋に向かって正しく広報されていないのはなぜでしょうか? 広報と言っても、現代では海外向け短波ラジオで演説する必要なんかありません。英語で日本の近代史料を悉くアップロードしておくだけでいいのです。外国の識字階級が必要に応じてキーワード検索をかけたときに、それが漏れずにヒットするようになっているだけで十分なのです。
 史料はいきなり全訳ですべて揃えなくとも、最初は肝心な箇所の抜粋抄訳で良い。史料の豊富さでは、シナ政府は日本に対抗できません。しかるに、近代日本語史料の英訳データベースに、見るべきものがぜんぜんないとは、一体どうしたことでしょうか。どうも日本政府や外務省のボンクラどもには、Google時代の対外宣伝広報のやり方がまるで分かっていないと評するしかないでしょう。
 松下幸之助は、日米経済摩擦が目立っていた1985年に「企業は売り上げの2%を宣伝に投じている。日本国はなぜもっと宣伝費を使わないのか」と提言をしました。今の国家予算は82兆円くらいでしょうか。としたら1兆6000億円くらい、近代日本語史料の英訳とアップロードに使ったって、なにもバチは当たらないのです。
 現実には、英国と同程度の1000億円台から始めるべきでしょう。米国と同言語の英国すら、それだけの努力を海外広報に払っているのだと考えれば、そもそも米国とは異言語である日本政府は、英国の数倍を使わねば宣伝が追いつかない筈です。原資は外務省関連予算(ODAやユネスコ向け醵金)を削れば軽く間に合うでしょう。
 史料そのものに真実を語らせるのを「ホワイト・プロパガンダ」と言います。
 日本人は伝統的に対外宣伝能力が低いので、これに徹するのが良いでしょう。
 たとえば、シナ人が「そもそも」どんな連中か、日本人が米国人に訳知りらしく説明してやる必要はありません。そんなデータベースは米軍の方が遥かに充実しているのです。彼らは旧日本軍以上に体系的に記録を残し、それを捨てずに保管し続け、有用なものはすぐに利用できる状態にしています。読書量の少ない日本人は知らない様子ですが、過去、シナ軍に最も深く長くコミットしたのは米軍なのです。
 彼らが生情報を持たないのは、戦前の排日テロや日支戦争のインサイダー当事者の記録です。これを日本発で英語データベース化しなければならないのです。
 ホワイト・プロパガンダ以上の対外宣伝の適性を有する個人も、おそらく探せば見つかることでしょう。
 たとえば佐藤優氏の『国家の罠』がもし外国語に翻訳された場合、米国人とイスラエル人にはピンとくるものがあると思います。「私は良い預言者で、王様の善政に力を貸していましたが、政治の風向きが変わったため、投獄されてしまいました」という、旧約聖書によく出てくる物語は、たぶん西欧ではウケないけれども、米国では興味をもつ人がいることでしょう。
 しかしTVスポークスマンの適性を兼ねたタレントは、たぶん日本の中からは見つけられないでしょう。ラジオ時代と違い、動画でアップにされた顔(特に髪型)と声が、外国の女子供に好感を与えなければいけないのですから、誤魔化しがききません。真のタレントが必要なのです。
 幸い、現代はインターネット時代です。そして米国の安全保障政策に影響を及ぼすのは、識字階級だけです。

ハインラインと橋爪氏の新書でアメリカ軍を見直せ

ポール・バーホーベン監督は1997年の映画版『スターシップ・トゥルーパーズ』を、ロバート・A・ハインラインの原作((c)1959、邦訳『宇宙の戦士』1966/矢野徹)の前半を読んだだけで創った──との与太話をなぜかウェブ上で時に目にするのですが、原作の最後まで承知せずしてあの映画の構成があり得ないことは、どなたも容易に判断できるであろうと思います。ただし後半1/2をナナメ読みした可能性はあるでしょう。
 米国で3大SF作家の一人に数えられていますハインラインは1907年生まれ(7人兄弟)でミズーリ州に生まれ育ち、ミズーリ大のあとアナポリス海軍士官学校を1929年に卒業して駆逐艦と空母『レキシントン』に乗務したのですが、肺結核のため1934年に中尉で除隊を余儀なくされます(5年いて中尉とはいくら大不況時の平時でも昇進が遅いような気がしますが事情は詳しく分かりません)。そのごUCLAで物理と銀鉱山と不動産を学びながら39年に作家デビュー。また同年にはカリフォルニア州議会議員に立候補して落選もしています。第二次大戦中は海軍航空研究所で高高度用特殊飛行服の研究に参与。大失敗の最初の結婚のあと、生物学者で七ヶ国語を解する海軍中尉の妻と再婚しました。
 ハインラインは、艦隊と海兵隊についてつぶさに見聞していたはずですが、あえて『スターシップ・トゥルーパーズ』は未来の海兵隊員とはせずに、未来の陸軍空挺隊員ということにして物語を綴っています。海兵隊と空挺部隊は立体戦時代となる将来には別組織にしている意味はなくなるだろうという洞察が働いていたのでしょう。このくらいの想像力の無い人にはおそらくRMAも推進できますまい。日本のSF小説の弱さは、自衛隊の未来の弱さでもあるのです。
 さてげんざい日本で自衛隊に志願するには年齢制限があり、たぶん25歳を過ぎますとよほどの特殊技能がなければ「国軍とはこういう世界なのか」との納得体験をするチャンスは去ります。しかしこの小説は、主人公を一兵卒から下士官、下士官から下級士官(少尉)へ徐々に昇進させることで、軍隊の擬似見学をさせてくれるのです。入隊の時期を逃した民間人どもは必読です。
 戦時中の昭和16年、つまり支那事変の最終年に『将軍と参謀と兵』という陸軍の宣伝映画が制作されてるんですが、その目的は、大衆の観客に「エリート参謀は威張って楽をしているようですが、こんなに大変なんですよ。将軍といっしょに兵隊のことを考えていますよ」と弁疏することにありました。
 インテリ熱血愛国者のハインラインの企図は全く違います。「キミ自身が良き兵隊になれ。できたら分隊長になれ。できたら小隊長になれ。できたらもっと大きな軍隊を指揮してみろ」と言ってるんです。そしてそのために必要になる心掛けを小説の形で懇切丁寧に教えている。もちろん参謀(幕僚)についてもとても分かり易い説明があります。
 「新兵はこんなショックを受けるものだが、乗り越えろ」と教える小説や映画は、他にもいっぱいありましょう。しかし「最優秀下士官と最優秀下級将校では気苦労がこれだけ違ってくるんだぞ」と具体的に教えてくれるこの小説の後半1/2は、他のフィクションでは得られない情報です。ハヤカワ文庫『宇宙の戦士』を読んだことがなく、最近のif戦記などをフットロッカーに入れている現役自衛官の貴男は、情報環境を再検討しましょう。
 娯楽小説としてはごくつまらぬストーリーです。
 しかし次のような描写が1959年になされているのには感心するでしょう。
 「やつらの惑星の表面を吹き飛ばすと、兵隊や労働者をぶち殺すことはできるだろう。だが知識カーストや女王たちを殺すことはできないはずだ──地中推進式の水爆を使って直撃弾をくわえても、女王いっぴき殺せるかどうか疑わしいものだ。おれたちは、やつらがどの程度の深さまでもぐりこんでいるものやら、見当がつかないんだ。」
 そこで、気化すると空気より重く「どこまでも沈下してゆく」油性の神経ガス弾を穴に投げ込むというのです。これは近未来の北朝鮮でも使われるかもしれませんね。じつはこの小説は朝鮮戦争(1950〜1953)で多くの米兵捕虜が洗脳されてしまったという、近過去の生々しい事件が下敷きになっています。
 「たとえ捕虜になったところで、自分の知らないことを敵にしゃべれるわけはない。どんなに薬を注射され、拷問され、洗脳され、果てしない不眠状態に苦しめられたところで、もともと持っていない秘密をしぼり出すことは不可能だ。だからこそおれたちは、作戦の目的について知っておかなければいけないことだけを教えられるだけだった。」
 このノウハウは、佐藤優氏ご推薦の『スパイのためのハンドブック』(英語版1980、邦訳82年)にも載っていますが、あのマンハッタン計画の大秘密が漏れなかったのも、技師たちをとことん情報的に細分化したからに他なりませんでした。なにしろ副大統領のトルーマンですら、原爆の開発そのものを、大統領に昇格するまで知らなかったほどなのです。
 10万人単位で戦死者を出してしまった第二次大戦が終わったと思ったら、今度は朝鮮戦争でまた1万人単位の若者を死なせることになった。こうした面倒はいつまで続くのか、という1950年代後半の全米的な疑問に、50歳になったハインラインは、自分ならうまく答えられると思ったのです。
 話は変わりますが、第二次大戦における米国の総動員体制はなぜ非常にうまくいったのかという疑問に明快に答えてくれているのが、橋爪大三郎氏の最新刊・『アメリカの行動原理』です。
 橋爪先生に「彼らは『アソシエーション』を作るのが得意だから」と説明されてから再び『スターシップ・トゥルーパーズ』を書いたハインラインについて想像をめぐらしてみてください。いったいどうしたら日本国の現在および将来に何のプラスにもならない幼稚な青年向けロボット・アニメを根絶できるのだろうかとわたくしが日々心配していることについて、あるいは共感してくださるかもしれません。
 『アメリカの行動原理』は新書ですけれども、他にも読みどころは満載で、おそらく橋爪先生にも内容(仮説)にかなりの自信があるのではないかとお見受けしました。なお、195頁の「トーマス」は、もし「ウッドロー」の間違いであるとしたら、増刷の際に直っているでしょう。